恐れられて孤独な盗賊が、爽やかな髪型になって周囲に好かれていく話 1話/全3話
俺は盗賊のガルス。どうやら俺の顔は、俺が思っている以上に怖く見えるらしい。
ちなみに"盗賊"といっても、俺は悪事を働くわけではない。俺は冒険者として鍵を開けたり罠を解除したりするスキルが得意なだけなんだ。ただ、この強面のせいで、よく犯罪者の盗賊と勘違いされて困ってしまう。
その日も、俺は街中を歩いていた。周りの人々は、俺の強面を一目見て、避けて通っていた。そんな中、ある角を曲がったところで、小さな泣き声が耳に飛び込んできた。声のする方を見ると、道端に一人で座り、泣いている子供がいたんだ。
その子供の様子から、親を見失い迷子になってしまったんだろうとすぐにわかった。無防備で怯えた表情をしていて、まるで助けを求めているようだった。
俺は子供が好きだ。彼らは小さくて無邪気で、時々、俺にもこんな子供がいたらなんて思うことがある。そんなことを思うと、こういう状況はますます見過ごすわけにはいかない。子供たちの安全と幸せは、俺たち大人の責任だからな。
「おい、大丈夫か?」と声をかけると、子供は俺の顔を見てさらに大きな声で泣き出した。
俺は子供を落ち着かせようとしたが、その時、冒険者らしき男が駆けつけ、「何をしている!」と叫んだ。男は俺を暴漢と間違え、子供を守ろうとする。俺は慌てて「待て、誤解だ」と叫んだが、男は聞く耳を持たない。
やがて、周囲に人だかりができ、事態は混乱していった。俺は誤解を解こうと必死に説明したが、なかなか信じてもらえない。泣き続ける子供、警戒する冒険者、好奇の目で見る群衆。俺の強面が原因でこんなにも大騒ぎになるとは、思いもよらなかった。
しばらくしてやっと警備隊が来て、事態は収束した。冒険者たちは最終的に謝罪し、子供は無事親に返されたが、俺は来たばかりのこの街での生活が思ったより難しいかもしれないと感じながら、再び街を歩き始めた。
賑やかな街の通りを歩いていた時、目に飛び込んできたのは、路肩で花を売っているヒューマンの女性だった。彼女の周りには色とりどりの花が広がり、見るだけで心が温まるような光景だ。
俺は、花が好きだ。その色彩、その香り、そこに込められた意味。花を見ていると、何とも言えない温かい気持ちに包まれる。そこで決めた。今日は少し多めに花を買おうと。今晩泊まる予定の宿屋に飾るのだ。部屋が一気に明るくなるだろうし、宿屋の主人にも少し分けてやれば、きっと彼も喜んでくれるはずだ。
そんなことを考えながら、俺は花売りの女性に近づいた。
「おい、ちょっといいか」と声をかけた瞬間、花売りは俺の顔を一瞬で見て、「ひいっ」と小さな悲鳴を上げ、さっとどこかへ行ってしまった。俺が人さらいにでも見えたのだろうか。
俺はその場に残された花を眺めた。色鮮やかで美しい花々が、今の俺には何だか皮肉に思えた。俺の強面は、花の美しさすら台無しにしてしまう気がしてきた。
俺の強面に人々が怯えて逃げるのは、もはや日常の光景だ。そんなことには慣れているはずだった。しかし今日は、なぜかいつもより深く心に刺さった。
「やはり、この傷のせいだろうか」俺は顔にある大きな傷跡を指でなぞった。この強面と顔の傷を隠すために、長い髪を下ろしている。俺の顔を見て人が怖がるのを少しでも減らせればって思ってさ。
この顔の傷は昔、村で襲われていた猛獣から子供を庇ってできたものだ。冒険者としてはそんなのよくあることで、別にトラウマでもなんでもない。
ただ、人から怖がられるのはなんとかしたいんだ。だから必死で髪で隠しているが、風が吹いたりして傷が見えてしまうと、また人を怖がらせてしまいそうで恐ろしくなる。
そう思い、気落ちしかけたが、本来の目的を思い出しハッとする。
いやいや、俺がこの町へ来た理由は、冒険者としてここらで一旗揚げてやるためだ。そんな小さいことに拘っている暇はない。そうとも、冒険者家業は荒くれものの集まりなんだ、こんな強面なんてみんな慣れっこに違いない。
俺はすぐに街の冒険者ギルドに行って、新しい仲間を募集しようと思った。ギルドの掲示板に仲間募集の紙を貼り、俺は隣に立って待っていたんだ。
「信頼できる仲間募集!」と書かれた俺の張り紙は、人々の注目を集めることはあっても、誰一人として応募してこない。彼らは張り紙を見て足を止め、時には話し合い、しかし最終的には俺の顔を見て去っていく。張り紙を見た後で俺の顔を一目見ると、みんな同じように顔をしかめ、急いでその場を去っていった。
「なんでだ……」と小さく呟きながら、俺はそこに立ち尽くした。実力には自信があるのに、それを見てもらう機会すら与えられない。ギルドは活気に溢れていて、どこかで笑い声が聞こえる。でも、その笑い声はどこか遠く感じられた。俺の周りだけが、まるで別世界のように静まり返っている。
俺は無意識的に、顔の傷を前髪で丁寧に隠していた。
時間が経つにつれ、俺の存在はギルドの中でさらに孤立していく。誰かが俺の方を見ると、すぐに目を逸らし、話すことさえ避けるようになっていく。俺の心はどんどん重くなり、仲間募集の紙を見るのも辛くなってきた。
「この街でもソロで冒険か……」俺は心の中で嘆いた。本当は、仲間と一緒に笑いながら冒険するのが夢だった。でも、この顔のせいで、いつもひとりぼっち。どんなにスキルを磨いても、仲間は得られない。
新しい街に足を踏み入れた時、俺は心機一転、新たな冒険を夢見ていた。
「信頼できる仲間募集」と書いたその言葉が、今はただの空虚な文字列に思える。俺は本当は、信頼できる誰かと一緒に冒険を共にしたいと願っていた。仲間と笑いあい、時には励まし合い、困難を乗り越えていく。そんな光景を想像するたびに、心は高鳴る。だけど、現実はいつも冷たい。
日が暮れる頃、俺は張り紙をそっと外した。張り紙をはがすその手が、ぎこちなかった。紙の端をつまむと、ゆっくりと壁から剥がしていく。その一枚の紙が、俺の大きな期待と小さな希望を背負っていたのに、結局何もかもが虚しく感じられた。
人々の笑い声が遠くで聞こえる。ああ、俺もあの中の一人に混ざりたかった。仲間と肩を組んで、今日の冒険について語り合いたかった。
俺は何度も自分自身を責めた。なぜ俺はこんな顔なのか。なぜもっと人当たりが良くなれないのか。でも、そんな自問自答はいつも答えをもたらさない。
夕暮れ時の街は、どこか懐かしいような、寂しいような感覚に包まれていた。人々が家路を急ぐ中、俺はただひとり、その場に佇んでいた。人々の温かな笑顔や親しげな会話が、遠く感じられる。彼らには家族がいて、友人がいて、仲間がいる。けれど、俺には誰もいない。
街の灯りが一つまた一つと灯される中で、俺はひとり、暗くなる街を歩いた。明日もまた、ソロでの冒険が待っている。
どんなに努力しても変わらない現実。それでも、俺は冒険者として生きていくしかない。夜風が俺の頬を撫でる。静かな夜は、俺の孤独をより一層感じさせた。
――
部屋の中、一人でベッドに横たわり、天井を見つめる。その日の出来事が頭をぐるぐると駆け巡る。「また一人か……」そう思うと、深いため息が自然と漏れる。仲間と冒険することがどれほど楽しいか、それを知りたい。しかし、その夢はいつも遠ざかる。
そんな中、わずかな希望もあった。さきほどギルドで聞いた噂話が頭をよぎる。なにせ、冒険者募集をしている間、半日ずっとギルドで聞き耳を立てていたんだ、ほぼ誰とも会話をしていなくとも、いろいろな情報が耳に入ってくる。
「イチロー」という名の男が、人の印象を劇的に変える魔法を使うという話だ。「異世界美容室」と呼ばれてるらしい。
美容室、とはなんだったか。どこかで名前は聞いたことがあるが見たことはない。床屋のような髪を切る場所だった気がするが、なんにせよ「美容」と言うからには、見た目を変える場所なのだろう。
冒険者の間では、イチローの使う魔法について様々な逸話が飛び交っていた。
曰く、目立たなかった村娘が、美しく変身し有名な舞台女優になったとか。
曰く、無口だった傭兵が、ダンディーに変身し、吟遊詩人として人気になったとか。
曰く、みなしごだった少女が大人の魅力を身につけ、王子様と結婚したとか。
その男の魔法にかかると、皆、人生が一変するのだそう。
どの話も疑わしいものだ。変身魔法の使い手なんてとても稀有な存在だ。エセ変身魔法使いのインチキ手品師なら何度もみたことはあるが、実物なんて見たことがない。
もしイチローが本当にその手の魔法の使い手だったとしても、変身魔法なんてごく一時的な効果しかもたらさないはずだ。そんな一時しのぎの魔法で人生が変わるはずがない。
そう思いながらも、しかし今、その話がわずかな光となり、心に引っかかる。眉唾だと思いつつも、その可能性に心が揺れ動く。
「まあでも、試してみるだけ損はねえよな」
もしかしたら、変わることができるかもしれない。この孤独から抜け出せるかもしれない。その一縷の望みに心が傾く。
「明日、ダメもとで行ってみるか……」と、俺は静かにつぶやいた。何度も期待しては失望する。そんな経験が積み重なる中で、俺は自然とそういう態度を取るようになっていた。ダメもとで行く、とあえて口にすることで、もし結果が芳しくなかったときのダメージを減らそうとしているのだ。
今回のイチローの噂は、どこかで俺の心を捉えて離さない。もし、その魔法が本当に効果があるとしたら……。そんな可能性に、心がふと軽くなる。「ダメもとだ、ダメもと」再度そう口にすることで、懸命に自分を律している。
俺にとって人々との関わり合いは、ときに未知の迷宮を探索するよりも恐ろしい。だがイチローの異世界美容室の噂は、迷宮の深奥で待つ、輝く宝箱のようにも感じた。
冒険者としての俺は、罠をかいくぐり、敵を出し抜くことには自信がある。だが、人々とのかかわり合いにおける、暗闇に潜む未知の罠は、俺の冒険者としての技術では対処できない。右も左も分からない、新米冒険者のように手探りで進むしかない。
「ダメもとで」という言葉を心の防護呪文にして、未知への一歩を踏み出す勇気を蓄えている自分に気づく。まぶたが重くなり、眠りが俺を包み込む。心の中で繰り返される「ダメもとで」という言葉は、夢の中でも響き渡り、俺を異世界美容室へと導く小さな光となった。
次話、盗賊のガルスが異世界美容室を訪れる場面から始まります。
しばらくは毎日投稿しますので、よかったら試しに読んでいってくださいね。
盗賊・ガルス編は全3話となります。