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第十話 戦火

 蔵田の露出した拳の骨は何とか稲見が悪魔を使って応急処置したおかげで塞がった。しかし、それでもまだ痛みは完全に収まってないらしく、利き手で殴る事は暫くは無理そうだった。

 相変わらずの風間の荒い運転で下台区に着くには数十分程度しか掛からなかったが、その繁華街だった所に入った途端に視界全体に、聞くだけでも目を瞑る程の惨状が自分の瞳にはっきりと映った。その跡形の無さはオトゥームがしでかした事は救いようがあったが、それでも全身を紅く染めながら倒れる人々を見ると瞼を閉じざるを得なかった。

 生きている人間も確かに居た。しかし、彼らは鬼原組と天羽教団に別れて戦い、戦火の勢いを更に激しく燃え上がらせた。だが、どちら側にも悪魔を召喚できる者とそれが出来ない者がいて、出来る者と出来ない者同士では互いに傷を付けながら、敵を殺し――そして殺されていったが、召喚できる者と召喚できない者との対決では弱肉強食を短直に形に表したかの様にあっさりと終わっていた。彼らが召喚する強力な悪魔が――それを召喚できない者を、鹿を捕えるライオンの如くむさぼり食っていた。


「やっぱりか――」

「何がやっぱりなんですか?」

「俺が昼の辺りに話した事を覚えているか?二つの集団が戦っていたという話を――」

「じゃあ、その二つの集団っていうのはやっぱり鬼原組と天羽教会の事か――つまり、鬼原組は天羽教会の企みを阻止する為に戦っていたってことなんだな」


 しかし、坂東彰人はともかく、彼の父親である坂東白鴎は果たして信頼に値する人物なのか?確かに僕たちは鬼原組にかなり助けられているが、飽くまでも彰人派にしか助けられてない。しかも、大きな勢力を持っていると思われる白鴎派は天羽教会に博文の身柄を引き渡すという余りに不可解で、僕達からすれば首を傾げざるを得ない行動を取った。恐らく僕たちは白鴎という男に踊らされ――




 いや、もしかしたら鷺月京谷に踊らされているのではないのか?なにせ、ほら、今でも狂気を演出する単調なフルートの音が耳に響くからだ――


――お前はお前である事に後悔しているのだろう?


 この恐ろしい嘲笑った声は誰が呟いた!?何処から出た!?


「おい!どうした葉月!」


 蔵田の一言で僕はふと気がついた。どうやら、僕はかなり身体と唇が震えていたらしい。弄ばれていたのだろうか、嘲笑う声に――


――さぁ、思い出せ。葉月彰二


 あの暗黒の魔術師と、のっぺらぼうの黒い3本足の異様な姿をした神に嘲笑われている――単調なフルートが響き渡る音楽堂にて



――◇――



 戦火を潜りぬけながら下台カラムへと通じる大通りに出ると、鬼原組でも天羽教会とも思えない二人の人影が、珍しい悪魔を使って天羽教会の兵士を次々と倒していく光景が見えた。思わず車を止めた風間はじっくりと前を見つめた。


「ちっ――最近、異様に視力が落ちやがったな。どんな奴が天羽教会の野郎共を倒しているか見てくれよ」


 言われなくともそうしていた。目を凝らしてじっくり戦火の中に映る人影を見つめるとその姿が白河と淳子だという事がみとめられた。その事を風間に報告すると彼はびっくりしたかの様に車を淳子と白河の近くまで走らせた。


「あら、風間さんじゃない。今日はよく会うわね――」

「よく会うわねじゃねぇよ――んで、なんでんなとこに淳子ちゃんがいるんだ?若の所に居たんじゃねぇのか」

「あら?私の悪魔の能力を知っているおじさんなら別に私が普通に戦えていてもおかしくないと思うんだけど」

「だから俺は20代だっての――んで、若は今何処に居るんだ?」

「もう中に入って行ったらしいわよ。彰人は一度暴れると私が止めるまで手がつけられなくなるから――多分、真ん中辺りまで居るんじゃないかしら。組織のリーダー的存在は大体高い所にいるのは目に見えているからね。だって、そうしないとリーダーから殺されるわ」

「もうこんなに行ったのか――んじゃあ、もう心配はねぇな。後は全部、若に任せて俺達はずらか――」


 その途端に風間は淳子に頬を勢いよく殴られ、その大きい音に僕は思わず肩目を瞑った。彼が両目を瞑りながら頬を抑えている間に淳子は車の窓を通り越して、口元を彼の耳に近付け「あんた達も一緒に行くの」と甘い声で言い寄る――風間は舌打ちをしたが、潔く扉を開けて淳子と白河を乗せた。

 しかし、違う意味で問題だったのが、相変わらずの無口な白河だった。僕達――いや、蔵田は確かにオトゥームを倒したが、それでも白河が口を開いてくれるという保証は無い。というのは、白河の心情に『他者を自分と同じ目に会わせたくない』と考察できる余地があるからだ。

 寒かった日の火事――紅い髪の女――これらが一体何を現すのかは明確ではないが、常に白河を監視できる程に強大な者だというのは明らかだった。だとしたら、この悪夢の真実に近づくのは自ら身を滅ぼす――つまり、"自滅"と同じ意味を指しているのではないのか?僕は明らかにそれを恐れている。蔵田も、稲見も――そして羽嶋も同じ事を考え、それを恐れているのではないのか?


 今日も冬――そして、寒い――これからこの戦火をも恐れる程、恐ろしい事が起こりそうだ――



――◇――



 風間は激しい戦火の中、大通りを車で駆け抜けていた。まるでスポーツカーを連想させる程のスピードだ。悪魔同士の激しい戦いによって殆どの建物が崩れ、道を妨げる様に倒れるが、風間はその度に容易に瓦礫を避けた。余程自身があるのだろうか、風間は笑みを浮かべながら運転している。

 しかし、こちらの向かっている先は敵の本拠地である下台カラムだ。追っ手のバイクが沢山こちらに迫ってきた。流石にバイクの出力やスピードには敵わなく、彼らは車を囲みだした。


「民間人に告ぐ!今すぐ降伏せよ!さもなくば蜂の巣にする!」

「誰が民間人だよっ!」


 自分を民間人呼ばわりされたのに憤慨したのか、風間は「おい、回すぞ。捕まっとけ」と言った傍で、直ぐに急ブレーキを踏みながらハンドルを回し――つまりスピンをした。すぐに頭を伏せておいたので全員怪我をせずに済んだが、もし少しでも運が悪ければかなり酷い様になっていただろう。風間がもう一度、エンジンを踏んだ所で窓から後ろを見渡すと辺りを囲んでいるバイク兵たちは全員、倒されていた。

 もしかしたら、僕たちは風間に命を預けている所か、彼によって命の危機に晒されているのではないのか?それを思わせる程に危険で荒い運転だ。

 新たな命の危機が迫ってきたのはその時だった。後ろから大型の丈夫なトラックが一台こちらに向かって走り込んできた。こちらの車も大人一人分の高さはあったが、こちらに向かってくるトラックはそれの2倍以上はある。しかも最高速度までもこちらを上回るのだ。こればかりはスピンで弾き飛ばせない。


「おい!あのポンコツトラックにライフルの火を吹かせろ!」


 と、風間が言うが、それは無理だと言っておこう。何故なら誰もライフルなんて持っていないからである。それを聞いた風間は舌打ちした後に「今から一斉に車から出るぞ!」と叫ぶが、その途端に白河は「その必要はねぇ」と言い、彼が何をするかと思うと、彼は静かな声で「スサノオ」と呟いた。すると、こちらを追ってくるトラックの前に大きな剣を持った、がっちりとした体格の人型の悪魔が召喚された。

 その悪魔が彼の言った"スサノオ"であることは一目で分かった。その悪魔は迫ってくるトラックを片手で受け止め、すると、スサノオはもう片方の手に持っていた大剣をまるで棒でも振ったかの様に軽く振り、トラックの底の部分をばっさりと切断させた。トラックが動かなくなったのを確認するとスサノオは小さな結晶になって砕け散り、白河の元へと還った。

 その圧倒的な光景を見た癒依は半ば唖然としていた。いや、前からそうだった。彼女はこれまでのこの世界での戦いの様子をさっきまで見た事が無かったのだ。唖然とするのも仕方のない事ではない。風間でさえも「ったく――えらい奴と知り合ったなぁ、淳子ちゃん」と言ったが、淳子はそれに対しては一度も返事をしなかった。

 トラックを振り切った後は殆ど追っ手が来なかったが、それでも正面から下台カラムに突撃するのは明らかに無謀だったので、下台カラムの裏に回ってそこにある地下の駐車場の中に入ろうと試みた。最初はそこにも天羽教会の兵士がいるのではないかと不安だったが実際に確かめてみると、幸運にもそこには誰も居なかった。なので、車を地下一階の駐車場にあるエレベーターの付近に止めた。

 その時、風間は「さぁ、行くぞ」と呟く――ああ、これからが本腰だ。その黒幕となる人物にも会って全てを終わらせよう。これで僕たちの悪夢は終わるんだ。

 注意深く辺りを見渡してからエレベーターの上の電子パネルを見上げると、そのエレベーターは地下三階から三階まで繋がっていた。下台カラムの名前こそは有名なので何度も聞いたが、肝心の詳細についてはすっかり忘れた――と思うと、羽嶋が「この建物は70階もあるが――何回、エレベーターに乗ればそこへ上がれるんだろうな」と呟いたのが聞こえた。70階――そんなに階層があるのに沢山の敵と戦うと思うと気が遠退く――だが、羽嶋浩二の父親である博文を救うのには何としてでも隅々まで探すしかないのだ。

 僕は果てしない気分になりながらも、ただじっとエレベーターのボタンを押した。



――◇――



 下台カラムの三階に一人の男が、強い腐臭が支配する廊下をじっと睨み回しながら歩いている姿が見えた。


「全く、坂東彰人め――これでは奴を探すのが難しくなるだろう」


 常に不機嫌そうな表情をした彼は勝手に独り言を呟いた後に、無線機が鳴りだしたのに気づき、それを取りだした。


「お前か――今の状況はどうだ?」

「ああ、大丈夫だ。もう、あいつらに騒ぎを起こす準備はできた」

「そうか。グラーキとオトゥームは倒されたようだが、イタクァが倒されない限りは全て"鷺月"の思い通りだ。なにせ、イタクァはどの獣よりも遥かに獰猛で危険で、怨霊さえも驚愕する程の執着力がある。肝心の力――あいつが地球全体を、"生命が一切感じられない吹雪の世界"にしようと思えればすぐにそうできる。そうしないのは、異形の神に動きを封じられているだけだ」

「だが、本当にここに待機していていいのか?俺はまだ死ぬ訳にはいかない」

「心配するな。なにせ奴は――"坂東白鴎"は――旧支配者の力を持てる資格を持つ男なんだからな。鷺月京谷は強大な力を持っているが故に、興味が無い物は徹底的に破壊するが、興味がある物は価値がある限り弄んでおく――そういう性格だ。だから奴は危険すぎるんだ」

「鷺月京谷か――奴とあの"赤髪の女"はグルなんだろう?だったら、俺がそっちに行きたかった。あの女とは是非、もう一度ご挨拶したい」

「赤髪の女――いるかもしれないな。だが、あの女は唯一、鷺月を弄ぶ事ができる存在だ。その力の量を分かってて言っているのだろうな」

「さぁな――まぁ、俺はここら辺で切るぞ。"春山"」

「ところで、“3年前の火傷”はどうだ?――って、もう切られたか」


 無線が切られた所で彼は無線機をしまうが、春山がまた僕たちと出くわしたのはその時だった。彼が通りすがろうとしたエレベーターが突然開き、ビックリした春山は思わずこちらに目を向けた。いや、こちらというより――明らかに坂東淳子の方を向いていた。そう、身体をビクビクと震わせながら――


「ばんどう――じゅんこ――」

「あら――久しぶりじゃない――借金返せ」


 淳子は上着として着ていたコートを脱ぎ捨てた後、シャツの後ろに掛けた刀を取り出し、そして刀を前法に持ってきた時に鞘から刀を抜いて――いつの間にか、叫びながら逃げ惑っていた春山の後を追いかけた。風間も淳子が脱ぎ捨てたコートを拾い上げた後に「おい、落ち着けよ!淳子ちゃん!」と叫びながら彼女を追いかけた――

 後を取り残された僕たちは茫然とこの場を立ち尽くすだけだった。


「えっ?春山と淳子先輩って借金での関係だったんですか?」

「――のようだな」


 何か深い訳があるのかと思っていたのだから、僕はがっかりした気分になった。白河は僕がそうなった理由について余り理解できないようだった。とりあえず、ほんの少しの間話しあった結果、僕たちだけでも先へ進む事になった。



――◇――



 各階を隅々まで探し回りながら俺達は遂に40階まで辿りついた。始めは居た、約百人の舎弟も遂に十人を切った所だ。出来る事なら――これ以上、厄介な事に会いたくは無かったが――奴に弄ばれた運命はそれを許さなかったようだ。

 正面からの向かい風と共に俺の舎弟はその風から出た斬撃によって、全員切り殺された。その風の次のターゲットが自分だという事を察知すると、俺は素早く鞘から刀を抜いて、風を日本刀で受け止めた。そんな事ができた理由は他でもない、俺の舎弟を切り殺した風の正体は"中田忠義"だったからだ。


「今日はやけに会いますね――坂東彰人」

「ああ、だが最悪な再会もこれで最後だ。中田忠義!お前の首を必ず刎ねてやる!」


 月の様に静かな怒りと悪魔の様に狡猾な笑いが刃を交える――

まとめ


ヒントが出た謎


* 淳子と春山の関係(春山の再登場場面)



新しく出た謎


* 嘲笑う声と狂気のフルートの主(下台区突入時)

* 3年前の火傷(無線での会話)

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