年齢を気にするエルフ女性が、ゆるふわ愛されカールになって650歳年下の冒険者仲間にアタックする話 4話/5話
そう言うとイチローは私の髪に向かってハサミを入れ始めた。
イチローのハサミは軽やかで、それでいて緻密な動きで、私の髪を一本一本丁寧に整えていった。彼の手は熟練されたアーティストのように、私の髪を美しい形に変えていく。鏡に映る私の姿は、イチローのハサミの動きによって、次第に新しい表情を見せ始める。
彼のカットの一つ一つが、私の髪に新たな命を吹き込み、見た目を若々しく、鮮やかに変えていく。イチローは私の髪を削ぎ落とし、新たなスタイルを生み出していく。彼の動きは慎重かつ大胆で、私の髪の質感や流れを完全に理解した上で、それを最大限に活かすカットを施しているようだった。
イチローの手が静かに止まる。髪型が完成したのかと私は思った。私は鏡に映る現状の自分の姿に既に満足していた。イチローの手によって生まれ変わった私は、すでに以前より数段魅力的な輝きを放っていたのだ。
「では、パーマをかけていきましょうか」しかし彼の口からさらなる変身への提案がなされたのだった。
――
しばらくが経ち、私の頭には"ぱーま液"なるものが塗られ、今は待機している。イチロー曰く、ぱーま、というのは、髪に柔らかく美しいウェーブをつける技術であり、それによって髪に動きとボリュームを与え、全体に柔らかい雰囲気を演出するものだという。私は金髪の直毛で、いつも同じような髪型だったため、このぱーまというものに特別な期待を抱いていた。イチローによると、ぱーまは少し時間がかかるとのこと。
「ねえ、年上の女性ってどう思う?」時間を持て余した私は、イチローにこんな質問をした。彼は、何かを察したように優しく問い返した「想い人でも?」
イチローの質問は、私の心の中を見透かしているようで、少し驚いたが、同時に心が温かくなるのを感じた。イチローの洞察力と優しさが、私に安心感を与えてくれた。彼のこの問いかけは、私がこの美容室に足を運んだ真の理由を、優しく探り当ててくれたようだった。
私は、イチローの質問にどう答えるべきか一瞬考え込んだが、その信頼できる雰囲気に導かれて、剣士の彼に対する心の中の想いを打ち明けることにした。
「想いを寄せている若い剣士の仲間がいるんだけど、彼の話題に時々ついていけなくて」彼が話す、彼が話す展望レストランなどの流行のスポットについて、話題についていけず、同時に自分の年齢を痛感させて辛い、ということを少しずつ話していく。
イチローはしばらく黙って私の話を聞いてくれた。次第に彼の表情は一時的に気まずそうなものに変わり、言葉を選ぶかのように慎重になっていた。そして、静かな声で彼は言った。「年頃の男性が、そういう流行りの場所や人気スポットに興味を持つのは、女性を誘いたいときが多いかと思いますが」
イチローの言葉に心がざわめいた。そうか、彼が話す流行のスポットの数々、それらは彼が"どこかの女性"を誘うための準備だったのか。
そういえば、ヒューマンの男性は女性をそうやって誘うことがあるのだと、と私は思い出した。私の心は焦燥と不安でいっぱいになった。剣士の彼が他の女性と恋に落ち、デートをしている光景を想像するだけで心が痛む。
「そうか、そうよね」と、私は声に力を込めて言った。彼のことを考えると、胸がきゅっと締め付けられる。でも、彼がそういう人を見つけるのは自然なことだ。
彼は明るくて、純粋で、人を惹きつける魅力がある。そんな彼が"どこかの女性"に特別な想いを向け、"その女性"もまた彼に特別な想いを寄せる。そんなことがあっても、当然のことよね。
必死に自分を納得させようと、懸命になっている私の様子を見て、イチローは唖然とした様子だった。彼は私の目をじっと見つめ、またもや気まずそうに言った。「あの、聞く限りでは、その剣士の彼は、あなたをデートに誘いたいのだと思うのですが……」
「そ、そんなはずないわ、だって」と私は声を荒げていた。彼のような若者が、私のような年上の女性をデートに誘うなんて、私には到底考えられないことだった。やめてよ、せっかく納得しようとしてるのに、変に期待させないで。
「彼は休日の前などに、あなたによくそういう話題を振りませんか?」
イチローの言葉に私はハッとした。私の心に、彼の言葉が光を当ててくれたように感じられた。あれ、彼が誘いたい相手って本当に、私? 今日は休日。そして確かに昨日、そういうレストランの話題をやたらと口にしていたけれど。えっ、そういう意味だったの?
そうか、ヒューマンの若者たちは、デートで流行りの場所を好む習慣があったんだ。彼らは新しさを追求し、常に変わりゆくトレンドに敏感だ。華やかなレストランや最新のスポットが、彼らのデートの舞台となることが多い。
しかし、エルフの恋愛観は異なる。エルフたちの恋沙汰は、伝統や歴史のある場所で行われることが一般的だ。私たちは自然と古の魔法が息づく古い森、星空の下の古代の遺跡、古い言い伝えが残る湖畔など、歴史の重みを感じる場所で愛を育む。
彼がデートに誘ってくれているのに、私は全く気が付かない。気が付けない。その事実が、私と彼の間にある種族の違いを改めて認識させ、ほんの少し切なくなる。
「実は今日このあと、『星の塔』っていう展望レストランに剣士の彼と行くことになっていて」私がイチローに話すと、彼は驚いたような顔をして言った。
「そうか、これからデートだったんですね」
若い彼に頑張ってついていこうと思って、あまり気が乗らない流行りの場所の話題に懸命に乗っかっただけのつもりだった。しかしその彼の話題提起は実はデートの誘いであり、私がそれに了承していことに、初めて気づいた。
私は自分の中で、彼がこれまでにしてきたことに整合性を合わせ始めた。彼がよく話す流行のスポットやレストラン。それがただの雑談ではなく、もしかしたら今までも彼なりに私を誘おうとしていたのかもしれないと思うと、ドキドキし始める。それは単なる都合のいい空想ではなく、現実的な希望かもしれないと、思った。私はとんでもないことを見過ごしていたようだ。
明るい希望に胸を膨らませつつも、ふと私は立ち止まった。そう、まだ彼には私の年齢のことを伝えていなかったのだ。
「ねえ、ヒューマンの男性って、何百歳くらい年上までなら、恋人として見られるの?」私はイチローにそんな質問をしてみた。気持ちが少しずつ上向いてきたのを感じる。
イチローは、私の質問に少し戸惑った様子が見えたが、すぐにその驚きを抑えて冷静さを取り戻す。彼はしばらく考え込むように黙っていたが、やがて口を開いた。
「私の故郷、ニホンという国には、春が来るたびに美しく咲き誇る"桜"という木があります。その木にまつわる話ですが」イチローは静かに語りだした。
「ある村に、長い年月を経ても変わらず美しく咲き続ける桜の木がありました。村のある若い男性は、その古い桜の木をこよなく愛していました。春になると、彼はその桜の木の下で長い時間を過ごし、木の美しさに心を奪われていました。桜の花が咲くたびに、彼は新たな夢や希望を抱き、桜の下で未来を思い描いていました」
そこまで話すと、イチローは一度私の目を見る。
桜の木は、私のことを指しているのだろうか。若い男性は、彼のこと?
「年月が流れ、若かった男性は年老いた老人になりました。しかし、彼の桜に対する愛情は変わることがありませんでした。老いてもなお、彼は春が来るたびに桜の木の下へ足を運び、その年々に変わる美しさを愛で続けていました」イチローは、止まらずに語り続ける。
「そして、ついにその老人がこの世を去った時、その桜の木は以前よりもさらに美しく、豊かに咲き続けていたのです。まるで、老人の愛と思い出が桜に吸い込まれ、木が彼の愛を受け継いでいるかのようでした。老人がこの世にいた時に注ぎ込んだ無数の愛情と、桜の下で過ごした時間が、その桜の木に新たな生命を与えていたのです」
「桜の木は、老人と共に過ごした日々を忘れることなく、いつまでも美しく咲き続けました」
そこまで語ると、イチローは優しく微笑みながら「さて、仕上げに移りましょう」と言って、慎重に私の頭からぱーまの器具を外し始めた。彼の手つきはとても丁寧で、私の頭皮や髪を傷つけないように細心の注意を払っているのがわかる。
イチローが私の髪を洗い、丁寧に仕上げをしていく間、私の心はさきほどの桜の話に引き戻されていた。
長年にわたって美しく咲き続ける桜という木の話。それは歳を重ねても色あせることのない愛の物語だった。桜の木のように、時間と共に深まる美しさを持つ愛。それを彼と共有できたらどんなに素晴らしいだろうかと、私は思っていた。
イチローの優しい手つきは、私の不安を和らげ、希望へと変えていく"魔法"のようだった。髪が乾くにつれて、私は自分自身が変わっていくのを感じていた。彼の手によって生まれ変わった私の髪は、私自身の内面も変えていくようだった。自分に自信を持ち、彼に対してもっと積極的になれるかもしれない。私は心の中でイチローに感謝していた。
鏡で自分の姿を見ながら、イチローが丁寧に髪を仕上げてくれる様子を目で追っていた。彼の手が私の髪を一本一本丁寧に扱い、美しいカールを作り上げていく。
それを見て、彼が話してくれた桜というの木の話が心に浮かんだ。桜が春の訪れとともに美しく咲いていく様子は、まさにこんな感じではないかと思うほど、イチローの手によって、私の髪はどんどん美しく、愛らしく彩られていった。カール一つ一つが輝いて、私の顔周りを華やかに飾る。
「さあいってらっしゃい。どうせなら、千年は記憶に残るデートを」
イチローに見送られて店を出た私は、別人のようになっていた。それはただの外見的な変化だけではなく、内面から溢れ出る自信と美しさの変化。イチローの手によって引き出された私の新しい魅力。彼の話に出てきた桜の木のように、私も時間と共に自分自身の美しさを開花させていたかのようだった。
エルミラの恋路やいかに