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果物かごにあるフルーツはバナナ、ブドウ、そしてモモである。未だアンノーンについてはわからないが、駄菓子屋で出会った藤堂はアンノーンと敵対関係にあることがわかった。その藤堂も謎だらけだが、赤い目と関係しているのはたしかだった。


 八歳の頃、陽介の父親は殉職した。二十年前、大阪を襲った大規模な事件で市民を守って命を落とした。父親みたいな刑事になると陽介は誓った。

 救える命があるのなら、陽介は救う。


 行列のできるパン屋に並ぶ陽介。SNSで話題となり、人気のパン屋とメディアでも取り上げられている。ここの店長である向井夏菜子は陽介の幼馴染だ。父親の代から受け継がれている。両親を亡くして一時は経営難に陥ったこともあったが、今は盛り返している。

 陽介は子どもの頃からここのパン屋に通っており、彼の好物がパンになったのもこの店がきっかけであった。

 店に入店した陽介はいつものパンを購入した。今日は夏菜子がレジの担当をしていた。

「いつもありがとうね」

 彼女は毎日陽介が来ていることを知っていた。普段は裏の工房でパンを作っている夏菜子。

「珍しいね。いつもはパン作ってんのに」

「他のみんなもパン作れるようにならないとね」

 お釣りとパンの入った袋を受け取る陽介。袋には食パンが二つ並んだパン屋のロゴが印刷されている。

 店を出た陽介は警察署に向かう。


 今日も警察署内は慌ただしく動いている。

「おはようございます」

 キャサリンがいつもと変わらない挨拶をする。陽介もそれに応える。朝一からスナック菓子をバリバリと食べる雪菜の姿はなかった。

「月野の奴は?」

「今日は非番ですよ。お菓子ミュージアムに行ってます」

 なんだそれはと彼女の頭はお菓子しかないのかと首を傾げる陽介。

 買ってきたパンの封を開ける陽介。キャサリンが毎度のことお茶を持ってくる。いや、今日は違う。

「今日はホットミルクを用意しました」

「ありがとうございます」

 外は暑く、冷たい牛乳でもよかった。しかし、口には出さずに頂く。

 夏菜子の店で買ったパンを食べ終えると黒須のデスクに近づいて置いてある果物かごを眺める。バナナがまた黒くなっている。

「あのキャサリン。キャサリンは黒須室長と面識は?」

 時空警察官になって陽介はまだ自分の上司である黒須と会っていない。キャサリンはもちろん、雪菜も黒須とは面識がある。

「私は事務ロボットとして置かれている身ですから第二室ができた時からいます。それは雪菜さんも同じなのですが」

「月野はここに来る前、何をしてたんですか?」

「普通の大学生です。黒須さんが直々にスカウトしたんです」

 あのお菓子バカを黒須室長がスカウトした?

 大学生だった雪菜をスカウトした黒須を不思議に思う陽介。

「黒須さんは優秀な刑事だったみたいですよ。ただ時空警察ができてすぐに転属したみたいですが」

「元日本警察の刑事だったってことですか」

 第二室を出た陽介が向かった先は本庁。バナナを買いに行くついでに、黒須のことを何か知っているのではないかと宇海に会いに来た。

 本庁も同じく慌ただしく動いている。陽介に気づいた宇海が寄ってくる。挨拶の敬礼をする陽介。

「どうしたんや?」

「黒須室長のことで何かご存知ないかと」

「黒須ってあの黒須信明刑事のことか」

 宇海は黒須のことを知っている口振りで別の場所に陽介を連れて行く。

「正直、黒須刑事のことを詳しく知る人はここにいないと思うわ」

「それはどういう?」

「滅多に姿を見せない。優秀な刑事と果物好きという情報だけが署内で回っていた」

 だからフルーツバスケットとはならなかった陽介。宇海は話を続ける。

「黒須刑事は二十七歳の頃に時空警察に転属している。いつから警察官になったのかは知らんが、日本警察の歴は浅いんちゃうか」

「それでも優秀な刑事だと噂が立っていた」

「やな。相当優秀やったんやろ」

 部下に呼ばれた宇海は陽介の前から去った。

 第二室に戻ってくる陽介。

「おかえりなさい」

 キャサリンの元気な声が陽介の耳に入る。黒須のことでわかったのは優秀な刑事であること、それと果物が好きということ。陽介は果物かごに目線を向けた。バナナを買い忘れたことに気づいた陽介はすぐに買いに出る。


 八百屋に向かう道中、端末に時空犯罪の通知が来る。

『時空犯罪を探知。各警察官に告ぐ。――町にて現在逃走中』

 近くにいた陽介はイヤホンをすぐにつける。

『四十代男性。水色のチェックシャツにベージュのパンツ。GPS情報あり』

 陽介は端末で男性の位置情報を確認する。進行方向に男性が向かってきているが途中、地図上で右に曲がり角がある。男性が曲がるだろうと予測して陽介は先回りする。

「いや曲がんないのかよ」

 男性は右の曲がり角を通り越して一直線に走る。すぐに戻る陽介。

「止まれ!!」

 突然現れた陽介に急ブレーキをかける男性。後ろからも警官たちの追手がおり、挟み撃ちで逃げ場を失う。最後の悪あがきで陽介に抵抗するがすぐに取り押さえられる。

「ご苦労さまです」

 男性を追っていた警官が敬礼する。

「すみません。あとお願いします。バナナ買いに行かないと駄目なんで」

「はあ……承知しました」

 陽介は彼の身柄を他の警官に任せ、バナナを買いに向かった。


 警察署に戻ると別の時空犯罪者を連行する雪菜の姿があった。いつものグレーのスーツではなく、ボーダーシャツにジーンズとカジュアルな服装だった。たしか今日は非番だったはず。

 雪菜が陽介を発見すると「取り調べお願いします」と任せる。

「今日非番なんで」

「非番なんでってバナナ置きに行かないと。これ」

 陽介は買ってきたバナナを雪菜に見せる。強引にバナナを奪う雪菜。勢い余って床に落としてしまう。

「何やってんだ」

「何やってんだじゃなくて、早く取り調べを。別にバナナはいいんですよ」

 陽介は雪菜が連行した男性の取り調べを行う。他の警官が彼のデータを持ってくる。

 静かに取り調べを待つ男性。陽介には一つ気になることがあった。取り調べを押し付けた雪菜が隣に立っている。

「何してんだ」

「取り調べを傍聴しようと思いまして」

 壁にもたれかかる雪菜。渡された資料を確認する陽介。二十代後半で陽介と同じ歳ぐらいの男性。五十年の未来からタイムトラベルしてきた。

「タイムトラベルの内容、お菓子ミュージアム?」

 雪菜に顔を向ける陽介。彼女も今日行っているとキャサリンから聞いた。そこで時空犯罪に遭遇した。

「ちょっと気になっていたんですよね。スタッフと揉めていたから」

「おい!」

 陽介に取り調べを任せた雪菜が入ってくる。席を立って雪菜に譲ろうとするも彼女は断る。

「で、スタッフと揉めて怪我をさせてしまったと。どうしてですか?」

「僕には五歳の息子がいます。たまたまお菓子ミュージアムの話をしたら行きたいと言い出して」

「それが今回の件とどう関係が?」

「潰れるんです。お菓子ミュージアムが」

 急に「あああ」と耳を両手で塞いで奇声を上げる。

「だから嫌なんですよ、時空犯罪者は」

「うるせぇ!」

 陽介の怒鳴り声が部屋に響く。頭を抱える雪菜。

「嘘だ。潰れるなんて嘘だ」

 その場に倒れ込む雪菜。心配する男性に話を続けさせる陽介。

「その決定が四十五年だったんです。詳しい日にちはわからなかったんでとりあえず今日」

「あなたはお菓子ミュージアムが潰れるのを阻止するためにやって来たということですか」

 頷く男性。バカバカしいと吐く陽介の言葉を聞き逃さなかった雪菜はすぐに立ち上がる。

「バカバカしくありません。お菓子ミュージアムは子どもの夢が詰まっているんです」

 雪菜に同感する男性は小刻みに頷く。熱くなる雪菜の話は続く。

「そしてお菓子は私のすべてです」

 机を大きく叩いた雪菜は上から陽介を見る。彼は全く動じない。

「お菓子ミュージアムが潰れた同じ年にうまあ棒も製造終了に」

「だから!」

 雪菜は意気消沈する。男性が口にした「うまあ棒」とは様々な味が展開されている二十円で買える駄菓子で、五個食べれば空腹を満たせるとコスパがいい。五個買っても百円である。昔は十円で買えたわけだが、存続のために値上がりした。パッケージには馬のキャラクターがいる。

「本当にこの人大丈夫ですか?」

「大丈夫です。気にせずに」

 起き上がる雪菜の顔は酷い。ゆっくりと扉に向かう。

「気分悪いんで帰ります。てか今日、非番だった」

 取調室から出ていった雪菜。陽介も男性の身柄を元の時代へ引き渡して取調室を出た。

 第二室に戻ってくる陽介。

「お疲れ様です」

 同じくお疲れ様ですと返す陽介。果物かごに新しいバナナが置かれている。

「さっき雪菜さんが置いていきましたよ。顔死んでましたけど」

 彼女なら一日も経てば大丈夫だろうと特に心配はしていない陽介。書類業務を終えて退勤する。


 翌朝。いつものように夏菜子が営むパン屋に向かう陽介。道中、聞こえてくる消防車のサイレンに嫌な予感がする。進行方向から見える天高く上がる煙は夏菜子のパン屋がある場所だ。すぐに走って確認する陽介。嫌な予感は的中し、火災が起きていた。消防士たちが必死になって燃え盛る炎を消す。出勤前のスタッフたちを見つけた陽介は声をかける。

「一体、何があったんですか」

「わかりません。私たちが来た時には火事が起きていて」

 陽介は連絡先に登録されている夏菜子に電話をかける。何回かけても彼女は出ない。

「夏菜子ちゃん……店長は?」

「いつも、私たちが出勤する前からパンの仕込みを始めてます。もしかしたら……」

 もしものことなんて考えたくない。陽介は燃え盛る炎の中に入ろうとするも二人の消防士に止められる。

「危険ですから!」

 力に自信がある陽介も日々鍛えている消防士二人には敵わない。抵抗するが前に進めない。燃え盛っていた炎は消防士たちの手で消火された。

 輝いていたパン屋は一瞬にして消え、陽介は中を確認しに足を踏み入れようとするもまた止められる。

「あなたは誰ですか?」

「時空警察の夏目陽介です」

「時空警察官の方でしたか。ということは時空犯罪に関係している案件ですか?」

 端末に時空犯罪の通知はなかった。ともかく陽介は中を確認したかった。先に調査を進めていた消防士が焼死体を発見したが、違和感を感じる。

「腹部に刃物が刺さっている」

 外から聞き覚えのある男性の声が聞こえてくる。日本警察の宇海だった。部下を引き連れていた。

「お前がなんでここにいるんや」

「自分は」

 宇海は「どけ」と陽介を払い、焼死体を確認する。

「例の男ですかね」

 焼死体の顔は焼けていて誰なのか判別できないが、宇海たちは心当たりがある様子。夏菜子じゃないことに一先ず安心する陽介。

「思い出したわ」

 何かを思い出した宇海は陽介に近づく。

「お前、向井夏菜子と幼馴染って話してたな」

 記憶を辿る陽介。宇海に一度だけ話したことがあった。日本警察官時代から夏菜子が営むパン屋のパンを食べていた。

 宇海は夏菜子が営むパン屋のロゴを見てずっと既視感を抱いていた。過去に陽介が持っていた袋のロゴと一致した。

「彼女の連絡先知ってるやろ?」

「知っていますが電話に出ません」

「連絡があったらすぐに教えろ」

 理由を尋ねる陽介。昨日もいつもと変わらず元気だった彼女の身に何があったのか知りたかった。

「匿名で向井夏菜子が殺されると通報があった」

 宇海はこれまでの流れを話は始める。

 三日前、匿名で向井夏菜子が殺されると通報があった。彼女が最近、メディアで取り上げられていたこともあり、身元がすぐにわかった。それから彼女の身辺を調べていくうちに金貸しの男が頻繁に夏菜子のもとに出入りしていることが判明した。

「金貸し? 経営難という話は聞いたことがありましたが、借金していたんですか」

「父親の代から残っていたものらしいな。けど、無事に借金は返済完了していた」

「だとしたら、金貸しの男はなぜ?」

 その矢先に火災事故が起きた。焼死体は金貸しの男に違いない。気になる点は彼の腹部に凶器が刺さっていたこと。パン屋で働いているスタッフたちの証言によると、店の鍵を持っているのは夏菜子だけという。

「向井夏菜子が殺害して放火の線ですかね」

 宇海の部下が述べる。陽介は感情的になって夏菜子の無実を主張する。無実の証拠がない限り、信じてはもらえない。

 陽介が持つ時空警察官の端末に通知が来る。時空犯罪者が現れた。

「私情を挟むなや、夏目。彼女から連絡があったらすぐに報告や」

 宇海は現場から姿を消した。陽介も現場をあとにし、警察署に向かう。

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