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バナナ 下

「留守番してもらって構いませんよ。邪魔なだけなんで」

「配属されたからにはしっかりと仕事を全うする」

「それが怖いんですよ」


 雪菜は002の番号が張られた車両に乗る。時空警察車両にはタイムマシンの機能もあり、警察官たちはTMと呼んでいる。


「こちら時空警察第二室月野雪菜。TM002で現場へ急行します」


 無線で情報管理室に飛ばす雪菜。


『了解。対象は腕から端末を外しているため、GPS情報信用なし。端末に写真を送る』


 陽介はそこでまだ時空警察官の端末を受け取っていないことに気づく。雪菜が自分の端末を陽介に渡す。運転中にも情報管理室から随時、情報が伝えられる。


『五十代男性。二〇四五年からタイムトラベル。旅行理由は事故で亡くなった妻との思い出の場所を巡る』


 時空犯罪者として探知された男性は今から数ヶ月先の未来からタイムトラベルした。端末を外した理由は今のところ不明だが、タイムトラベルする際に必ず外してはいけないと説明があったはずだ。敢えて外したのか、それとも外れてしまったのか。


「気になるのは理由ですね」


 雪菜が口にする。


「理由?」

「はい。その男性の理由が『事故で亡くなった妻との思い出の場所を巡る』でしたよね。それならタイムトラベルを使わなくてもいいはず。何か他に理由があるはずです」

「単に男性はその時代のその時に旅行したかったからなんじゃないのか」

「考えられる一つとして、事故で亡くなる奥さんを救おうとしているってことです。というか、それに違いないです」


 雪菜の読みが正しければ、これから事故が起きるということになる。数ヶ月前まで日本警察だった陽介は咄嗟に事故を止めなければと思う。しかし時空警察官は事故を止めるのではなく、時空犯罪を犯そうとしている男性を止める。事故が起きることは正しい歴史であるからだ。


『五十代男性を現場近くの時空警察官が発見。身柄を確保』


 新たな情報が二人のもとに入る。


『時空犯罪を探知。現場に居合わせた日本警察官一名がナイフを持った二十代男性に刺され、重傷。GPS情報を端末に送る』


 端末に送られてくる男性の顔写真。


『グレーのパーカーに黒のパンツ。進行方向に大阪駅。近くの時空警察官は至急、急行せよ』

「こちら時空警察第二室月野雪菜。TM002至急、現場へ向かいます。拳銃所持及び発砲許可を願います」

『許可する』


 情報管理室のオペレーターの言葉と同時に、ロックがかかっていた車両の引き出しが自動で開く。そこに拳銃が入ってあった。雪菜はすぐに拳銃を腰にしまう。


「発砲って撃つわけじゃないよな」

「歴史を守るためなら撃ちますよ。相手はナイフを持っていますし」


 あの時の記憶が鮮明に陽介の頭に浮かび上がる。雪菜はGPSを頼りに車を走らせ、対象者を見つけて車から降りる。腰にある拳銃はまだ隠している。


「邪魔をするな!」


 男性はナイフを二人に向けている。


「時間がないんだ! どいてくれ」


 男性をここで通してしまえば、歴史が変わってしまう。二人は絶対に止めなければいけなかった。


「大阪駅で事故が起きる。多くの犠牲者が出る。俺の……俺の彼女が亡くなる」


 男性は尋常じゃない量の汗をかいていた。これから大阪駅で大事故が起き、彼の恋人が亡くなってしまう。恋人だけじゃない。多くの市民が犠牲となる。


「早くどいてくれよ!」


 男性の確保を躊躇する陽介。目の前にいる彼は大切な人を助けようと必死でいる。役に立たないと雪菜がナイフを持った男に立ち向かう。女性ながら力はある方で、体術も身につけている。だが雪菜の頬にナイフの先端が擦れ、傷ができる。


「月野!」


 油断してしまったと雪菜は男性の体勢を崩して馬乗りになったところで腰に構えていた銃を彼の顔に向けた。諦めた彼の目に涙が浮かぶ。駆けつけた時空警察官たちが集まる。


「なんでだよ。事故で亡くなった彼女を救いに来ることの何がいけないんだよ」


 嘆く男性。タイムマシンができて、過去に戻ることができて、なのに命を救うことはできない。タイムトラベルできる時代に生まれてきたことを悔やむ男性。


「なんのためにタイムマシンを作ったんだよ。なんの意味があんだよ」


 男性の身柄は署へ送られた。まもなくて大阪駅で事故が発生する。サイレンが鳴り響き、救急隊員がやってくる。多くの犠牲者が出ていた。パニックになっている現場をこの目に焼きつける。


「お前、奴を本気で撃つつもりだったのか」

「まさか……でも本気だったかもしれないですね。歴史を守るために」


 陽介は雪菜に詰め寄る。


「お前たちが守る歴史の結果がこの状況だと知っていても、お前たちは変わらずに歴史を守るのか」

「はい。それが時空警察ですから」


 この先もこのようなことが続くのなら、陽介は時空警察としてやっていけるのか不安だった。歴史、命も、両方を守ることはできないかと考える。むしろ、その方法を自分で編み出すことはできないかとさえ思った。


「時空犯罪者の処罰はどうなるんだ」

「この先一生、タイムトラベルができなくなります」


 過去へと戻って、歴史を変えようとした彼らの罰がそれだけだった。一般犯罪の罰に比べて、よっぽど軽い。


「だから、たちが悪いんです。時空犯罪はどの犯罪よりも重罪です」


 日本警察官として、数々の捜査をしてきた陽介は罪に重さはないと告げる。罪は罪である。


「夏目さん。時空警察官に向いてないですよ。今すぐ辞めるべきです」

「俺は両方を守る。むしろ、命を救うのなら過去を変えても――」

「無理です。しかもそれ、時空犯罪者の考えじゃないですか」


 雪菜はTM002に乗り、助手席に乗る陽介。

 署に戻った二人は取調室で、男性から詳しい話を聞く。雪菜が前に座る。


「過去は変えちゃいけないんです。本来、亡くなった命は二度と戻らない」

「事故を起こしたトラックの運転手は居眠り運転による過失。今の時代おかしいだろ。車には安全システムがついているっていうのに」


 男性は悔しい思いでいっぱいだった。何も悪いことをしないない恋人が、なぜ一人の過失によって命を落とさなければいけないのか。


「私は生まれた時から父親がいませんでした。事故で亡くなったそうです。八歳の頃には母親が病気で亡くなって、十九歳の頃には祖母が亡くなりました。私には大切な人がもういないんです」


 雪菜も男性と同じように苦しんだ。タイムトラベルができる時代に生きていることを悔やんだ。母親が亡くなったのはタイムマシンができた二〇三〇年。戻れてしまうのだ。亡くなるのならタイムマシンで戻れない三十年より前にと何度も思った。タイムトラベルができるのだから、母親の病気だって救える。祖母が亡くなることを知っているのだから何かしら対処ができる。しかしそれは時空犯罪となる。過去を変え、歴史が変わってしまうから。


「だから、私は時空警察官になると決めた。過去は取り戻せない。過去に戻れても変えることはできない。なら、どんな手を使ってでも時空犯罪者から歴史を守ろうと決意したんです」


 取調室にノックをして入ってくる時空警察官。男性の身柄引き渡しの時間が来た。

 第二室に戻ってきた二人にキャサリンが小包が届いているとデスクに置いてある箱を指した。


「もしかして爆弾? それとも、お菓子のプレゼント」

「そんなわけないだろ」


 躊躇なく箱を開ける陽介。中に入っていたのはラタン製の果物かごとバナナ、一通の手紙だった。


《夏目陽介君、時空警察へようこそ。時空警察第二室室長の黒須信明だ。手紙の挨拶になってしまい、申し訳ない。突然だが、二人にはフルーツバスケットが完成する前にアンノーンの調査を済ませておいて欲しい。これ以上は話すことができない。よろしく頼んだよ》


 第二室室長の黒須からだった。


「フルーツバスケットが完成する前にっていつ完成するの?」


 陽介に尋ねる雪菜だが彼にもわからない。とりあえず、黒須のデスクに果物かごとバナナを置く。


「アンノーンって何でしょうかね。不明って意味ですよね」

「そうだな。しかし、アンノーンについて調べろって言われてもな」

「暗号? 組織? それとも誰かのコードネーム。夏目さん、日本警察でそんな名前聞いたことないですか?」

「俺が知ってるのは……いや何も知らない」


 二人はアンノーンという謎をこれから解明していく。


 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


 十五年前、雪菜の母は亡くなった。過去は取り戻せない。戻れたとしても、変えることはできない。それでももう一度だけ会いたいと思う。

 三十年に派遣された雪菜は母が入院する病室の一歩手前まで来ていた。中から八歳の自分の泣き声が聞こえてくる。


「私、一人ぼっちになるの」


 父はすでに亡くなっていた。病気にかかった母は入院することになって、雪菜は祖母の家で暮らしていた。ずっと孤独を感じていたのは、母の病気は助からないと察知していたからだった。


「雪菜は一人じゃないよ。いつもお母さんがいる」


 優しい声で雪菜の背中をさする母。母はベッド横にある棚の引き出しからお菓子を取り出して雪菜に渡す。祖母には内緒だからと人差し指を口に当てて笑顔を見せる。


「お菓子食べたら元気が出るよ」


 この頃から雪菜は母親譲りのお菓子好きだった。お菓子は雪菜にとって、母親との思い出だった。

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