年齢を気にするエルフ女性が、ゆるふわ愛されカールになって650歳年下の冒険者仲間にアタックする話 2話/全5話
「今日はこのあたりにして、町に戻りましょうか」未熟ながらも、彼は私をエスコートし始めた。彼のその行動に、私の心は再び暖かい気持ちで満たされた。
彼は私の隣を歩きながら、慎重に道を選んでいた。彼の姿勢は、まるで騎士が高貴な姫を守るかのようだった。とはいえ、その振る舞いやしぐさは熟練した騎士とはとても言い難く、たどたどしさが常にどこかしらに見え隠れし、それを見るたびになんだかおかしくなる。ただ彼の行動のその一つ一つには優しさと気配りが感じられ、私の心は深い愛情で満ちていった。
私たちはゆっくりと町へ戻る道を歩いていた。彼は時折、私に話しかけ、彼の言葉は夕日に照らされた森の葉のように温かく、心地よかった。彼が私を気遣う姿は、私にとってこの世界で最も美しい光景だった。
町の灯りが見え始めると、彼は私に「無事に帰れて良かったです」と微笑みかけた。その笑顔に、私の心は満たされ、彼への愛情がさらに強まるのを感じた。彼のそばにいることが、私にとって一番の喜びだった。
町に戻った後、彼が目を輝かせながら話し始めた。「そうだ、町の北端に新しくオープンした『星の塔』っていう展望レストランがあるそうですよ。そこが今、この町でとても流行っているんですよ」彼はわくわくした様子で溢れていた。
彼の言葉を聞きながら、私は内心で戸惑っていた。星の塔? 流行りの場所? 私はそんな場所のことを全く知らなかった。若い人たちの間で流行っているものに、私はついていけていない。彼の話を聞きながら、私は自分の年齢を感じる瞬間だった。
「へえ、『星の塔』っていうのはどんなところ?」と私は彼に尋ねた。彼は熱心にその場所の魅力を語り始めたが、私には彼の言葉が新鮮で、別世界の話のように感じられた。長い年月を生きてきたエルフの私には、ヒューマンの世界での流行り事がちょっと理解しづらかったのだ。
私はふと、私たちの間の年齢差を強く意識する瞬間が度々あることを思い出した。彼が話す流行の話題や若者の間で人気のある場所、活動について、私は何度もついていけずにいた。そのたびに、私は自分が長いエルフの寿命を生きてきたこと、そして彼とは異なる時間を過ごしてきたことを感じていた。
彼が若々しい情熱を語るたびに、私は自分が長い年月を背負っていることに重さを感じる。彼が知らない遠い過去に私は生き、彼と共有できない思い出が多い。彼の前で、私は自分が古い時代の遺物のように感じられることがある。
彼と歩く町の中で、私は自分が彼とは異なる時代の人間であることを痛感する。彼との年齢差は、私にとって深いコンプレックスとなり、彼との関係に影を落としているようにも感じた。
私も彼と同じように若々しく、彼の世界に自然に溶け込むことができたらと切望するようになっていた。
「じゃあエルミラさん、最近話題の『異世界美容室』って知っていますか? まるで異世界に迷い込んだかのような体験ができるそうですよ!」彼は目を輝かせて語った。
異世界美容室? また若者に流行りの場所だろうか。私の中の劣等感がまたも頭をもたげ始める。
彼の話によると、「美容室」とは髪を切ったりして見た目を綺麗にしてくれる場所なのだとか。そこで"イチロー"というすごい男が、人の印象を劇的に変えてしまえる魔法を使うそうだ。
曰く、目立たなかった村娘が、美しく変身し有名な舞台女優になったとか。
曰く、無口だった傭兵が、ダンディーに変身し、吟遊詩人として人気になったとか。
曰く、"極悪非道の盗賊が、爽やかで優しい青年に変身し、冒険者として街中に愛されるようになった"とか
イチローの魔法にかかると、皆、人生が一変するのだそう。
彼が熱心に語る異世界美容室の伝説を聞きながら、私は内心で微笑んでいた。「昔からその手の噂とか伝説って、あとを絶たないわよね」と思い、そういうものに簡単に流されるのは若者特有のことだと感じていた。私の長いエルフとしての人生で、数え切れないほど多くの伝説や流行が生まれては消えていった。それらは一時の幻想であることがほとんどだ。
しかし、彼の話にはどこか魅力を感じていた。若者たちが今夢中になっているもの、それに触れることで、自分も彼の世界に少しでも近づけるのではないかという淡い希望だったのかもしれない。そしてもしその場所が本当に存在し、私がそこで若々しさを取り戻せるのなら、それは試してみる価値があると考えていた。
それが彼との年齢差を埋めてくれるかもしれないという気持ちが、私の心を前向きにさせていた。それに、私もエルフのはしくれだ。そんなに珍しい魔法なら、一度は見てみたいという気持ちがなくもない。
私は、自分の年齢で流行りの場所に行くことに対して、深い劣等感を感じていた。しかし、彼との関係を思うと、私の心は揺れ動いた。彼との距離を縮めたい、彼の世界をもっと理解したいという願いが私の中で強くなっていた。「そうよね、伝説に心が動かされないようなら冒険者なんてやってないわね」私は自分自身に言い訳をするように、つぶやいた。
「私も今度その、美容室? って場所に行ってみようかしら。ちょうど髪も切りたかったし」と私が言うと、彼の顔に喜びの表情が浮かんだ。私が彼の話に興味を示したことになんとなく満足を感じている様子だった。言ってみてよかった。彼が喜んでくれたなら、それだけで私も嬉しい。
「綺麗になっても、気軽に惚れないでよ」そう言って彼に微笑んでみた。ほんの冗談のつもりだったが、彼は顔を赤くして照れているように見える。あれ、本気で照れてる? ついそんな勘違いをしてしまいそうだ。
ほんのり年齢を感じさせる自分のやや硬質で色褪せた金髪に手を伸ばし、指で軽く触れることで、私は冷静になっていった。
自分の年齢を思い出しながら、私は内心で自分を戒める。都合よく解釈しちゃだめよ。彼が私に興味を持つことは嬉しいけれど、私は自分の年齢と立場をしっかりと自覚しないと。彼と私の間には変わらない現実があるのよ。
街の中で彼と別れた後、私はひとり、静かな通りを歩いていた。夕暮れの柔らかな光が街を照らし、私の心は彼との時間を思い返していた。その中で、ふと『もし彼と添い遂げることができたなら』という想像が心を掠めた。
私の心は、彼との未来を描く空想に浸っていった。一緒に朝を迎え、一緒に夕食を囲み、一緒に星空を眺める。そんな日々を想像するだけで、私の心は甘い幸福感で満たされた。彼との普通の生活、些細な喜び、共に過ごす穏やかな時の流れを想像すると、私の頬は自然と緩んだ。
「空想するだけなら自由よね」と私は心の中で微笑んだ。現実では難しいことも、頭の中では自由に描ける。私たちの年齢差や種族の違いを超えた、理想の世界を私は心の中で描いていた。彼と手を繋ぎ、一緒に歩く姿、互いを支え合う姿、それらを想像することは、私にとってこの上ない喜びだった。
空想の中での彼はいつも温かく、私のすべてを受け入れてくれる。私たちは一緒に笑い、一緒に泣き、共に成長する。そんな未来は、現実ではないけれど、私の心には確かな慰めと喜びをもたらしていた。
そこでふと異世界美容室のことを思い出した。もし、その場所で本当に若々しくなれるなら、彼との空想が現実のものとなるかもしれない。そんな甘やかな期待が、私の心をよぎる。
一方で私は現実を振り返り、すぐに不安になる。異世界美容室の魔法が現実に果たして効果があるのか、それとも単なる幻想に過ぎないのか。若さを取り戻すことができたとしても、彼との年齢差や経験の違いは変わらない。彼にとって私はただの長生きのエルフ。彼と私との間には決して埋められない溝があるのではないかという恐れが、私の心を覆っていた。
甘い期待と現実の不安が交錯し、私は一時的に心が乱れる瞬間を経験していた。彼との関係において一歩進む勇気を持つことと、現実の厳しさに直面することの間で、私は深い思索に沈んでいた。
「異世界美容室か、明日は休日だしちょっと行ってみようかな」
この現実離れした甘やかな希望に、私の心が傾いていることに、自分の弱さを感じていた。異世界美容室に対する興味は、現実からの一時的な逃避であると自覚しつつも、私はその誘惑に抗えなかった。
次話、エルフのエルミラが、異世界美容室へ訪れるところから始まります