ジュエル 上
向かいの席で地道な作業を繰り返している雪菜。陽介がこっそり覗くと彼女は箱の中に入ってある一口サイズのお菓子を敷いたティッシュの上に移している。椅子から立ち上がり、彼女の背後に移動する。足元にはその菓子箱が入ったダンボールが置かれている。雪菜は一カートン買っていたのだ。ダンボールに「ピザの実」と文字が印刷されていた。
箱に入ってあったピザの実を数え、また箱に戻す。入ってあった数をメモしているようだ。
「何やってんだ」
真剣な眼差しで作業をする雪菜を不思議に思う陽介。彼女は振り返って「覗きですか?」と陽介の質問に答えない。ダンボールに入ってある新たなピザの実を取り出して、再び数える雪菜。
「だから、何やってんだ」
「うるさいですね。私が何やっていようが、夏目さんには関係ないでしょ」
陽介は雪菜がしていることが気になって仕方がない。向かいの席にいる彼女が嫌でも視界に入ってくるのだ。
「ピザの実です。知りませんか?」
お菓子を食べない陽介は名前を聞いてもわからない。雪菜は一つ手に持って、陽介に見せる。
「ピザの実――名前の通り、ピザの味がするんです。外側はパイ生地になっていて、まさにピザ。一口サイズで食べやすい」
「生地がパイだったら、パイの実でいいんじゃないか?」
「それを私に言われても、作ったのは私ではないので」
陽介が雪菜の手のひらにあるピザの実を取ろうとすると、彼女は腕を引いた。一個たりとも、あげるつもりはない。
「で、何をやっていたんだ?」
「数を数えているんですよ。中に入ってあるピザの実の個数を」
理由を聞いても理解できない陽介。自分のデスクに戻る。
「ネットの情報によると、十七個から十八個入っているみたいなんですよね。でも稀に二十個入っていたり、数が違ってくるんです」
「それはどのお菓子でも一緒だろ」
「私はね、夏目さん。損したくないんですよ。一個たりとも!」
真剣に訴えてくる雪菜だが、陽介の心には響かない。それはお菓子の話であり、全く重要ではない。
「数え終わったら、どうするんだよ」
「もし、二十個入っていたら製造会社に連絡します」
「ただのクレーマーじゃねぇかよ」
「違いますよ。均等にするためです」
ピザの実を数え終わった雪菜はショルダーバッグを背負って、第二室を出ようとする。
「どこへ行くんだ?」
「ちょっと用事です。すぐに戻ってきます」
第二室を出た雪菜。
お菓子を買いすぎて金欠の雪菜は、とあるジュエリーショップに来ていた。肩に背負っているショルダーバッグの中には、亡くなった祖母が生前身につけていたアクセサリーなどが入っている。雪菜は金欠問題の解決に祖母の遺品を売るつもりでいた。
「すみません。当店、買取は承りしておりません」
来る場所を間違ってしまった雪菜が店に出ようとした時、明らかに怪しいマスクを被った三人組がやってくる。体型からして男性。一人は銃を所持しており、店内にいる客を脅す。残り二人はナイフを持っている。雪菜は咄嗟に片耳にイヤホンをつける。
「店にある物をすべて袋に詰めろ!」
女性店員に命令する男性。銃を持っていないもう一人の強盗犯は彼女にナイフを向けている。すぐに言われた通りに動く女性店員。周りにいる客は怯えている。今、この店内にいるのは女性店員が三人。来店客が三人、男性一人に女性二人。雪菜を含めば、計七人である。その来店客の女性で気になった点がある。彼女の腕に例のウェアラブル端末がつけられていた。時間移動者だ。
『時空犯罪を探知。対象は三十代女性。二〇四五年からタイムトラベル』
銃を持った強盗犯が「誰だ!」とその手を左右に動かす。最悪なタイミングで、雪菜の端末に時空犯罪を知らせる通知が来た。速やかに「私です」と手を挙げた雪菜。男性はすぐに雪菜の端末を没収し、他の客の携帯電話も集める。ナイフを持った強盗犯が一人一人、手首を結束バンドで縛っていく。雪菜も縛られ、結束バンドで固定された手首が後ろにある。ピンチな状況の雪菜の頭にあるのは、探知した時空犯罪のことだ。早くこの場から脱出し、すぐに向かわなければならない。
最後に時間移動者と思われる女性の番が訪れる。すると、彼女は立ち上がって着ていたジャケットを開けた。体に仕込まれてあったのは爆弾のようなもの。
「すぐに銃を下ろしなさい! 私の体には爆弾がある」
爆弾だった。もしや、探知した時空犯罪は彼女。情報管理室から来た通知はたしか、三十代女性。今、そこにいる爆弾女と一致する。一般犯罪と時空犯罪が同じ場所で起きた。あり得ない状況に興奮する雪菜。
パニックになっているのは周りの客だけでなく、ジュエリーショップに押しかけて来た強盗犯たちもだ。
「ここにある宝石は私が頂くの。早く銃を下ろしなさい!」
爆弾女の要求に応えない強盗犯。彼女の右手には爆弾を起動させるスイッチがある。緊迫とした空気の中、雪菜は強盗犯に防犯カメラが作動していることを教える。
一発、二発、三発。
強盗犯は店内にある防犯カメラをすべて破壊した。そして、雪菜の頭に銃を突きつける。
「勝手に喋るな」
雪菜は「わかりました」と答えた。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
強盗が起きたジュエリーショップに駆けつける日本警察。同じタイミングで時空警察も到着した。
「おい! なんでお前らまで、ここに来てるんや」
黒縁眼鏡をかけた日本警察の刑事が時空警察の刑事に突っかかる。
「それはあなたたちこそ。私たちはこの場で時空犯罪が探知したから、来たのです」
「なら、時空犯罪者が起こした強盗ってわけか……いい迷惑やな、それは。お前らは一体、何やってんねん」
黒縁眼鏡の刑事は露骨に怒った態度を見せる。彼は時空警察のことをよく思っていない。彼のもとに部下がやって来る。
「時空警察さん。店内周辺の防犯カメラから強盗犯が時空犯罪者じゃないことが証明されましたわ」
黒縁眼鏡の刑事は防犯カメラの映像を時空警察の刑事たちに見せる。同じく陽介も見る。映像に映っていたのはマスクを被った三人組。彼らが強盗犯。その腕に例のウェアラブル端末は装着されていない。つまり、時間移動者ではない。
両組織が争っている中、陽介の端末に情報管理室から連絡が来る。
『時空警察第二室月野雪菜の端末が現在、時空犯罪として探知したジュエリーショップの店内で途絶えました。おそらく、店内に月野雪菜がいると思われます』
すぐに第一室の刑事に知らせる陽介。
「ネズミや、ネズミ。ネズミ持ってこい!」
黒縁眼鏡の刑事のいう通りに、ネズミを持ってきた部下。それはネズミにそっくりのマウス型ロボットの監視カメラ。日本警察の刑事たちはネズミと呼んでいる。店内の防犯カメラが壊されたことによって、中の様子がわからなかった。
店内見取り図のデータをインプットさせ、換気口からロボットを侵入させた。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
一方、雪菜は事件解決に動いていた。すでに作戦は決まっており、爆弾女から対処し始める。
「爆弾女さん。なんで、あなたはタイムトラベルして来たんですか? 爆弾はどうやって?」
「なんで、あんたにそんなこと」
「私、時空警察官なので」
警察と聞いて、動揺する周りの客。爆弾女は質問に答えるつもりはなかった。
「だから、勝手に喋るな」
「それは困ります」
銃口を向けられる雪菜は強盗犯に臆せず、会話を続けようとする。苛立った強盗犯はショーケースに向けて発砲する。
四発。
「次は周りにいる連中を撃つぞ」
「私は構いません」
拘束されている来店客は雪菜の発言に驚く。強盗犯の発砲を恐れて口には出せないが内心、警察官である雪菜を頼りにしていた。
爆弾女はずっと黙り込んでいる。右手に持つ起動スイッチをいつ押すのか予測できない。一刻も早く、爆弾女をどうにかしなければならない。少し焦っている雪菜は、ふと天井を見上げる。ある存在に気づいた。
「あ、ネズミだ」
「ネズミ?」
強盗犯がボソッと呟いた雪菜の言葉に反応する。日本警察が用意したネズミが天井裏から店内を覗いていた。
「あの換気口からネズミが店内を覗いているんです」
「ネズミがなんだ!」
「あれ、日本警察の監視カメラロボットですよ。店内の様子を外から見ているんです。処理した方がいいんじゃないですか?」
強盗犯は店内を覗くネズミを撃って破壊する。
五発。
何度脅しても、雪菜の口は止まらないと諦めた強盗犯は何も言わなかった。