チェイサー 下
陽介は学校にいる松原宗一を確認した。宇海が持ってきた捜査資料に残されていた通り、彼は登校している。問題はなく、学校から離れる陽介は雪菜に連絡する。
『夏目さん! 事件が起きました』
すぐに陽介は学校に戻り、門から出てくる宗一の姿を確認する。
『おそらく同じ時代に宗一君が二人いることになっています』
「つまり、もう一人の松原宗一はタイムトラベルして来たってことか?」
『だとすると、未来から来たのは学校にいる松原宗一だと思いますが』
「なぜ?」
『タイムトラベルの際に腕につけられる端末がこっちの宗一君にはつけられていません』
「それなら、学校にいた松原宗一もついていない」
どこに向かっているのかわからない宗一のあとをつける陽介。
『タイムトラベルをしない限り、同じ時代に二人の人物が存在するのはあり得ません』
雪菜はそう答えるが陽介は嘘をついていない。前を歩く宗一は角を曲がる。陽介も角を曲がったがそこに宗一の姿はなかった。見失ってしまった。
TM002に戻ってきた陽介。
「異常事態が起きている」
雪菜は呟く。二人は未解決のまま、もとの時代へ戻った。
あれから、タイムトラベルをせずに同じ時代に二人が存在する理由を考えている雪菜と陽介。閃いた様子の陽介は自信満々で答える。
「ドッペルゲンガーっていうのはどうだ?」
「あり得ないですね」
「月野。お前初めて会った時、言ったよな? あり得ない話ではない、タイムマシンが現実にできたように証明すればいいって」
「そんなこと言いましたね。なら、夏目さん。ドッペルゲンガーをどう証明するんですか?」
反論できない陽介は黙り込む。
「同じ時代に同じ人物が二人いる。やっぱり、タイムトラベルしかない」
また閃いた陽介はさっきの同じように自信満々の表情を見せる。期待していない雪菜は自分の考えに集中する。
「松原宗一と体格や歩き方まですべてが一致するそっくりさんだった」
「馬鹿ですか。チェイサーの正確性は疑ってますけど、そこまでダメなAIじゃないでしょ」
防犯カメラには映っていなかったが雪菜はその顔をたしかに見た。彼は松原宗一だった。陽介が学校で見たという松原宗一もおそらく本物。どちらの松原宗一にもタイムトラベルをする際につけられる端末がなかった。
雪菜は引き出しからポテトチップスを取り出して封を開ける。数枚食べた彼女は自分の思考世界に入る。思いついた答えは灯台下暗し。
「灯台下暗し?」
「そうです。あの端末をつけなくてもタイムトラベルをする方法が一つだけあります」
「それは?」
「言いたくはないですが、時空警察官によるタイムトラベル」
陽介も気づいた。
時空警察官がTM車両でタイムトラベルをする際はあの端末をつけていない。未来から来た松原宗一がTM車両でタイムトラベルをしていれば、すべてが一致する。
「そして、すぐに特定できる」
「はい。TMを動かすには情報管理室で発行しているセキュリティコードが必要になります。コードを得るには時空警察官の名前とパスワードがいります」
これで事件解決と喜んで情報管理室に向かう雪菜。スキップする姿を陽介は冷めた目で見る。
情報管理室。
カタカタとキーボードを打つ音があちこちから聞こえてくる。情報管理室に属する警官たちは常に気を張っている。
「お疲れ様です。月野さん、夏目さん」
礼儀正しく敬礼する陽介。警官の男性が雪菜から頼まれていた一年前の通信履歴をモニターに表示させていた。
「この中から松原宗一の事件に関係してそうな人物を探すのか」
一年で絞り込むと通信履歴の数は多く、一日二日で終わる量ではなかった。雪菜に頼まれた男性は松原宗一が事件を起こした日に絞り込む。送受信ともに「履歴がありません」と表示された。通信履歴はすべて残されてる為、自動的に消されることはない。
「もしも、時空警察官の犯行だったとしたら……」
「消されてしまった」
雪菜はデータの復元はできないかと男性に尋ねる。彼は「直ちに」とすぐに操作する。復元されたデータは「Unknown」と表示される。
「これはデータの送受信に失敗した時に現れるエラーです」
雪菜は二〇三〇年に派遣された時もこのようなことがあった。男性はたまに起こることだとデータの処理を行う。
「アンノーンってあのアンノーン?」
陽介と雪菜は顔を合わせる。黒須から頼まれている調査のアンノーンはこのことかもしれない。手を挙げる雪菜。
「具体的にどういった場合に送受信の失敗が起こるのですか」
「通信履歴は送信及び受信した年月日、TM車番、時空警察官の名前が残ります。この三つのデータが揃わないと『Unknown』としてエラーが起きます。他にも情報管理室を通さずにタイムトラベルをした場合もエラーの対象になります」
陽介が疑問を投げかける。
「TMは情報管理室が発行するセキュリティコードがなければ、タイムトラベルできないはずでは?」
「もちろんです。ただセキュリティコードを知る人間が現在、情報管理室の他に三名います」
セキュリティコードを知る人間は情報管理室に属する警官の他に三名いる。時空警察長の豚間寛平、第一室長の馬場隆、第二室長の黒須信明である。
「その他、プログラムに関して強い人ならデータの改竄を行い、タイムトラベルをすることもできるかと。でも、不可能に近いですけど」
松原宗一はプログラマーを目指していた。彼のレベルはわからないが、データの改竄をすることが可能かもしれない。事件以降の松原宗一が何らかの方法でTMを盗み出し、四十四年にタイムトラベルをした可能性が高い。四十五年の今現在、TMが盗まれたという情報はない。今後起こる事件として、警戒しなければならない。
「お菓子のためにも早く事件解決しなければ」
「もじゃなくて、お菓子のためだろ」
情報管理室を出た二人は第二室に戻る。
第二室ではお茶を飲んで宇海が気長に待っていた。
「捜査の方は順調か?」
「順調です。宗一君の犯行で間違いないと思います」
二人は自分のデスクに向かう。宇海がよしと立ち上がって第二室を出ようとするが雪菜が止める。
「日本警察は簡単に認めますかね。一度は事故として処理されたものを事件と掘り返す」
「容疑者は松原宗一で確定していた。当時、松原宗一にアリバイがあったことでチェイサーは事故として処理した。やけど、アリバイがなければ彼が母親を殺した犯人やった」
ドアノブに手をかける宇海。雪菜の話は終わってないようで口を開く。
「尚更、認めないんじゃないんですか」
振り返って視線を雪菜に向ける宇海。
「捜査AI使って間違えましたなんて、メンツが丸潰れするようなことは言えないでしょうからね」
話を続ける雪菜。
「まずは松原宗一の身柄を確保し、彼にすべてを吐かせる。じゃないと上は動かないんじゃないのかな」
「わかったわ。まずは松原宗一の捜索に当たればいいんだな」
敬礼して宇海を見送る陽介。雪菜はまだ伝えたいことがあった。
「今度はなんや」
「私たちの仕事は十分したと思うので、例のお菓子を」
「この事件が解決したらや」
宇海は飛び出して出ていった。またもケチと暴言を吐く雪菜。
「月野。松原宗一が母親を殺した動機はなんだと思う?」
「私が見たのは何か揉めている様子で、頭に血が上った宗一君がバンッと金槌で殴った」
雪菜はバンッと口にしたタイミングで大きな音を立てた。
「いや彼は感情的になって殺したわけじゃない。金槌を予め購入していた。最初から母親を殺すつもりだった」
「ああ、そうですね」
「目的は別にある」
元日本警察の刑事である陽介は推理する。
「松原宗一はAIに恨みを持っている。成績優秀の自分が特待クラスに選ばれなかったのを欠陥だと思っている。自分が犯罪を犯し、捜査AIを騙すことで欠陥を証明したかったのでないかと思う」
陽介の推理が正しければ、四十四年の宗一は未来から来た自分の存在を知っていたことになる。この犯行は母親の殺した時刻にアリバイが証明されなければいけないからである。見事にチェイサーの目を欺いた。
「しかし、AIの欠陥を証明する為だけに、母親を殺したってことですか?」
「犯罪者は何を考えているのか、計り知れない。あり得ない話ではないだろ」
陽介の言葉に頷く雪菜。もし、AIの欠陥を証明する為ならいずれ、松原宗一は世間の前に現れる。




