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バスケット 上

「自分は男を追っていました」


 秒針を刻む時計の音が鮮明に聞こえる。静寂の暗闇に包まれた一室で、淡々と上司に説明する刑事。順を追って起きた事故を報告する。


 ナイフを持った男が逃走していると通報を受けた日本警察の刑事「夏目陽介」は男の逮捕に向かった。時刻は二十一時を過ぎていた。

 追ってくる陽介に気づいた男は必死に逃走する。絶対に逃がさないと陽介は彼を追っていた。


「そして、奴は銃を自分に向けてきました」


 陽介が追っていた男は急に立ち止まって、着ていたジャケットの胸ポケットから銃を取り出し陽介に銃口を向けた。すかさず陽介も銃を向ける。彼の片目は赤く光っていた。


「威嚇射撃のつもりでした。その弾は――」


 陽介が威嚇射撃として上空に向けて撃った弾は通りかかった通行人の胸に当たってしまう。何が起こっているのか動揺している間に男を逃がしてしまった。


「上空に向けて撃った弾が通行人の胸に当たるなど、あり得ない話だ。優秀であるお前がなぜ、そんな言い訳をする。事実を話せ」

「自分は事実だけを述べています」


 最短で警部補の階級まで昇格した夏目陽介はこの日、日本警察官という肩書を失った。


                ※


 逃走する男を一人の女性が追っている。グレーのスーツに、肩まである髪の毛が揺れている。狭い路地で曲がり角が多い。背負っているリュックサックには彼女の大切なモノが入っており、下ろすことができない。しかし、このリュックサックが邪魔で走りづらい。男を見失ってしまう。


「雪菜さん。大丈夫ですか」


 月野雪菜が付けているイヤホンに男性の声が入る。


「リュックを下ろせば、捕まえそうなんですけど……限界です」

「なら、リュックを手放して下さい」

「それは無理なんです」


 見失わないように雪菜は必死に男を追うが、なにせ背負っているリュックサックが邪魔をする。


「まずは身柄の確保を。リュックは後からでも取りに帰れます」

「嫌です! その間に盗まれたらどうするんですか」

「大丈夫です」


 リュックサックを手放したくない雪菜と逃走する男の確保を命じるバディとの攻防が続く。曲がり角を抜けて大通りに出てくる。男は一直線に走る。決心した雪菜は「必ず取りに帰る」とリュックを手放して全力疾走する。男との距離を縮めていく。彼はチラチラと追ってくる雪菜を気にしている。必死に逃げていたが、息が切れて失速する男。振り返るとその肩には雪菜の手があった。男の頬が勢いよく地面についた。若い女性とは思えない力で拘束される男。


「やっと捕まえた。で、あなた誰?」

「離せ!」

「初対面の人には名を名乗るのが常識でしょ。まあいいけど……あなたが時空犯罪者ってことは知っているから」

「初対面じゃねぇだろ!」


 間もなくして、紺色の制服を着た警察官が身柄を引き取りに来る。


「ご苦労様です」

「あのさ、言いたいことがあるんだけど……って、それ私のリュック」


 もう一人の警官は雪菜が一時手放したリュックを持っていた。強引に受け取った雪菜に「何が入っているんですか」と尋ねる警官。


「ここには私の大切なお菓子が入っているんです」

「はい?」

「だから、お菓子。私の大切なお菓子」


 大切なモノがお菓子だと知って呆気にとられる警官。二人はリュックサックに大切なモノが入っていると聞かされていたため、よっぽど重要なモノだと思っていた。


「で、なんでこのリュックを?」

「はい。月野さんが所属する部署の方から報告を受けたので回収に向かいました」

「ありがとうございます。では、さよなら」


 リュックサックを背負って雪菜はその場を去った。


 二〇三〇年大阪。

 月野雪菜は二〇四五年の未来からやって来た時空警察官。時空警察はタイムトラベルを悪用する時空犯罪者を取り締まる。二〇三〇年の日本ではまだタイムトラベルは一般的に普及されていない。しかし、時空犯罪者は時を超えてやって来る。過去に戻れるのはタイムマシンが完成した二〇三〇年までである。タイムトラベルのルールとして、未来に行くことはできないが、元の時代に戻ることは可能である。

 今日、雪菜が確保した男も未来からやって来た。男は過去に行われた競馬のレースを事前に調べ、退勤を手に入れようとしていた。


「三十年の時空警察官、少ないですね」

「タイムトラベルが一般的に普及してませんからね。運営側も手探り状態ですし」


 二十代前半に見える三十五歳の馬場隆は答える。新設ばかりの時空警察は人手が足りなかった。誰もが時空警察官になれるわけではなく、厳正なる審査が行われている。裏では戦力外の日本警察官を入れていると噂されている。又、雪菜のように現役の時空警察官からの推薦でなる者もいる。


「雪菜さんはエリートなんですよね? 警察官でもないのに推薦されたとか」

「そうなんですよね」


 口いっぱいにお菓子を含みながら答える。馬場は淡々と書類業務をする。二人のもとに部下を引き連れたふくよかな男性がやって来る。


「今日、時空犯罪者を確保したのは誰だ」

「私ですけど」


 雪菜は手を挙げて返事する。雪菜のことを知らない男性は名前を尋ねる。


「時空警察官の月野雪菜です。未来から派遣されて来ました」


 雪菜が未来から来たと聞いて男性は眉をひそめる。


「心配する必要はありませんよ。規則は守りますから。あっ!」


 突然大きな声を出した雪菜に驚く男性。彼女は自分が未来から来たことを喋ってはいけなかった。気づけば、向かいにいる男性と馬場にも喋っていた。


「何でもないです。で、あなたこそ誰ですか」

「私は豚間寛平だ」


 お互いに名乗った後、豚間は本題に入る。


「今日、確保した男についてだが不思議な点がある」

「たしかにそうですね」


 豚間の意見に同意する雪菜はタイムトラベルのルールの一つである「タイムマシンに物は持ち込めない」と述べる。


「その通り。紙切れ一枚にしてもだ。つまり、男はタイムトラベルの際にお金を持っていない。なのに十万円程のお金を所持していた」

「だとすると、男はどうやってお金を?」


 馬場が話に入ってくる。豚間は取り調べが難航していることを告げる。男はお金の出所だけ頑なに話そうとしない。


「はい。一つとして、検査官が見落としたというのが考えられます。物は持ち込めないというのは未来の物を過去に持っていくと、歴史に影響が出てしまうためにルールとしてあります。物を持ち込んでもタイムマシン自体は動きます」


 雪菜は手を挙げて答える。過去にタイムトラベルする際、必ず検査官が旅行者の持ち物をチェックする。豚間はあり得ない話だと雪菜の考えを否定する。


「なら、現場近くで被害に遭った人は?」

「捜査を進めているが今のところ、金品が盗まれたなどの情報はない」

「調べる必要がありますね」


 馬場が外に出る準備を始める。雪菜は全く動こうとせず、スナック菓子をパリパリと食べる。


「君は動かないのか」


 豚間の言葉に雪菜は勢いよく手を挙げる。


「私、例の男と話してみたいです」


 豚間の返事も聞かずに雪菜は準備を進めた。雪菜と豚間は取調室に向かい、馬場は現場へと向かった。


 取調室。一人の刑事が聴取している。雪菜はその様子を外から見ている。


「タイムトラベルを利用するには厳正な審査が必要になりますよね」

「そうだな」

「なのに時空犯罪は起きている」

「この世に完璧なことは存在しない。世の中に存在するものは未完成で日々、アップデートされている」


 取調室から刑事が出てくる。


「ずっと黙秘です。このままだと時間が来てしまいます」


 時空警察官は時空犯罪者を確保した後、その犯罪者を事件解決関係なく、元いた時代へ返さなければならない。時間が決まっており、タイムリミットが近づいていた。このままだと謎が残ったままで後味が悪い。

 雪菜が取調室に入り、男の前に座る。男のデータをもとに話を始める。


「籠野武さんで間違いないですね」

「ああそうだよ。てか、刑事ってすぐに人の顔を忘れんだな」


 確保した時は暴れていた籠野だったが、今は落ち着いている。雪菜は話を進める。


「単刀直入に聞きます。お金はどこから手に入れたのですか」


 話を聞いていた通り、籠野はお金の出所を話そうとしない。取調室の外から二人の様子を眺める豚間は他の刑事と同じ質問をする雪菜に苛立ちを隠せず、何回も腕時計を確認する。


「黙秘ってことはやましいことがあるってことですよね。だけど、現場周辺で金品が盗まれたなどの声はありません」


 籠野は雪菜の話に何も反応しない。一歩的な会話が続く。これ以上、探っても何もないと判断した雪菜は豚間たちがいる場所に戻ってくる。


「同じ質問をするな。もう時間がないんだぞ」

「やっぱり世間話とか必要だったのかな」

「話を聞いているのか!」


 豚間は怒鳴る。時空警察はまだできたばかりで、早く成果を出そうと焦っていた。タイムマシンを発明したロビンソン氏が立ち上げた会社「リビジット」に勤めていた豚間は責任感が誰よりも強い。

 雪菜は馬場が向かった現場へと向かった。


 馬場は通行人に聞き込みをしていた。有力な情報が得られず、馬場の方も難航していた。わかったことは籠野武がギャンブル好きで頻繁に競馬場に通っていることぐらいだった。ただ今日はまだ籠野武の姿を見た人はいなかった。雪菜は取り調べの状況を報告した。


「私、馬券買ったことないんですよね。なので、お金貸してくれませんか?」

「いやこの前、一万円貸しましたよね」


 閃いた雪菜は馬場の言葉をかき消すように声を上げ、同時に手も挙げる。


「籠野武さんは誰かからお金を借りた」

「はい。えっ、誰からですか」


 雪菜はリュックサックからお菓子を取り出し、食べながら考える。


「何かわかりました?」


 声をかけられた雪菜は目を大きく開ける。


「さっぱりわからないので、本人に聞いて確かめましょう」

「えっ? さっき取り調べしたんですよね」

「すみません。言葉が足りなかったですね。今の時代の籠野武さんに」


 雪菜は足早に車に向かう。馬場は雪菜が乗ってきた車の助手席に座る。


「馬場さんも来るんですか」

「雪菜さん、これまずいことですよ。今の時代の籠野武は何も知らないんですから」


 車を動かす雪菜。馬場は不安を隠しきれない。


「会って直接聞くんですか? どう聞くんですか」

「もちろん会って聞きますよ。あなたは大金を持っていますかって」


 馬場は頭を抱える。このことが豚間の耳に入れば絶対に激怒される。でも、隣にいる雪菜に何を言っても無駄だと諦める。

 目的地に到着する二人。気が進まない馬場を放って雪菜は先を歩いていく。アパートの階段を上がり、籠野武が住む二階の号室の前に来る。


「ノックしますよ」

「ちょっと待って下さい」


 ノックしようとする雪菜の手を止めた馬場は深呼吸する。緊張を和らげるチョコレートを馬場に渡す雪菜。二回ノックをしても籠野武は出てこない。不在だった。


「もしかして、籠野武は入れ違いで競馬場にいるのでは?」

「入れ違いですか」


 そう雪菜がドアノブを回すと扉が開く。鍵が開けっ放しだった。勝手に雪菜は入る。躊躇するも馬場も入る。部屋はとても荒れていて、まともに生活できる状態ではない。机の上には布が被せられた籠が置いてあった。その布を馬場が取る。


「雪菜さん、これって」


 中には一万円札の束が一つあり、数えてみると四十万ある。


「籠野武さんは大金を持っていた。だけど、この部屋を見る限り……未来から来た籠野武さんに聞きたいことがあります」


 馬場の携帯電話が鳴る。相手は豚間からだった。


「時間切れだそうです。間もなく籠野武の身柄を引き渡すそうです」


 雪菜は急いで警察署に戻る。馬場も同じく向かおうとするが、止められる。


「馬場さんは競馬場に向かって下さい」

「はい?」

「必ず籠野武さんに動きがあるはずです」


 車を走らせる雪菜。馬場は今いる場所から徒歩で競馬場に向かわなければいけなかった。

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