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異世界カリスマ美容室  作者: ほっこり純
2章【エルフ・エルミラ編】年齢を気にするエルフ女性が、ゆるふわ愛されカールになって650歳年下の冒険者仲間にアタックする話
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年齢を気にするエルフ女性が、ゆるふわ愛されカールになって650歳年下の冒険者仲間にアタックする話 5話/全5話

―― 


 私が待ち合わせの広場に到着すると、既に若き剣士の彼がいた。


 彼の姿を見て、私の心は温かい気持ちで満たされた。普段は剣の輝きと冒険の汗ばむ姿でいる彼が、今日ばかりは異なっていた。彼の服装は、いつもの戦闘服とは異なる、精巧で洗練されたもの。タイトな黒のズボン、銀の糸で縁取られた深緑の上着、そして艶やかなブーツ。


 彼がこの日のためにどれほど心を砕いたのか、想像するだけで心が温かくなる。彼の髪さえも、いつもより手をかけて整えられている。それは、まるで彼の内面の優しさが外に溢れ出たようだ。


 「おまたせ」私がそう言って駆け寄ると、彼が私に向ける目には、あたたかい驚きと、どこか尊敬のようなものが混ざっていた。


 彼のその眼差しを受けて、私は確信する。これは確かにデートだ。イチローの見立てはやはり正しかったようだ。私は心の中でひっそりイチローに感謝をする。


 彼は一歩前に踏み出して、私をじっと見つめた。「そのドレス、本当に……えっと、すごく素敵だよ」彼の言葉はたどたどしく、言いたいことを探すように少し間を開けていた。彼の声には、不慣れさとともに、どこか純粋な感動が混じっている。


 「髪も……」彼は私の髪に視線を移し、一瞬言葉を失った後、ゆっくりと続けた。「すごく、綺麗です。女神のように……輝いて見える」彼の目は私の髪から離れない。彼の言葉は簡単なものだったが、その瞳には純粋な感嘆が映し出されていた。

 

 「ありがとう、あなたも素敵よ」私はその言葉に心からの笑顔を返した。彼は経験の浅い若者だが、その一生懸命さが私の心を打った。彼の言葉には、不慣れながらも、私に対する深い感銘と敬意が込められていて、私の心を深く温めた。


 彼のその真摯な態度は、このデートをいかに大切に思っているかの証であり、その純粋な姿勢が、私をますます彼に惹きつけた。彼の瞳に映る私の姿が、彼にとってどれほど美しく映っているのか、それを感じ取ることができた。



 私たちはそのまま、若者の間で流行っているという『星の塔』という展望レストランへと向かった。彼は時折、私の歩みに合わせながら、不慣れながらも優しくエスコートしてくれた。


 私は、流行りのレストランに行くこと自体にはあまり興味がなかった。しかし、彼と一緒なら、その場所がどこであれ特別な意味を持つ。彼と共に過ごす時間そのものが、私にとっての喜びだった。


 展望レストランに到着すると、彼は少し緊張した面持ちで受付に話しかけた。しかし、受付の人の表情が変わると、彼の顔色も変わった。どうやら、彼が予約したはずのテーブルが何かの手違いで用意されていないことが判明したようだった。



 「えっ、そんな……」予約されていないことが判明した途端、彼は明らかに動揺していた。目を大きく見開き、周囲を慌てて見渡し、どう対応すればよいのかわからず立ち尽くしている。その姿は、不意に灯りを浴びた森の中の一頭の鹿のように、あどけなく、そしてどこか愛らしかった。



 私はそんな彼を見て、思わず笑みがこぼれた。一生懸命に背伸びしても、どこか決まらないところが彼らしい。彼が頑張ってみせる格好いい姿も素敵だけれど、どこか決めきれない情けない姿もまた、心から愛おしい。彼のそんな全てを、私は誰よりも愛らしく思う。



 彼は、深く謝罪の意を込めて「ごめん」と言った後、慌てて周囲を見渡し始めた。彼の目は必死になって、代わりの店を探そうとしているかのようだ。彼の声には、真摯な謝罪の意が込められていた。店の人に対して怒る様子もなく、状況をごまかそうとすることもない。彼のその誠実さと、ありのままの姿が、この瞬間、彼の愛らしさを一層際立たせていた。



 「あっははは」私は思わず声を上げて笑ってしまった。「大丈夫よ、落ち着いて」それは決して彼を馬鹿にしての意味なく、彼のそういう情けない姿まで含めて受け入れている、という心からの笑いだった。彼の目を見ると、私の笑った意図が彼にも伝わったことが分かった。


 彼は私の言葉を聞いて、ほっと安堵した表情を見せた。



 その時、私はふと感じた。若い彼に無理に合わせるのではなく、私ももう少し私らしく、彼と接することができるかもしれない。イチローの話に出てきた桜という木も、自分らしく堂々と咲くから愛されるのではないか。


 私はありのままの彼を受け入れ、彼もまた、私のありのままを受け入れてくれる。お互いの本当の姿を見せ合いながら、一緒にいることの喜びを共有できるかもしれない。そんな希望が私の心に芽吹き始めた。


 私は彼の手をそっと握りしめた。彼はその触れ合いに頬を赤らめ、少し照れたように目を伏せた。


 次の瞬間、私は「ついてきて」とだけ言い放ち、彼の手を強引に引いて駆け出した。「ちょっ、エルミラさんどこへ……」彼は驚きながらも、私に引っ張られながらついてきた。


 美しい星々を眺められる流行りのレストラン……ごめんなさい、やっぱり私、そんなところに興味がないの。だって長年この世界を生きてきた私は、もっと星が美しく見える場所を知っているから。


 私は行先も告げず、ドレスを着ていることさえ忘れて、彼の手を強引に引き続けた。私たちは街の喧騒から遠ざかっていく。私たちは街灯が少ない小道を抜け、やがて開けた丘へとたどり着いた。


 この丘は、私が知る中で最も星が美しく見える場所だった。


 丘の頂に立つと、無数の星が夜空を彩り、その輝きが私たちを包み込む。私は彼の手を引き続け、息を切らしながら言った。


「ここよ、ここが私の知る一番美しく星空が見える場所」



 「すごい……」彼はその場所の美しさに言葉を失い、ただただ星空を見上げていた。私が追い求めていたのは、この静かで、美しい瞬間だった。


 まだ息を切らせたまま、私は強引に引っ張って掴んだままの彼の手を、優しく握り変え、そのまま握り続ける。すると彼もほんのり優しく、手を握り返してくれた。



 「知ってる? 星々には古い物語が宿っていて……」私は彼と手を繋いだまま、彼と一緒に座り、星空を見上げながら、古代から伝わる星にまつわる伝説を語り始めた。私が話し始めると、彼は静かに私の声に耳を傾けてくれる。


 その中で私は思わず自分の年齢に関する事実を口にしてしまった。しかし、彼はその事実に動じることなく、私の話に耳を傾け続けた。



 私が一通り話し終わると、彼が言葉を紡ぎ始めた。

「エルミラさんが話す歴史の話はすごく新鮮で……えっと、魅力的だよ」彼の声はわずかに震えており、彼の緊張が伝わってきた。


 「星は長い歴史を経たからこそ、その美しさがあるんだね。エルミラさんも……その……エルミラさんの重ねた歴史が、エルミラさん自身を……ええと……より素敵なものにしているんじゃないかな」


 彼の言葉は、彼の内に秘めた尊敬を表していた。若さと女性慣れしていないことからくるたどたどしさがありながらも、その真剣さが彼の言葉の誠実さを裏付けていた。


 彼の言葉が夜空に溶け込み、私の心に深く響いた。重ねた歴史が私を魅力的にしてくれるのならば、この一瞬、彼とこの星空の下で過ごすこの時こそが、私を最も輝かしく見せるものになるだろうと思った。彼の手の温もりが、その感覚をよりリアルに、より深く私の心に刻み込ませていた。


 星々の光が私たちを優しく照らし、その煌めきが私たちの周りを包み込んでいた。流行のレストランの輝きなど、ここでは何の意味も持たない。ただ、私たちと星々が、この静寂の中で対話しているようだった。


 私はふと彼の方を見た。彼もまた、その星空に魅了されているようだった。彼の目に映る星々の輝きが、私の心を温かくしていた。


 私たちはその丘で、星空の下に座り込み、いろいろな話をした。話題は次から次へと移り変わりながら、私たちの心は互いに深く通じ合っていった。私たちの間には、種族や年齢の壁など意味を成さず、ただ、お互いの深い理解と尊敬が存在していた。



 そんな中、彼は少し照れくさそうに言葉を切り出した。

「実はね、あの流行りのレストランなんだけど……」彼は一瞬言葉をため、星空を見上げた。「本当は、俺はあまり興味がなかったんだ」彼の声は少し小さくなり、続けて言った。


「どうしてもエルミラさんを誘いたくて……」


 「あっはは、なにそれ」彼のその告白に、私は心から笑った。彼の言葉は、彼の素直な気持ちを映し出していた。彼が流行のレストランよりも、私との時間を重視していたことが伝わってきて、私の心はふわりと温かくなった。流行りの場所など、彼自身も実は興味がなかったようだ。


 私たちは星空の下で、お互いの真実をさらけ出し、そのままの自分たちで深くつながっていることを感じた。この夜は、私たちにとって忘れられない、特別な時間となった。


 また彼は、静かな調子で自分の夢について語り始めた。


 「俺は街の人々を守り、君や街のみんながいつも安心して暮らせる場所を確保したい。この街は、僕の故郷だから。だから俺が守りたいんだ」彼の声には、未熟さの中にも真剣な決意が感じられた。


 それは以前語ったような「伝説の剣士ガラハドのようになりたい」という大それた目標ではなく、彼らしい等身大の夢だった。私は、こちらの夢が彼の本心だろうと思った。


 彼が私を認めてくれたように、私も彼のその夢を見守ろうと思う。もちろん彼の隣で。


 これはまさに、イチローの話に出てきた、桜の木と老人の話のようだと思った。


 長年咲き続ける桜をこよなく愛する若い男。男は桜の前で若々しい夢を描き、やがて年を取っても桜を愛し続けた。そして老人が亡くなったあと、老人のことを思い出し、より美しく咲き誇る桜の木。


イチローが語ってくれた永遠に続く愛の話を思い返し、私と彼との関係に重ねてみた。


 彼はおそらく、老人になっても私を愛し続けてくれるだろう。ならば私は、彼が亡くなった後も、彼を思い出し、堂々と咲き続けよう。


 ふと彼を見ると、丁寧にセットされていたはずの髪がぐちゃぐちゃに乱れている。よく見ると、シャツのボタンも一つずつズレており、まるで不器用な子供が初めて着る服のようだった。靴紐はほどけたままで、彼は何度もそれを踏み、泥で汚れていた。


 彼のその姿は、秋の葉が風に散るように、何ともはかなく、頼りない。


 こんな時まで、どこか決まらない。そんな頼りない彼の姿を再度見て、彼との未来、一緒に時を重ねることへの熱い思いが、急激に冷めていく感覚があった。何度も見たような情けない姿なのに、この時ばかりは特別な気持ちが渦巻いた。


 あれだけ強く思い描いた理想が、色を失っていく。彼と一緒に時を重ねることに嫌悪すら感じてしまった。


 こういう気持ち、若いヒューマンの間で特別な言葉があった気がする。なんて言ったかしら。


 この先、彼が亡くなっても、愛を紡いでいく。そんな未来なんて望みたくないと思ってしまった。



 なぜなら私は、強く願ってしまったから。


 それはきっと、長い寿命を生きるエルフにとって禁断の願い。


 

 星々の瞬きと共に、私たちの時間もここで止まればいい。この美しい一瞬を、永遠の記憶として封じ込められたら、どれほど幸せだろう。


 彼の未熟さ、時に見せる情けなさが、今宵の星空のもと、何故かひときわ愛おしい。


エルミラ編、これで終わり。と思いきや……。


次話「恋には不器用な鍛冶職人が、カッコいい騎士のようになり、美しいエルフをエスコートする話」

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