モモ 上
黒須のデスクに置かれてある果物かごにバナナとブドウ。
「あと、何個増えるんですかね」
バナナとブドウで果物かごは埋まっていた。大阪駅の事故から数週間が経ち、バナナは黒くなっていた。
「これもう捨てた方がいいな。新しいバナナを買いに行ってくる」
そのタイミングで宇海が第二室にやって来る。雪菜は「またですか」と自分のデスクに戻る。
「捜査の協力をお願いしたい」
時空犯罪で忙しい雪菜たちに日本警察の仕事を協力している暇はなかったが、元日本警察の陽介はやる気になっている。宇海が早速、事件の概要を話す。
「国民的アイドルグループ『ハートフル』のメンバーが……」
「ハートフル!?」
雪菜はハートフルに反応して前のめりになる。実は雪菜はハートフルのファンらしく、今リリースしている全曲を聴き込んでいるほど。
「で、そのハートフルのメンバーがどうしたんですか?」
「行方不明になった。実は彼女が行方不明になる三日前、殺害予告が来ていた」
そんな話、聞いたことがない雪菜。それもそのはずで彼女が行方不明になったことは公にされていない。宇海は事務所に届いた殺害予告のメールを二人に見せる。
「殺害予告のメールが届いた三日後に、彼女たちのライブが控えていた。協議の結果、ライブは延期。ライブ二日前にリハーサルをしていた彼女たちに延期が伝えられた。その後、彼女の行方がわからなくなったということだ。当時、現場に殺害予告について聞きに行った刑事がいるんだが何も報告を受けていない」
宇海は続ける。
「不思議なのはここからだ。ライブ会場、周辺の防犯カメラに彼女の姿は映っていないことだ」
雪菜は手を挙げる。
「ということは、行方がわからなくなった彼女はまだライブ会場にいるのでは?」
「会場を隈なく探したが、彼女の姿は見つからなかった」
「謎ですね」
陽介はすぐに捜査の準備に入る。雪菜はポテトチップスの封を開け、座っている椅子をくるくると回す。
「何やってんだ。行くぞ」
陽介の言葉を無視する雪菜。時空警察官である雪菜が日本警察の捜査をする必要はなかった。
「おい小娘。ハートフルのファンなんやろ」
「私は時空警察官なので。それとこれとは別ですよ。てか、日本警察には捜査AIのチェイサーがありますよね?」
五年前、日本警察は捜査AI「チェイサー」を導入した。過去に起きた事件を学習させ、そのデータをもとに犯人を特定するものだった。しかし、まだ完璧とは言えず、今回の事件もチェイサーは何も答えなかった。
「夏目さん。張り切っているようですが、過去の事件にTMを利用するのはルール違反ですよ」
「これは現在進行形で起きとる!」
宇海が大声を放つ。
「行方不明は事後の話ですよね? 過去の話じゃないですか」
ルールに厳しい雪菜は、自分の考えを曲げない。事件解決を急ぐ宇海は一歩も引かない。最終手段として、褒美をチラつかせる。雪菜の好物であるお菓子だ。それも豪華な詰め合わせを渡すと告げる。
「豪華って言っても、人によって違いますからね……値段は?」
椅子から立ち上がった雪菜は、自分よりも身長の高い宇海を下から見上げた。
「五千円か?」
「この話は、なしですね」
椅子に戻る雪菜。彼女にとって、五千円は少なかった。
「五千円だぞ? いくらでもお菓子買えるだろ」
「いくらでも買えません! 五千円なんて、すぐに無くなります」
ボソッと陽介が「どんだけ買ってんだ」と口にする。彼女のデスクにズラリと並ぶお菓子を見れば、想像はできたが値段まではわからない。
「なら、一万か?」
「三万ですね」
雪菜は三本、指を立てる。
「多すぎるやろ!」
「過去へ行くのはリスキーなんですよ。ましては、捜査のためになんて」
渋々、了承した宇海。すぐに手を挙げた雪菜は「やらせていただきます」とすぐにTM002を発進させた。
ライブ会場に到着する二人。地上五階のスタジアムで広い。ライブが開催される二日前、つまり彼女が行方不明になる直前の時間に訪れた。舞台ではハートフルのメンバーがリハーサルをしている。
「すみません。私、時空……」
陽介の足を踏む雪菜。
「日本警察の者ですが、事務所に届いたという殺害予告についてお聞きしたいのですが」
マネージャーが別の場所に陽介を案内する。雪菜はリハーサルに励むハートフルを眺めている。彼女は宇海から見せられたものと同様の殺害予告を陽介に見せる。
「何か心当たりはないですか?」
「うちのカスミなんですけど」
カスミとは殺害予告のメール文にあったメンバーの名前でこれから行方不明になる女性だ。マネージャーによると、彼女はファンとの交流を大事にしており、他のメンバーよりも積極的に交流するという。ファンの間で神対応から女神と呼ばれている。SNSの発信も怠らず、メンバーの中で一番人気だという。
「カスミのキャッチフレーズでもある国民的彼女」
「国民的彼女?」
「はい。国民的彼女」
アイドルといった芸能関係に疎い陽介は険しい表情を見せる。国民的彼女というワードの意味が理解できず、詰まってしまう。
「国民的彼女とは?」
「簡単にいえば、ファンの彼女です」
陽介は「国民的彼女=ファンの彼女」とメモ帳に書き込む。
「時にファンの方でその言葉を真に受けてしまう人もいます。一度だけ、握手会が行われた時にトラブルが発生しまして」
「トラブル?」
「ええ。その方の言い分は裏切られたと」
「裏切られた……ちなみに殺害予告の件について、彼女たちは?」
「動揺させないために伝えていません」
ハートフルのメンバーがリハーサルを終えたらしく、雪菜が陽介のところに戻って来る。
「マジで最高でした。生で見れて感激です」
「遊びに来ているわけじゃないんだぞ」
「わかってますよ。それより、メンバーにもお話聞いてもいいですか?」
マネージャーは了承する。休憩中のメンバーたちがいる控室に向かう二人。怖いぐらいに上機嫌の雪菜。
「失礼します。日本警察の者ですが」
雪菜はカスミに話を伺う。間近で見るとさらに可愛さが伝わってくる。まさに女神だった。
「単刀直入に、殺……痛い!」
次は陽介が雪菜の足を踏む。彼女たちは殺害予告のメールが届いていることを知らない。
「ここ最近で変わったことはありませんか?」
「特に何もないですけど」
心当たりがない様子のカスミ。待機しているメンバーたちのところにマネージャーが来る。
「急な話で申し訳ないけど、二日後のライブが延期になりました」
雪菜と陽介は顔を合わせる。この後、カスミの行方がわからなくなる。突然の報告に納得できないメンバー。リーダーが理由を尋ねるもマネージャーは詳しいことは話せないと口を閉ざす。
「警察の人が来ているってことは事件ですか?」
察しのいいリーダー。マネージャーは口を開かない。
「とりあえず、ライブを開催することは間違いないのでリハーサルに行って」
メンバーたちはマネージャーに対して不信感を抱きながらもリハーサルに向かう。二人もメンバーたちの後を追う。会場に来てカスミがいないことに気付く。雪菜は近くにいたメンバーに声をかける。
「カスミならお手洗いに行きましたよ」
雪菜はすぐにトイレに向かった。彼女の姿はない。
「カスミちゃんがいなくなった」
「えっ? どこに」
「とにかく探して!」
雪菜と陽介は各階にあるトイレを探した。彼女はいなかった。すぐに外に出て、周辺を探すが彼女の姿は見当たらなかった。この後、カスミがいないと騒ぎになった。
元の時代に戻ってきた二人。第二室で宇海が待機していた。
「何かわかったか?」
「何もわかっていません」
雪菜は自分のデスクの引き出しを開け、お菓子を取り出す。陽介は戻ってくるついでに買ってきたバナナを果物かごの中に入れた。
「タイムトラベルしてなんでわからへんかってん」
「うるさい!」
髪の毛をかき乱す雪菜。引き出しから取り出したポテトチップスを勢いよく食べていき、目を閉じる。どうすれば、会場から抜け出すことができるのか考える。答えが出ない雪菜。
「周辺の防犯カメラの映像って見れますか?」
「ああ。警察署にある」
「では、お願いします」
二人は宇海と一緒に大阪本庁に向かう。防犯カメラをチェックするが怪しいものは映っていない。
部下から電話がかかってきた宇海はすぐに出る。突然、声を荒げる。非常事態が起きた様子で電話を切った宇海。
「ハートフルのメンバーが人質になった」
勢いよく立つ雪菜。椅子がすごい速さで後ろに下がる。
「どういうことですか!」
「とりあえず、自分たちも向かいます」
宇海と共に二人は現場へと向かう。