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リンゴ 上

 第二室に出勤する雪菜。陽介の姿がないことを確認すると彼が非番だったことに気づいた。


「失礼する」


 第一室の男性警官が山積みの書類を持ってやって来る。男性が書類を机に置くと大きな音が立った。


「ちょっと静かに」


 今日は爪楊枝に刺さっているきなこ棒を食べている雪菜。当たり付きらしく、爪楊枝の先端に赤い印がついている。五個食べたところで男性が口を開く。


「書類の整理を頼む」

「えー。私、書類業務苦手なんですけど」

「やれ」


 書類業務が苦手な雪菜は必死に粘る。男性はきなこ棒が入った箱を指す。彼は子どもの頃、駄菓子屋でよく食べていた。


「それ当たり付きのきなこ棒だな」

「はい、そうですけど」

「もし俺が当たりを出したら、俺が書類業務をもらう」

「私が当たりを出したら?」

「お前が当たりを出したとしても、書類業務はお前がやる。ちなみに俺がハズレだった場合もな」


 雪菜は「おかしい」と大きな音を立てて机を叩いた。


「あのな、本来はお前がやる仕事だ。俺はチャンスを与えてやってる」

「当たりなんて滅多に出ない。これじゃ私がやる羽目に」


 机に顔を伏せる雪菜。男性は先に箱から一つ、きなこ棒を手にして口に含む。爪楊枝の先端に赤い印はなかった。雪菜の叫び声が第二室に響く。男性は「よろしく」と颯爽に戻る。


「私は苦手なのに……なんで夏目さん非番なんだ。恨んでやる」


 きなこ棒を手にして口に含む雪菜。先端をチェックすると当たりの赤い印がついていた。


「キャサリン。書類業務変わってくれない」


 雪菜は両手を合わせてお願いする。キャサリンは「事務ロボットなので」と冷たく断った。


 雪菜は山積みの書類を捜査資料が保管されてある書庫室に持っていく。時空犯罪の発生日時順にまとめ、ファイルに収める。手が滑った雪菜は棚にあった複数のファイルを落としてしまう。ため息を吐いた雪菜は落としたファイルを片付ける。


「あっ、これは」


 落ちたファイルが開いたページはあの籠野武が起こした時空犯罪の捜査資料だった。彼はあの後、宝くじが高額当選し、その換金に向かう道中で事故に遭って亡くなった。

 彼を確保した際に所持していた十万円の写真が残っていた。この資料を作成したのは現第一室室長の馬場隆。その十万円は盗まれたものではなく、彼のものだったとされ、最後は返却されたとある。几帳面の馬場は記番号まで残していた。

 過去に派遣された雪菜は籠野武の捜査をしていたが豚間に止められ、謎が残ったまま元の時代に戻ってきた。結局、彼を手助けした人物は誰だったのか。

 ファイルを閉じて棚にしまう雪菜。書類業務を終え、第二室に戻る。

 キャサリンが何やら大きい仕掛けを作って雪菜が戻るのを待っていた。


「これ糸引きくじって言いまして、やってみませんか? 複数あるうちの一本引くと、お菓子袋が当たります」


 糸引きくじに興味を示す雪菜。もちろん目当てはお菓子袋である。用意されているのは大袋、小袋、ハズレの札である。


「ハズレはいらないでしょ!」

「ハズレがなければ、面白くありません」


 雪菜の運は絶不調である。大袋も一つしか用意されてなく、不満をこぼす雪菜だが複数ある糸のうち、一つを真剣に選ぶ。少し引っ張ってずるをする雪菜を注意するキャサリン。雪菜は決心して一本の糸を選んだ。


「おめでとうございます! 小袋です」

「大袋じゃない……」


 今日はついていないと雪菜は落ち込む。ハズレじゃないだけマシかと喜んで小袋を受け取る。また第二室にやって来た宇海が糸引きくじをする。彼が選んだ糸の先にあったのは大袋だった。


「宇海さん! おめでとうございます。大袋です」


 まさか大当たりを引くとは思っていなかった宇海は戸惑う。同時に殺意のこもった視線を近くから感じる。大当たりを引いた宇海を睨んでいた雪菜。


「何しに来たんですか。宗一君は見つかったんですか」

「その松原宗一に関係する事件が起きた。小娘に来てほしいところがある」


 宇海は新たな事件に松原宗一が関わっていると詳しいことは何も告げずに、雪菜をある豪邸へと連れていく。


 普通の住宅街にある豪邸。玄関門に「大道寺」と彫られたネームプレートがあった。宇海と雪菜は門の中へ入る。

 奥の部屋にいる六十過ぎの男性は和装で白髪が目立ち、鬼のような顔で宇海と雪菜を待っていた。


「女? 君が時空警察官か?」


 ドスの効いた声が雪菜の耳に入る。手を挙げて自分を名乗る雪菜。


「私は――」

「存じております。元政治家の大道寺光彦」


 元政治家の大道寺光彦。近年で大きな出来事とすれば、二年前に導入されたAI教師を推進した一人である。

 不穏な空気を察知した宇海がコホンと咳込み、雪菜を連れてきた理由を説明し始めようとするも大道寺が自ら話す。


「私が大切に保管していた百万円が昨日、盗まれた」

「盗まれた? でも、こんな豪邸に住んでいる大道寺さんなら百万円なんて、はした金でしょう」


 部屋から見える庭の景色を眺めながら雪菜は口にする。大道寺が大切にしていた百万円は自分の尊敬する人物である福沢諭吉が描かれていたものだった。

 大道寺は犯人が映っていると防犯カメラの映像を雪菜に見せる。映っていたのは三人。顔は白いマスクで隠されている。一人は車の中で待機しており、もう一人は外で見張りをしている。残りの一人が豪邸の中に入ってゆく。ナンバープレートは伏せられている。


「この映像をチェイサーが分析した」

「誰だったんですか?」


 雪菜の質問に言葉が詰まる宇海。


「一人は松原宗一。もう一人は時田蔵助という二十六歳の男性。そして最後は……」


 宇海の口から出た最後の一人は元日本警察捜査一課刑事の井山武。陽介と同じく日本警察官不祥事事件の一人であり、宇海の同僚である。警察官が窃盗行為をするなど信じられないが、窃盗事件を扱う捜査三課中心に動いている。


「それで時空警察官の私がここに呼ばれた理由は?」

「百万円が盗まれる前にタイムトラベルして彼らを捕まえてほしい」


 即答で断る雪菜。大道寺の頼みは歴史を変えることになり、時空犯罪の対象となる。犯人は判明しており、この件は日本警察の担当である。時空警察官の雪菜が最初から関わる件ではなかった。


「どこかで使用すれば、紙幣の記番号でわかるでしょう。時間の問題ですね」


 大道寺が一枚の紙を雪菜に見せる。盗まれた紙幣の記番号が記載されており、番号の並びに身に覚えがある雪菜。


「小娘、なんかわかったんか?」

「いえ。あの大道寺さん、これお借りします」


 雪菜の手にあった用紙を取り返す大道寺。これは盗まれた百万円が自分の物であると証明するのに必要な控えだった。雪菜はパシャリと写真を撮り、すぐに時空警察署に向かう。宇海も後を追う。

 警察署に着いた雪菜が真っ先に向かったのは書庫室。二〇三〇年のファイルを取り出して籠野武の資料を開く。大道寺が控えていた記番号と籠野武が持っていた十万円の記番号を照らし合わせる。雪菜が思っていたことは一致した。


「繋がった」

「はあ?」

「こっちの話です。宇海さんは引き続き、宗一君の捜索をお願いします。大道寺さんの件、私も捜査に加わります」


 急にやる気を出した雪菜に戸惑う宇海。

 地下駐車場に到着し、TM002に乗車する。二〇三〇年、時空犯罪を犯した籠野武の身柄が渡された後にタイムトラベルする雪菜。

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