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モモ 下

 場所はライブが行われる会場。警備はどうなってんだとハートフルのファンである雪菜は怒りを露わにする。すでに多くの日本警察官が、ナイフを持った男性を包囲している。彼は背後からハートフルのメンバーの一人である女性の首元にナイフを向けている。迂闊に近づくことができない。


「奴の要求はなんや?」

「例の行方不明になっているカスミをここに連れてこいと」


 部下から聞き出したことを雪菜と陽介に伝える宇海。カスミが行方不明になっていることは報道されておらず、男性は知らないはず。


「彼女たちを傷つけるなんて許せない。キュンの一人として、キュンの代表として私が止めなきゃ」

「キュンって何だ?」

「ハートフルを愛すファンのことです。由来は彼女たちにキュンとするから」


 そのキュンとするという意味すら理解できない陽介。日本警察官一筋で生きていた陽介は好物のパンにしか興味がない。


「全く……皆さんをキュンとさせるハートフルです」


 雪菜はハートフルの自己紹介をやってみせた。人差し指と親指で指ハートというものを作って「キュンです」と陽介の顔に近づける。その手を叩く陽介。指ハートは20年以上前に流行したもので最近になってまた流行りが到来していた。


「誰だあの女は」


 日本警察に属する刑事のその言葉には苛立ちが込められていた。宇海が事情を説明した。


「カスミをここに連れて来い!」


 男性が声を荒げる。人質になっている女性は震えている。早く助けなければと雪菜は手を挙げて「行きます」と前に出る。


「どうも。私、時空警察第二室の月野雪菜です。それであなたの名前は?」


 男性はうるさいと雪菜の質問に答えない。ナイフの先端を雪菜に向ける。


「カスミを連れて来い。じゃないと、ミナホが死ぬぞ」


 ミナホとは今、人質になっているメンバーである。男性はハートフルに詳しい。もしかすると雪菜と同じキュンなのかもしれない。


「まさかあなたもキュン?」


 世間話的なことは嫌いなのだが、ミナホを救うためにも男性の心を開かせるところから始める。しかし、雪菜の思惑は失敗する。なら、もう伝えると口を開く。


「カスミは今、行方不明だからあなたの要求には応えられない」

「わかってるよ。だから早く見つけろよ。警察は何やってんだよ」


 男性に言われなくても日本警察は今、カスミの捜索にあたっている。


「あなたがハートフルの事務所に殺害予告をメールを送った犯人?」

「殺害予告なんて俺は送っていない」

「なら、カスミちゃんの身柄をあなたに渡したとして目的は何?」


 男性の目的が見えない雪菜。彼が殺害予告を送ったわけではない。犯罪者はいつも大事なことは黙秘する。何も答えない。目の前にいる男性だってそうだ。

 彼はボソボソと口にしているが、雪菜がいる場所からは聞こえない。一度、陽介たちがいる場所に戻る。


「どうやら彼は殺害予告を送った人物とは違うようです」

「なら、あいつの目的は一体なんや」


 雪菜に尋ねる宇海だが、彼女にもわからない。殺害以外の目的があるとしたら、一体何だろうと目を閉じて考える雪菜。


「まだ見つからないのか!」


 日本警察の刑事が焦っている。何も進展しないまま、時間が過ぎる。ネットでこの事件のことが騒ぎになっている。世間からの注目を浴び、国民的アイドルを死なせるわけにはいかない。

 強行手段をとろうした日本警察。その時、背後から女性の声が聞こえた。行方不明のカスミだった。しかし見つかったという報告は受けていない日本警察の刑事たちは驚く。男性のもとへ向かおうとするカスミを止める刑事。


「大丈夫です」


 刑事の制止を振り切るカスミ。歩き始めるカスミの前に雪菜が立ちはだかる。


「どいてください。時空警察の月野雪菜さん」

「なぜ私の名前を?」


 雪菜は行方不明になる前のカスミと出会っているが名前は告げていない。それとあの時は日本警察と名乗った。


「私のせいでミナホを危険な目に遭わせてしまった。私は運命を受け入れます」


 意味深な言葉を残してカスミは男性に近づく。


「ミナホは関係ありません。あなたの目的は私でしょ」


 男性はミナホを解放した。その時、銃声が響き渡る。カスミが撃たれてしまった。犯人はカスミの前にいる男性じゃない。雪菜は辺りを見渡して、物陰に隠れていた怪しい男を見つけた。


「夏目さん!」


 雪菜の指さした方向に銃を持った男性がいるのを確認した陽介はすぐに確保に向かった。他の刑事たちはミナホを人質にとっていた男性の確保に向かう。ミナホが「カスミ!」と何回も声をかける。カスミは何回もミナホに謝る。取り押さえられた男性は「話が違う!」と口にする。

 救急車に運ばれるカスミ。雪菜は気になっていたことをミナホに尋ねる。あの時、男性がボソボソと口にしていた内容である。


「俺が救うんだって言ってました」


 男性は何からカスミを救おうとしていたのか。とにかくあの男性とカスミを撃った謎の男性のことも気になっている。


 大阪本庁の取調室に来た雪菜と陽介。日本警察の刑事を退けて、ミナホを人質にとった男性に尋問する。


「単刀直入に、あなたは何をしようとしていたんですか」

「俺はカスミを救うためにミナホを人質にとったんだ」

「何故、ミナホちゃんを人質にとることがカスミちゃんを救うことになるんですか」


 男性は雪菜に聞かれたことを素直に答えてゆく。


「カスミに殺害予告が来ていること、行方不明になっていることを聞いた」


 公になっていない情報を男性は誰かから聞いている。


「それでミナホを人質にとれば、警察たちも総力を挙げてカスミを探すって。それで俺は言う通りにした。じゃないと、カスミが殺されるって。でも話は違った! カスミが殺された」

「あなたにそれを指示したのはカスミを撃ったあの男性?」

「違う。あいつのことは知らない。初めて見る顔だ」

「なら、あなたに指示を出したのは誰?」


 男性は名前を聞いていないというが、同じ男性であると話す。そして、もう一つ。


「右目が赤く光っていた」


 陽介はあの時の記憶を思い出す。彼が日本警察として最後に追った男性。片目だけ赤く光っていた。陽介が食い気味にその人物の特徴を聞くが、彼は男性であるということしか話さない。


「知っていることをすべて話せ!」


 男性の胸倉を強く掴む陽介。赤い目の男のせいで、陽介は日本警察の肩書を失った。奴の正体を掴むことに必死になる陽介。


「夏目さん! 止めてください。この人は何も知らないと思います」


 掴んでいた手を離す陽介。

 雪菜はカスミを撃った男性がいる取調室に向かう。宇海が彼の取り調べをしていた。彼がハートフルの事務所に殺害予告を送った人物だと認めた。


「失礼します」


 雪菜は男性の前に座る。


「あなたはミナホちゃんを人質にとっていた男性と会ったことがありますか?」

「いいや。知らない」

「そうですか。あなたは目的を達成したということですか」

「結果的には」


 男性は話を続ける。


「自分は予定通り、殺害予告を実行しようとした。だが、ある男からカスミちゃんが行方不明になったと聞いた。それで例の男がミナホちゃんを人質にとることも聞いた」

「ある男っていうのは?」


 彼も同じように赤い目の男と答えた。


「赤い目の男は俺がカスミちゃんを殺そうとしていたのを知っていた。それを止めるわけでもなく、協力すると話した」

「赤い目の男の目的は?」

「それ以外は何も聞かされていない」


 これ以上、男性から情報は得られないと取調室を出る二人。


「夏目さん。あの二人の口から出た赤い目の男と何か関係あるんですか」

「お前には関係ない」


 陽介は先に時空警察署に戻る。


「小娘も知ってるやろ。夏目が警官不祥事事件の渦中にいたことを」

「ええ。軽く調べました」

「あいつが追っていた男も片目だけ赤く光っている男やったらしい」


 陽介だけじゃなかった。警官不祥事事件で日本警察の肩書を失った警官たちは揃って赤い目の男と接触していた。陽介にとって赤い目の男は因縁の相手というわけだ。


 今の時代にも駄菓子屋は残っている。雪菜はいつも箱買いをする。爆買いしても持って帰れるように大きなリュックサックを背負ってきた。


「やばいよね。こんだけ買っても三万なんだから」


 ふふふと不気味に笑う雪菜。駄菓子屋の前のベンチでアイスキャンディを舐める。季節は夏に向かおうとしていた。


「夏が来たって感じ。まあ冬でも食べるけど」

「わかるわ、それ」


 隣に座る男性。見た目は三十代。服装は黒のシャツに黒のパンツ。羽織っているコートも黒だった。いつの間にと雪菜は顔を彼に向ける。彼の手にもアイスキャンディがある。


「でもね、四季関係なくアイスは上手いと思うよ」

「ですよね……じゃなくて、あなたは誰ですか」


 手を挙げて彼の名前を尋ねる雪菜。


「名前はない」

「それはないと思います。人は生まれた時、名を授かります」

「面白い女だな。まあ、藤堂ってことにしておくか」


 彼はアイスキャンディをシャリシャリと一気に飲み込んだ。頭がキーンとなって痛がっている藤堂。


「私に何か用ですか?」

「俺たちの活躍どうだったかなと思って」

「俺たちの活躍?」

「やだなー。知ってるくせに」


 馴れ馴れしく藤堂は雪菜の肩を人差し指でちょんちょんと突く。気持ち悪とその場を去ろうとする。


「ハートフルのカスミのことだよ」


 すぐに振り返る雪菜。


「あなた何者」

「何者でもないさ。まあ正義の味方ってところかな」


 藤堂は話を続ける。


「彼女は死ぬ運命にあった。それを誰かさんが邪魔をするから手間のかかることをしたんだよ」

「もしかして、赤い目……?」

「もうそんなところまで知ってる感じ? あのお二人はお喋りさんだな」


 藤堂が陽介から日本警察の肩書を奪った男。いや断定するのはまだ早い。彼は俺たちと表現していたから仲間がいるはずだ。それに彼は赤い目をしていない。


「彼らはカスミを行方不明にすることで死ぬ運命から救おうとしたんだろうけど、それは歴史を変えることだからね」

「つまり、あなたたちは正しい歴史にしただけってこと」

「その通り! 俺たちは時空警察の味方だよ」

「あなたたちは誰と戦っているの」

「それは……」


 藤堂は続けて「それはそれは」と溜める。そして彼から出た言葉はアンノーンだった。黒須から頼まれていた調査の対象だった。

 藤堂は雪菜の前から姿を消した。


 第二室に黒須から例のごとく、小包が届いていた。中身はモモだった。


「アイドルだから、モモですかね」

「フルーツに意味なんてないだろ」


 職務から戻って来た陽介は、ついでに新しいブドウを買ってきた。かごに入ってあった古いブドウと交換する。


「ピーチはハートで……キュンですよね。キュン」


 指ハートをする雪菜。キャサリンも真似して、やって見せた。

 ソファに座った雪菜は、周りに聞こえるほどのため息を吐いた。大好きだったハートフルのメンバー、カスミが亡くなってしまった。


「何度も経験してますけど、慣れません。慣れてはいけないんですよね。歴史を守るとはいえ、人が亡くなってますから」

「お前はそんなの気にしないだろ」


 指をさす陽介。雪菜だって、気にすると反論する。キャサリンが仲裁に入り、二人の言い争いを止めた。

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