バスケット 下
時空警察署に到着した雪菜だったが遅かった。入口から警察官に連れられて出てくる籠野武。後ろには豚間もいる。
「籠野武さん。この犯行はあなた一人じゃないですよね。共犯……それはおかしいか。あなたを手助けした人がいますよね」
籠野は何も答えずに車に向かう。すれ違った瞬間、籠野の口角が上がる。雪菜はそれを見逃さない。
「今、笑いましたよね」
「結局、時空警察官は何も救えない。この俺を救うことができるか」
籠野の言っている意味が理解できない雪菜。彼は自分が来た元の時代へと戻る。
「馬場の奴はどうした」
「今の時代の籠野武さんを見張るように指示しました」
「どういうことだ」
豚間の表情が一変する。
「言った通りです。さっきの話聞いていましたよね。籠野武さんを手助けした人物がいます。必ず動きがあるはずです」
「この事件は終わった」
「まだ何も解決していません」
「籠野武の身柄は引き渡した。たとえ共犯がいたとしても、私たちにできることはない。もし、これ以上調べるのならそれは時空警察の仕事ではない」
豚間は署内に戻る。リュックサックから大量の飴玉を取り出した雪菜は次々と口に含んでかみ砕く。籠野が最後に告げた言葉の意味を考えるが、今の雪菜にはわからなかった。馬場から電話がかかってくる。
「すみません、雪菜さん。探しているんですけど、見当たりません」
「わかりました」
雪菜は車を走らせる。向かった場所は籠野のアパート。勝手に部屋に入る雪菜はすぐに気づいた。机の上に置いてあったお金がなくなっている。すぐに部屋から出た雪菜の向かう場所は馬場がいる競馬場。到着した雪菜は馬場を見つけた。すでにレースが始まっており、会場は大騒ぎ。
「あれから探して見つけました」
馬場は遠くにいる籠野を指さした。右手に馬券を持って盛り上がっている様子が見える。
「さっき得た情報なんですけど、籠野武は前のレースも賭けてたそうです。負けたみたいですけど」
「今、籠野武が持っている馬券。部屋にあった四十万円がなくなっていました」
「どうします? 声かけますか」
「一旦、レースが終わってからで」
馬場の隣で雪菜は売店で買った煎餅を食べる。レースが終盤に差し掛かる時、二人のところに慌てた男性がやって来る。別の場所で乱闘が起きていると声をかけてきた。
「あんたら警察官なんだろ。頼む、止めてくれ」
馬場が仲裁に向かい、籠野の見張りを雪菜一人でする。レースが終わり、観覧席から人が散っていく。
顔を下に向けている籠野。負けたみたいだ。彼に声をかける雪菜。
「ちょっと聞きたいことがあるんですけど」
「誰? あんた」
ここで自分が警察官ですとは言えない雪菜は考える。籠野は雪菜を怪しんでいる様子である。
「通りすがりの女なんですけど」
益々怪しすぎる。籠野は「で、用件は?」と尋ねてくる。
「さっきのレース、どれぐらい賭けてたかなっと思いまして」
「あんたには関係ないだろ」
籠野は答えず、競馬場を去った。乱闘の仲裁から戻ってくる馬場。
「ちょっと大変だったんですけど、あれ? 籠野武は」
「帰りました。何もわかりませんでした」
馬場の運転で警察署に戻る雪菜。気になっているのは籠野の最後の言葉だった。
「時空警察は何も救えない。この俺を救うことができるか」
この先、彼の身に何かが起こるのはたしかだ。救うということなのだから、命に関わることだろう。だとすれば、籠野の言う通りなのかもしれない。過去に戻って、亡くなった人の命を救うことはできない。歴史が変わってしまうからだ。タイムトラベルによって歴史が大きく改変しないように時空警察は存在する。
警察署に向かって走っていた車は別の目的地に到着した。タイムマシン及びタイムトラベル事業を運営するリビジット日本だ。ロビンソン氏が立ち上げたリビジットは各国にそれぞれ支部がある。本部はアメリカに置き、日本の支部は大阪にある。二人はタイムトラベルを管理する情報管理室の中に入る。入ってすぐに見える多くの大型モニター。一人一人がパソコンの前に座って作業を行っている。一人の男性が二人に気づいて向かってくる。
「月野さんと馬場さんですね」
タイムトラベルの履歴を表示したモニターに二人を案内する男性。履歴にはしっかり籠野武の名前が表示されている。それよりも雪菜が気になったのは前の履歴に表示されている「Unknown」というワード。
「たまに起きるんですよ。データの送受信に失敗することが」
男性は素早くキーボードを打って、データの処理を行う。
「籠野武さんがタイムトラベルをする際、手荷物検査を行った検査官はどなたですか?」
「おそらくターミナルにいると思いますが」
雪菜と馬場は多くのタイムマシンが置かれているターミナルへと向かう。ターミナルにはこれからタイムトラベルをする人たちが待っていた。まだタイムトラベルが広まっていないためか閑散としている。雪菜は十五年後の未来を知っている。この先、タイムトラベルの利用者は増える。それは一回のタイムトラベルの費用が十万円とリーズナブルなのもある。二〇三〇年では手探り状態であり、一回のタイムトラベルに五十万ほどかかる。
「すみません! 籠野武さんの手荷物検査をした検査官はどなたですか」
雪菜は手を挙げて誰にでも聞こえるように大きな声を出した。二人のところに女性が向かってくる。
「私ですが、どうかしましたか?」
「単刀直入に伺います。籠野武さんの手荷物を確認したいのですが。それと検査はしっかりと行いましたか?」
「もちろんです。抜かりなく行いました。ただ籠野武さんはバッグなどの大きい荷物はなくて、財布だけでした」
雪菜は籠野武の手荷物を確認する。女性の証言通り、籠野武の荷物は財布だけだった。百円玉が三枚入っているだけ。
時空警察署に戻ってきた二人は時系列を整理する。
「まず、時空犯罪が発覚したのが今日の午前十一時頃です。それから取り調べが一時間行われました。しかし、籠野武からは何も情報なし」
馬場は話を進めていく。
「午後十二時頃、豚間さんが僕たちのところに来る。それから僕は現場の競馬場へ。雪菜さんは取調室へ。どちらも情報は得られず」
スナック菓子の封を開けた雪菜は食べながら馬場の話を聞く。
「籠野武の自宅から競馬場まで徒歩三十分ほどかかりました」
雪菜は馬場がまとめた資料を確認すると疑問点を見つける。
「籠野武さんは十三時五分と、三十五分のレースで馬券を買ってます。私たちは十三時頃、籠野武さんの自宅で四十万の大金を確信しています」
「はい。なので、三十五分のレースでそのお金を全部使ったと思われます」
「私が気になっているのは移動手段です」
馬場は資料をペラペラと見返す。
「籠野武さんの自宅から競馬場まで往復一時間ほどかかります。徒歩だと次のレースに間に合うのは難しいです」
たしかに、と頷く馬場。
「やはり、彼を手助けした人物がいる」
行き詰まっている雪菜のところに豚間が現れる。敬礼する馬場。表情から見て、豚間は怒っている。
「何勝手なことしているんだ」
「この事件はまだ解決していません」
「さっきも言ったろ。それは時空警察の仕事ではない。時空警察の仕事はな、正しい歴史を守ることだ。事件捜査ではない!」
モヤモヤする雪菜は負けじと自分の意見を主張する。
「お前、未来から派遣されてきたって言ったな? 派遣されてきた奴が余計なことをするな!」
「私だって望んで来たわけじゃないんですよ!」
「ならとっとと元の時代へ帰れ!」
「わかりました。私はこれで帰らせていただきます」
「えっ? 帰るんですか。籠野武の捜査がまだ……」
デスクにしまってあったお菓子を取り出した雪菜は物凄いスピードで食べ始める。
「何をやっているんだ!」
「お菓子を食べてるんですよ。元の時代には持って帰れないですから」
「早く帰れ! 二度とこんな事態が起きないように私が。私が未来の時空警察官を過去に派遣させないようにしてやる」
二〇三〇に派遣された時空警察官の月野雪菜は元の時代へ戻った。
二〇四五年大阪。
時空警察署の屋上で雪菜は十五年老けた馬場と再会する。
「戻ってきましたか」
「老けましたね。馬場さん」
三十五歳だった馬場は五十歳になり、時空警察第一室の室長と立派になった。
「やっと雪菜さんに会えると思ったら、時空警察官になって早々過去に行ったと聞いたものですから」
「長い間、ご苦労様です。私はついさっきまで馬場さんと会っていたんですけどね」
「あれから豚間さんは有言実行。未来の時空警察官を過去に派遣させないようにしました。それなのに雪菜さんが過去に行ったのは、第二室室長の黒須が独断で向かわせたからだったんですね」
「秘密にと言われていたんですけど、すみません」
雪菜が気になっていたのは籠野武のことだった。
「そうですよね。あれから籠野武と接触を試みようとしたのですが、亡くなったんです」
「亡くなったって何があったんですか」
「籠野武は事故に遭ったんですよ。競馬で負けて残ったお金で宝くじを購入して、それがまさかの当選して換金に向かう途中で」
籠野はやはり、自分が死ぬことを知っていた。だから、あの時「この俺を救うことはできるか」と口にしたのだ。そして、雪菜は間違っていなかった。籠野武に接触した人物がいる。彼の未来を知る人物。
雪菜は馬場からお金を借りていたことを思い出して、一万円を渡した。
「諭吉さんが栄一さんになりましたが、あの時はありがとうございました」
借りたお金を無事に返すことができた雪菜。一万円を受け取る馬場。