4年目【ブラックサンタ】後編
マルクは唖然としていた。銀行での本人確認などの手続きが済み、1000万の手形を入手したからだ。父も母も唖然としていたが、今ではその興奮と喜びでいっぱいだった。
「はは。や、やった」
「何買おうかしら」
「あのさ、凄く言いづらいんだけどさ」
「何?まさか貴方が当てたから貴方だけのお金と言いたいの?」
父が思い出したかのように顔を引きつり、後ろめたそうに後頭部に手を置く。
「いや、その、謝りたいことがあって……」
「何?」
「借金してたんだ。500万」
「……知ってたわ」
「え?」
「でもこれでチャラじゃない。もう二度としないでね」
「お前って奴は……」
マルクの父と母はお互いに微笑み、幸せそのものを体現していた。それだというのに、マルクのざわめきは止まらない。
「まずは一つ目、お前の父の借金問題解決」
マルクのすぐ横にカラスのように舞い降りたのは、ブラックサンタとそれを追い掛けてやって来たアンジェリーナだ。
「本当に神様?」
「何度も言わせるな」
「じゃあ母の浮気は?相手は学校の先生だ」
「せっかちだな。今に分かるぜ」
「何が目的で僕を助ける?」
「神様だから、当然のことをしてる。子供の幸せを願って悪いか?」
思ってもいないような表情から薄っぺらな言葉が吐き出された。これには、隣に居るアンジェリーナも両目を細めてブラックサンタを睨みつける。
* * *
動くクマのぬいぐるみから始まって、朝から不思議なことでいっぱいだ。そのせいか、頭も体もグッと疲れているような感覚。自分の願いが叶っていくのに、この世の理を踏み越えたような罪悪感。
それに覆いかぶさるように、雪が強くなり、視界が徐々に白いものへと変わる。
「誰?」
その雪道に現れたのは、見覚えのある背格好と服装。赤と白のサンタの帽子と服を纏う少年。
「サンタ?いや、ブラックサンタだったか?」
「やはりそうですか。マルク、貴方が願い人」
「ブラックサンタじゃない?」
よく見れば、今朝出会ったブラックサンタとは違う存在だ。黒い服装でもないし、近くにアンジェリーナやポム吉は居ない。なにより、その表情が似ても似つかない程穏やかだ。その穏やかな表情には、哀れみのような切ない感情も含まれているような気がして、マルクはほんの少し胸が痛くなる。
「私はサンタクロース。貴方が願いを叶えてもらっている存在は神ではないです」
人通りが多くなってきた。それだというのに、誰一人サンタクロースを見ていない。
「貴方は知らずのうちに契約してしまったんですよ。破滅を導く悪魔との契約を」
「契約?」
「このまま三つの願いが叶うようなことがあれば、貴方は魂を奪われる。すなわち死ぬのです」
「なんだと?」
「今からでも間に合います。契約を破棄しに行きますよ」
「はっ。ははっ」
雪が強くなる中、サンタクロースがその白い手を差し伸べる。しかし、マルクは気が来るったようにあざ笑い、悪魔のような微笑みを浮かべた。
「願った通りじゃないか」
「……死ぬんですよ?生まれ変わることもないんです」
「僕は絶望が来る前に居なくなりたいと願った。契約を破棄すれば絶望はやってくる。僕の人生ずっとこうなんだ。何か一つ乗り越えても、すぐに不幸がやてきて……もう戦えない……疲れたんだ」
「その痛みを知るなら貴方は立派な大人になれる」
「もういいんだ。去年は大好きだったお爺ちゃんが死んだ。先月はいじめで幼馴染を無しくた。そんな中小さな絶望が……更にまた僕を貶める。この苦しみ、サンタなんかに伝わるか……」
泣き崩れそうになるマルク。それを涙ぐんだ瞳で憐れむサンタクロースは、プレゼントボックスからマジックのように犬のぬいぐるみを出す。
「ボブゥ~」
眠たそうな犬のぬいぐるみはそのままマルクに甘えるように腕の中に入る。
「じゃあ逆に私のお願い聞いてくださいよ。死ぬ前の人助けだと思って」
「お願い?」
「クリスマスが終わるまでは頑張って生きてください。26日になれば好きにしていいですから」
「何だよ……それ」
「これも契約です。もし破れば、私は貴方の大事な人の命を貰う。ブラックサンタがやっているようにね」
「大事な人?」
マルクの脳裏に浮かぶのは、微笑む父と母の姿。それを思ってもう一度サンタクロースの方を見上げた。
「そんなの許すわけ」
冷たい目だ。ブラックサンタのあざ笑うような悪魔の目ではない。何を考えてるのか想像のつかない冷酷で無感情な邪神のそれだった。仏のような微笑みを浮かべていた少年とは思えない。
「急いでください。ブラックサンタは二つ目の願いを叶えた」
そう言ってサンタクロースは新聞のニュース記事を見せる。そこに乗っているのは、交通事故によるこの町の住人の死亡。
「は?う、嘘だろ……ついさっき?」
「貴方の学校の先生。つまり、お母さんの浮気相手です。ブラックサンタは合理的に問題を解決する気です。手段など択ばない」
「はぁはぁ」
「もしクリスマス中に願いが全て叶って貴方が死ねば、ご家族はどうなるのでしょうね」
「おい待て!契約破棄だ!できるんだろ?」
「私は願いを聞いてもらう側なので無理ですよ。願いを叶える側ではないと契約破棄はできないです」
「はぁ!ブラックサンタ!!出て来てくれ!おい!神なんだろ!!」
人々が見てる中、マルクは端など覚える余裕もなく天高く叫んだ。しかし、いつもこちらを監視しているはずのブラックサンタは出てこない。
「何で!おい!ポム吉!アンジェリーナ!ブラックサンタ!」
「……」
「まさか家か?いや違う……僕の三つ目の願いはいじめ。学校の連中か?」
嫌な予感がした。そう思って、近くにある電話ボックスに入り、震えた冷たい手で小銭を取り出す。
「はいもしもし」
「ノア君居ますか?」
「え?」
「あ、えっと、学校の友人なんですけど、学校に忘れ物あって……冬休みなので……」
勢い電話をかけたので、話が纏まらない。しかし、マルクからしてみれば、話したいことなどなく、ノアという少年が居るか居ないか、どこに居るのか知りたいだけだ。
「あ~!ノアなら友達と公園行くって言ってたわよ」
「公園?それってフォンデルパーク?」
「そうよ。ついさっきかしら?飛び跳ねるように出っていたの」
まだ話していた途中でマルクは電話を切って、電話ボックスから飛び出した。そして、さっきまで居たサンタクロースが居なくなってるのを二度見し、歯を食いしばって走り出す。
「間に合ってくれ」
* * *
公園についた時には、寒さも恐怖も一切なかった。あるのは焦りとくっくりと映る冬の景色。その公園はとても広々としており、マルクが探している少年がどこに居るのかパッと見て分からない。
「おいあぶね!」
「は!」
小さな雪山からソリに乗った少年たちがマルクを吹き飛ばした。マルクはソリにぶつかり、雪山から転げ落ちて背中から着地する。
「っておいおい。マルクじゃねえか」
「はは!何で居るの?」
「学校でのお仕置きじゃ足りなかったようだぜ」
マルクは雪山から顔を覗かせる三人を見て、学校でいつもいじめられている景色を重ねる。だが、今は全く痛くも痒くもない。それどころか、三人が何ともなくて安堵している。
「はっ!ははは!!生きてる!生きてやがる!」
「は?」
「何こいつ。きもいわ」
雪に埋もれるマルク。そんなマルクを囲うように三人が降りてきた。
「メリークリスマスマルク。プレゼントはもらえたか?」
「ああ、最高のプレゼントだ」
「じゃあ俺からのクリスマスプレゼント」
少年たちの一人がマルクを軽く踏みつけ、他の二人がニヤニヤと笑って雪玉を作る。
「お前の幼馴染、自殺した理由」
「お前らがいじめたからだろ。それで僕を標的に変えた」
「そうだけど、ちょっと違う。あいつが死ぬ前に言ってたぜ」
「……」
「マルクは俺を救えないって」
幼馴染の顔が過る。マルクに比べて笑顔の多い明るい少年だった。いつも一緒だった訳ではないけど、休日はよくゲームをして遊んでいた。その笑顔が鮮明に蘇る。
「だろうね」
一瞬苦しい痛みが襲ったが、すぐに腑に落ちた。幼馴染が亡くなったあの日、マルクも幼馴染も笑っていなかった。その記憶は、二人共怒っていた。
「信じてないな?」
「いや、納得してるよ。だってあの日、あいつは僕に対して怒った」
思い出す。幼馴染が死ぬ三日前。怒りを露わにした幼馴染に殴られたあの痛み。
『これ以上関わるなって言ったろ!あいつらの標的がお前になるところだった!』
『僕は間違ってない。君を救いたいだけだ』
『お前じゃ俺を救えない』
『は?』
『そうだろ?俺がお前を救えないんだから』
あの時は怒りでいっぱいだった。だからあの言葉の意味がそのままの意味でしか捉えられなかった。今やっと腑に落ちた。
「この中二病野郎が!」
雪に埋もれたまま蹴られ、殴られ、雪を入れられる。それだというのに、痛みも苦しみもない。むしろ清々しいとすら思える。
(あいつを自殺に追い込んだのは僕だった)
結局、マルクは反撃することなく一方的にリンチにあった。冷たい雪と風だけが孤独になったマルクを襲う。そんな中、ブラックサンタが木の上に見えた。ブラックサンタは黒い弓矢を持っており、それを立ち去るいじめっ子達に向けている。
「悪魔、見つけた。見つけたぞ……」
このまま死ぬかのような気持ち。雪に身を預けたかった。だが、体は思考より先に動いていた。
「がはっ!」
「てめぇマルク!!」
ブラックサンタが弓矢を引いたと同時に、マルクがそれを庇うようにいじめっ子三人に飛び掛かった。
「このこの!離れろ!」
「死にてぇか!!」
「もういい。行くぞ」
三人は離れないマルクを引っぺがして痰を吐いて立ち去る。そこに、ブラックサンタが服を翼のように広げて、ふわっと着地する。
マルクの背中には、黒い矢が刺さっており、マルクの瞳に光はなくなっていた。
「やはり人間は……愚かだな」
そう言って黒い矢を引き抜こうとする。
「いいえ」
瞬間、強風と共に神の如く誰かが現れる。それは真っ赤な服に包まれる本物のサンタクロース。悲しい瞳をマルクに向け、その瞳を上げてブラックサンタに目を合わせる。
「よぉ、ニコラウス」
「ブラックサンタ、彼は貴方の思い通りにいかなかった。愚かなのは貴方では?」
「確かに三つ目の願いは叶わなかった。でも、居なくなりたいっていう願いは叶えた」
「それは建前。彼の本当の願い、貴方も聞いたでしょう?」
「何?」
「平和です。小さな平和ですよ」
* * *
公園だ。いつもいじめられていた公園。雪でいっぱいのはずが、見える景色はなごり雪だ。そこのベンチには、今一番会いたい少年が居る。
「メリークリスマス」
「君が居るってことは、ここはあの世?」
「あの世なら、楽だったろうな」
「……」
マルクの隣に居るのは、自殺した幼馴染。今ここが夢かのような不思議な時間だというのに、不思議と今この現象を受け入れている。
「去年、お爺ちゃんが死んでから何もかも上手くいかなかったよ」
「知ってる」
「思い返せば、あの時から君は僕に手を差しのべていた。それなのに、僕はそれを拒んだのに……君を救えると勘違いしていた」
「そうさ。結局のところ、自分を救えるのは自分だけだ」
「それでも手を取ればよかった。それはきっと、自分を救う助けになった」
落ち込むマルクに無言で背中を撫でる少年。少年はそれ以上何も言わず、ゆっくりと立ち上がった。
「それは俺の方が思っている。だからもう後悔ないような選択をしろ」
* * *
「……」
目が覚めた時、マルクは泣いていた。だが、寒さは全くなく温かい布団の中だ。時間と日付を確認し、今が12月25日の朝だと知る。
「全部、夢だったのか?」
起き上がり、カーテンを開き、朝日を浴びる。
「ふぅ〜。起きるか」
そう言って窓に息を吹きかけるマルクを見ているのは、サンタクロースとアンジェリーナ。その少し遠くでは、ブラックサンタがつまらなそうにアイスクリームを舐めている。
「何も変わってないのよね?借金も不倫も、いじめられている現状も……幼馴染も居ないまま……そうなんでしょ?」
「ええ。でも今の彼なら全ての困難を乗り越えられるでしょう。彼は自分で願いを叶えられる。そうでしょう?ブラックサンタ」
ギラっと横目で睨むサンタクロース。ブラックサンタはそれを横目で見て、白い息を吐きだした。
「己の翼で飛ぼうとする者は嫌いじゃない」
「答えになってませんね~」
「……」
微笑みを向けて首を傾げるサンタクロース。それは揶揄うような笑みで、ブラックサンタに舌打ちをさせる。だが、家の玄関を出て、口紐を結んで歩きだしたマルクを見て少しだけ表情を和らげる。
「そうだな。俺もそう思うよ」
ブラックサンタは無表情だった。だが、その隠された感情を覗き込むような瞳と共に、サンタクロースは頬赤くして僅かに微笑んだ。




