恋には不器用な鍛冶職人が、カッコいい騎士のようになり、美しいエルフをエスコートする話 1話/全3話
俺は鍛冶職人のブラント。俺は合理的な男、職人に腕なんて必要ねえさ。
鍛冶の火が静かに燃えている。俺、ブラントは集中して作業を進めていた。俺の作業場には派手さや飾り気は一切ない。ただ、必要な道具と材料が機能的に並んでいる。
「魔法結晶の交換式ランタン、次は鉄製矢か……」簡素な作業台に向かい、俺は手際よく鉄を矢の形に成形していく。俺の仕事は職人としての巧みさよりも、合理的な工程と速さを重視している。鉄製矢は消耗品。狩人や冒険者にとって欠かせないアイテムだ。俺は彼らのニーズを知り尽くしていて、必要な分だけを効率良く生産するんだ。
作業を一段落させ、店の前に立ち、俺が作ったアイテムを並べる。多機能レザー・ベルトもずらりと陳列されていて、その実用性は一目瞭然だ。
「これがあれば、どんな道具も持ち運べますよ。しかも、丈夫で長持ちするんです」俺は顧客にそう説明する。俺の言葉には、職人としての自信よりも、製品の機能性を重視した説得力がある。
商売は順調に進んで、ランタンやベルト、矢は次々と売れていく。俺の商売哲学はシンプルだ。無駄を省き、顧客のニーズに応え、着実に利益を上げること。俺の作業場は、その哲学の体現のように機能的で、無駄な装飾は一切ない。
俺の商売に華やかさはない。でも、効率的な仕事ぶりで、鍛冶職人としての地位を着実に築いている。
俺の職人としての腕は、中の中ってとこだろう。でも、ビジネスセンスはこの街でピカイチなはずだ。俺の店には派手な武器や防具はない。代わりに、利益率の高い消耗品を提供しているんだ。その戦略が、俺をこの街で最も成功した商売人の一人にしている。
こんな話がある。ある国で金鉱が発見された時、人々はつるはしを持ち、金を掘ろうと殺到した。でも、本当に儲かったのは、彼らにつるはしを売った者たちだ。
俺はこの教訓を自分のビジネスに生かしている。冒険者たちが一攫千金を夢見て命を懸ける中、俺は彼らに必要な消耗品を提供して、着実に利益を上げ続けている。鍛冶職人の息子として生まれた、その運命を最大限に生かすことにしている。
この街は俺の故郷だ。この街を守りたい気持ち自体に偽りはない。ただ、俺は俺のやり方でそこに貢献するのみだ。
『何かを守るのに、命を張る必要なんてない』俺はいつもそう思っている。
夕方になると、俺の店には売れ残った商品はほとんどない。一日の商売を終えて、小さな達成感を感じながら店を閉じる。俺の成功は、華々しさではなく、堅実さと合理性によるものだ。
「ねえ、矢ってまだ売ってる?」店を閉じようとしていたその時、美しいエルフが矢を求めて来店した。
「申し訳ない、もう売れてしまいまして」と伝えると、彼女は無邪気な笑顔を浮かべながら「ふふっ、大丈夫です。また来ますね」と言って店を後にした。
彼女が去った後、なぜか彼女の美しさが俺の心に残っていた。彼女の笑顔、優雅な立ち振る舞い、柔らかな声、そしてなぜか温かく俺を受け止めるような雰囲気が醸し出されていた。
気づけば、彼女は次にいつ来店するのかと思考を巡らせている自分に気がついた。しかしそんな浮ついた気持ちは合理的ではない。俺は自分を戒めた。
「冒険者との恋など合理的ではない。俺は着実に金を稼ぎ、そして見合いをし、家業を手伝ってくれるような嫁を貰うこと。それが理にかなっている」俺は自分に言い聞かせた。
情熱的な恋愛など、俺の生き方とはかけ離れている。俺はいつも計算高く、冷静だ。だからこそ、今の成功があるのだ。
翌日、俺は再び鍛冶屋に立ち、いつも通りの仕事を始めた。でも、どこかで彼女がまた訪れることを密かに期待している自分がいた。合理的であること、それがいつもの俺だ。でも、今は少しだけ、その枠を超えた何かを感じている。
ある日、彼女がまた店に現れた。そのエルフの女性は、なんとなく母性的な雰囲気をまとっていて、店内に優しい空気を運んできた。
「あなたの作る矢、なかなか良いわね」彼女は店内を見回したあと、穏やかな声で俺に言ってくれた。
「ありがとうございます」褒めてもらった礼を言いながら、俺は内心で自分を卑下した。
俺の商品など、数打ちの消耗品に過ぎない。俺の職人としての腕など、知れている。だからこそ俺は、効率を重視するのだ。
「あなたの作る物には、なんだか安心感があるわ」彼女はそう言ってくれた。
そう、俺の商品は、数打ちの大量生産品でしかない。しかし、効率よく同じ規格のものを次々作っていくことだけには長けている。
その統一された規格に彼女は安心感を感じるとのこと。エルフにとって、いつも同じであることが魅力に映るのだそうだ。
彼女のその言葉が、俺の鍛冶屋としての技量の心もとなさを補ってくれた気がした。
その時、ふとしたきっかけで手が触れた。彼女が矢の羽根を手に取った際、俺の手と彼女の手が軽く触れ合ったのだ。その触れ合いはわずかな瞬間だったが、彼女の手から温もりが伝わってくる。
「ふふっごめんね」温かく優しく微笑む彼女の笑顔は、なんでも受け止めれくれそうな母性的な優しさを含んでいた。
彼女が俺を見る目は、なぜか子供を見るようなやさしさと温かさに満ちていた。それから、俺はつい彼女との雑談にしばらく花を咲かせてしまっていた。
仕事中の雑談など、めったにしない俺がなぜこのようなことを。非合理的だ。
彼女が店を去った後も、俺の心の中には彼女のことがずっと残っていた。彼女の温かい声に触れることで、俺は自分の内面に秘めた感情の深さを初めて知った。普段は感じることのない、柔らかな心の動きを感じていた。
彼女との出会いは、俺の心に静かな波紋を広げていった。
「こんにちはブラント、今日はまだ矢、残ってる?」
それから、そのエルフの女性はたびたび俺の店に訪れるようになった。彼女が来店する度に、俺たちは雑談を交わすようになり、彼女の母性的な包容力に触れるたびに、俺の心は少しずつ開かれていった。普段は合理性や効率に囚われがちな俺の心に、彼女は優しさと温もりをもたらしていた。
俺は彼女に好きな花の種類を尋ねた。彼女が答えた花は、次の日から店の片隅に飾られるようになった。
鍛冶屋に花など必要ないはずなのに。日に日に非合理的な行動が増えていく自分が不思議でならなかった。
ある日、また彼女が店を訪れた。
「ふふっ、おはようブラント」いつものように物静かな笑顔で俺に話しかけた。
その瞬間、俺はある事実に改めて直面する。彼女は今日も、俺のことを子供を見るような視線で見ている。その視線は優しく、でもどこか俺を一人前の男とは見ていないようだった。
その認識は、日に日に俺の心に小さな波紋を作り、どんどん大きく広がっていた。
「俺は彼女に、男として見られてないのだろうか」その思いがいつの間にか俺の心を支配するようになっていた。
「ねえ聞いてよブラント、私今、弓使いソロなんだけど、前衛の剣士が仲間に欲しいなって思っていてさ」そんな彼女の言葉は、半分にしか耳に入らなかった。
彼女が以前、伝説の剣士ガラハドの話をしていたことを思い出していた。彼女はそういう男が好きなのかと、俺は心の中で思っていたのだ。
「実は俺は、剣士になることが夢だったんです。俺を前衛に入れてくれませんか」
ここで俺は、人生最大の嘘をついた。
俺はいつも合理的に物事を考え、感情に流されることなく行動してきた。でも、彼女の前では、その合理性が全て崩れ去る。理性で抑えようとしても、彼女に対する感情は暴走し、もはや抑えられない衝動となっていた。
彼女の目は、信じられないと言わんばかりに大きく見開かれていた。
その反応を尻目に、俺は一緒に鍛冶屋で働いていた弟に急遽、店の引継ぎを始めた。
「店の帳簿はここにある。注文の記録や材料の在庫、すべてここに書いてある。これが鍵だ。俺がいなくなっても、店はお前が頼む」俺は店の鍵を弟の手に握らせた。
弟も、言葉にならないほど驚いている様子だった。
弟の反応を待つこともなく「これは退職金代わりにもらってくぞ」と言って、俺は店にあった剣や防具を身につけ始める。そしてすぐさま俺は彼女と店を出た。
彼女は俺の決意を感じ取ったのか、俺とパーティを組むことを受け入れてくれた。しかし、彼女の目はどこか心配そうに俺を見つめ続けていた。
「ねえブラント、本当に大丈夫?」彼女の声には、慈愛と同時に不安が混ざっていた。
彼女の不安そうな表情を見て、俺の中で何かが燃え上がった。「見てろ、頼れる男であることを示して、俺が彼女を笑顔に変えてやる」俺は心でそう誓っていた。
鍛冶屋として剣を作る上で、剣士の気持ちを知る必要があった。だから、剣術は少しだけかじったことがある。
でもそれは、あくまで鍛冶屋としての範疇だ。実際の戦闘経験などほとんどない。
安定した鍛冶屋の仕事を放棄することなど、合理的ではない。
剣術が未熟なまま、命を懸けるなど、合理的ではない。
女性を口説くなら、もっとスマートにするべきだ、合理的ではない。
そして恋愛感情だけで、人生を左右するような決断をすることが何より合理的ではない。
まったくもって非合理な、感情に流された決断。それでも、今は前向きに息巻いている自分がいた。
外に出ると、冷たい風が俺の頬を撫でた。その風は、新しい冒険への第一歩を促しているようだった。俺は一歩を踏み出し、これまでの安全な生活とは異なる未知の世界へと足を進めた。
俺は、自分がこんなに不器用だと思わなかった。
次話、新米剣士ブラントの勇敢なる冒険譚へ