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クリスマスの夜に  作者: ビタードール
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2年目【死に出の地】後編

 老夫婦の手を取ったアンジェリーナは、焦りと困惑の中に居る。だが、それは老夫婦も同じことだった。


「「リディ!」」

「わあっ!!」


 老夫婦が幽霊でも見るような目で驚き、アンジェリーナの手を離した。おかげで、アンジェリーナは再び川の中へ落ちる。


「大丈夫ですか?」

「元はあんたが原因でしょう」

「へへっ」


 すぐにニコラウスのボートが近くを通り、アンジェリーナを引き上げる。そして、二人は先程の老夫婦とボート越しに顔を合わせた。


「なんとまあ!孫のマリックまで!?やっぱあんたリディかい?でもどうしてだい?ばあ様」

「私も分からんよじい様……夢でも見てる見たいだ」

「だけど……どうして?し、死んだと聞いたんだが……死者リストにもあった」

「あんたどうやって生きてたの!?」


 老夫婦は困惑し過ぎて腰を抜かし、ボートの上で腰を強く落とした。ニコラウスもアンジェリーナも首を傾げるが、アンジェリーナがすぐに悟ったように口を開いた。


「すみません。私リディじゃ……人違――」

「お爺さんお婆ちゃん!やっと会えた!」


 だが、アンジェリーナを妨げるようにニコラウスが可愛らしい笑顔を浮かべる。それを見て、アンジェリーナがすぐに耳打ちをする。


(ちょっと何の真似!?)

(私は老人が好きなんですよ。特に女性は老婆が一番美しい。だからガッカリさせたくないのです)

(一芝居打とうって話?嫌よ私!)

(今こそ見せて下さいよ。名女優の演技力ってやつを)

(私はジョリーじゃないわ!ただのアンジェリーナ!できる訳ないでしょ)

(じゃあ今日だけクリスマスのジョリーで居て下さい)

(ダメ!変に誤魔化すのは良くないわ。ガッカリさせるの覚悟で本当のこと言いましょう)

(いやです)


 ニコラウスは、アンジェリーナから離れてボートを漕いで岸へ向かおうとする。


「とりあえず岸に上がろうよ!」

「そっ、そうじゃな!」


 * * *


「取り上げず家じゃ!い、家に帰ろうばあ様」

「ええ。そうね。二人も疲れてるだろうし、ここじゃ落ち着かないわ」

「来なさいリディ、マリック」


 アンジェリーナは、不満そうにしながらも老夫婦とニコラウスに着いていく。


(ちょっと、私ノルウェー人よ。何でインド人と間違われるのよ)

(ボケてるんですよ。美しさの代償です。まあ、それがまた可愛いのですが)

(仕事はどうするの?願い人は放置?)

(願いを叶えるだけならすぐ終わります。魔法みたいにささっと)

(もう知らないっ)


 二人が揉めてる内に家に着いたようだ。家はかなり大きく、裕福な家庭と見られる。


「さあ。今日はクリスマス。寒いでしょう?今シチューを持ってきますからね」


 お婆ちゃんは、先程より落ち着いてるように見える。もう困惑しておらず、目の前のことを受け入れている。だが、お爺さんは少し気まずそうで、何だか逆に緊張しているみたいだ。


「リディ、貴方病気で亡くなったと聞いてたけど、どういうことなの?」

「な、治ったのよ。凄い医者に助けられて……。病院側の早とちりで死亡者リストに載っただけ」

「あら、珍しいこともあるものね。けど良かったわ。けどマリックは?シュリアさんの実家に居たはずよね?」

「わ、私の子……よ?連れ出してきただけよ」

「そうわよね。けど良かったわ。私は入院中であまり二人と会えてなかったから……今夜のクリスマスは一緒に過ごせるわね」

「ええ」

「ところで、リディ。貴方亡くなったと聞いてたけど、どういうことなの?」

「え?」


 空気の流れが変わった。お爺さんは困ったようにため息を付き、疲れた瞼を下す。


「お婆ちゃん、シチューは?」

「シチュー?あ、そうだったわね。今持ってくるわね」


 シチューを出すと言って台所に行ったのに、そのシチューもテーブルに出されていない。


「リディ、ばあ様の認知症は日に日に増していおる。どうか、どうか長くこの家に居てはくれないだろうか?」


 お爺さんがそう言うと、アンジェリーナは悟ったようにコクッと頷く。


「そういえば今夜のチキンとケーキを買ってないわ。じい様、買いに行きましょうよ」

「そ、そうじゃな」

「皆支度して、買い物に行きますよ」

「いや、買い物はばあ様とマリックで行ってきなさい。私とリディは掃除や飾り付けをするから」

「そう?ならそうしましょう。マリック、行きますよ」


 ニコラウスはお腹を押さえ、肩に居るポム吉と目を合わせる。


「パトカー(お腹空いた)」

「私もです」


 そう言いながらも、ニコラウスはお婆さんに着いていき、家を出て行く。しかし、ポム吉はドアノブに頭をぶつけ、その場に転げ落ちる。


「ほわっ!」


 起き上がって家を出ようとするも、すでにお婆さんとニコラウスの姿は居ない。そう、誰にも気が疲れず、置いてかれたのだ。


「そんな!?」


 * * *


 家に残ったアンジェリーナは、お爺さんとクリスマスの飾りつけをしている。ボロを出さないよう、極力自分から話しかけず、気を使いながらの飾りつけだ。


「その……シュリアのことじゃが……ほんと、残念じゃったな」


 お爺さんから話しかけられ、アンジェリーナは困ったように間を開ける。何のことを言ってるか分からないアンジェリーナにとって、どう返そうか考えるだけで頭が痛くなる。


「何のこと?」

「そうじゃな。二年前のことを言われても困るよな」

「……」

「お前さんの夫、シュリアは火事に見舞われて死んだ。今の私とお前のように二人きりでクリスマスの準備をしてた日のことだ」

「……」


 何だが空気が重くなってきた。余計なことも丁寧に話してくれるおかげで、アンジェリーナは次第に話の内容を理解し始めている。


「リディ……」

「ッ?」


 お爺さんはアンジェリーナの方を向いて、少し距離の離れた台所近くから深く土下座をした。そして、暖炉の火が燃え上がると同時に激しく声を上げた。


「シュリアを殺したのは私だぁ!ばあ様が病院通いになって寂しかった私はお前とマリックに居て欲しかった!全部私が悪いんだぁ!あいつはいい奴なのに……金目当てでお前と結婚したと勘違いした上に、お前を取られた嫉妬で私はぁ!お前が私から距離を置いたのも全てあいつのせいにして!挙句の果てにあいつを刺殺した!お前を自殺に追い込んだ原因を作ったのは私なんだぁ!許るさなくていい!本当に悪いことをした!ごめん……けど……もう私は……この罪に耐えられない」


 突然のことで、アンジェリーナも少し困惑している。だが、すぐに疑問をぶつけた。


「シュリアは火事に見舞われたんじゃないの?刺殺したってどういうこと?」

「私は……シュリアをナイフで刺した。だが、あいつは怒る訳でも苦しむ訳でもなく、『すみません』と謝って家を燃やしたんだ。私を殺人犯にしない為、お前を不幸にしない為……。その時の寂しい顔を今でも鮮明に覚えている」


 アンジェリーナは冷たい瞼を下ろし、その時のシュリアと同じ表情を浮かべた。他人の家に土足で入り込んだ気分になって、申し訳なさと苦しさでいっぱいになる。


(どうやら、リディって人は夫を亡くしたショックで自殺したのね。話が見えて来た)


 なぜだか、アンジェリーナは亡くなったリディの気持ちになっていた。それは、自分も一度深く愛した恋人を失っているからだ。自殺する程の苦しみが痛い程分かる。


「お父さん、顔を上げて」

「……」


 顔を上げたお爺さんに向けて、アンジェリーナは優しく寂しい微笑みを見せる。


「全て話してくれてありがとう。それと、今まで冷たくしてごめんなさい」

「リディ……」

「全て許すわ」


 アンジェリーナがそう言うと、お爺さんはガクッと首を落とし、ガックリした様子で下を向く。その表情は、次第に曇っていくようだ。


「違うんだ」

「何が?」

「私が欲しかったのは許しじゃない。罪に対しての罰じゃ……」


 顔を上げたお爺さんは、失望した表情で涙をボロボロと流している。その心は、もう壊れているようにも見える。


「自分勝手なのは分かっとる……それでも、怒りを露わにしたお前に殺されたかった。お前ならそうすると思っていたが、どうやらお前は大人になってしまったようじゃ。私だけが変わらぬまま」


 お爺さんはそう言い、台所の棚から薬を取って靴も履かずに家を出ようとした。


「死にに行く気?」

「リディ、すまなかったな」


 お爺さんが振り返らずそう言うと、アンジェリーナは走り込んで背後からお爺さんを殴った。


「うっ!」

「これで満足か爺!結局は罪悪感から逃げたいだけだ!すまなかった?思ってもいないことをペラペラと……。立ちなさい!この程度じ足りないでしょう?妻と娘と孫の為に生きようって思えるまで殴ってあげるわ」

「……」


 怒鳴るアンジェリーナは、指の骨を鳴らしてやる気満々だ。だが、お爺さんは疲れた目で泣いており、黄昏た表情でその場で座り込んでしまう。


「いや、十分じゃ。これ以上は本当に死んでしまう」

「結局生きたいんじゃない」

「そうじゃな。だって、娘と孫が帰って来たのだから」

「気が済んだら準備手伝いなさいよ」


 アンジェリーナは、演技ではないイラつきを見せ、玄関から離れて行く。その道中、下駄箱の上で羨ましそうに手を加えるポム吉に会う。


「何?貴方も殴られたいの?」

「ぜひ頼む」


 ポム吉は殴られた。


 * * *


「お腹いっぱい!」

「私も」

「あらま、じい様たら酔いつぶれてるわ」


 その夜のクリスマスパーティーは、お爺さんにとっては安らぎそのものだった。酔いつぶれて寝てしまっているが、意識は微かにあり、三人の声が聞こえている。


「毛布掛けましょう」

「あら、ありがとうリディ」

「お母さんも座って。片付けは私がやるから」

「あらあら、ありがとう。なら少し休むとするわ」


 お爺さんの眠りに入る数秒前だった。その眠りの狭間が死んでしまう程心地よく、殴られた頬の感覚を敏感にさせている。


(なんて幸せな一日じゃ)


 気が付くと、お爺さんはガンジス川の岸に居た。それも朝日が昇りきっていない時間で、周りには誰も居ない。ただ一人を除いて。


「良い朝ですね。お義父さん」

「シュリア?」


 お爺さんの目の前には死んだはずのシュリアが居る。ヨガをしており、横にはワインが入ったグラスが二つ。


「何でお前が……いや、そうか。シュリア、すまなかった。私は娘を信じてやれなかった」

「謝りたいのはお互い様です。けど、その前に……一杯どうです?」


 シュリアは、ワイングラスを持って、階段上のお爺さんを待っている。お爺さんをは、フッと鼻で笑い、気が抜けたように笑顔を見せた。


「一杯じゃ終わらんぞ」


 * * *


 ご馳走様を終えたニコラウスは、ゆっくりと立ち上がった。そして、アーメンのポーズを取って玄関へと向かおうとする。


「帰りますよ、アンジェリーナ」

「待ってサンタさん!二人共息をしてないの。心音も脈も止まってる」

「だから……行きますよ」


 アンジェリーナは、抜け殻になってるお爺さんとお婆さんに触れて悟ったようにニコラウスの方を見る。


「貴方がやったの?」

「……」

「そう……今日の願い人はこの夫婦だったのね」

「そうです」

「わざわざ殺さなくもいいじゃない」


 アンジェリーナは、怒りと不満の態度を見せる。


「今日は死ぬにはいい日です」

「それを決めるのは貴方じゃないわ」

「娘に謝って楽になりたい……それが彼の願い。私はね、人の幸せの為なら何でもします。その老夫婦は幸せな死を願ってました。今日を逃せば二人は違う日につまらない死を迎えていた。私は人の願いなら全て分かります」

「そうね。けど、私の目の前で死んでほしくなかったわ」


 ニコラウスは、不思議そうに振り返る。そして、少年のような純粋な瞳で「なぜ?」と問いかけた。


「目の前で人が死ぬのよ」

「けど幸せな死です」

「幸せな死なら良いって話じゃないの。死なれると悲しいじゃない」

「いいえ。私は祝福します」

「ッ……」


 穏やかな笑みを浮かべるニコラウスに対し、アンジェリーナが強くビンタをした。それを見て、ポム吉が羨ましそうにする。


「何で叩かれたんでしょう?」

「それは僕の役だ!」


 ニコラウスは首を傾げ、ポム吉は悔しそうにする。


 * * *


「到着しましたよ、お客様」

「ありがとうサンタさん」


 ノルウェーの教会に到着したのは、クリスマス終了の1時間前だ。二人共、特に気まずそうではなく、普段通りの表情と態度だ。恐らく、ニコラウスとポム吉のおかげだろう。


「では、私はこれで」

「……さっきは叩いてごめんなさい」

「いえ。癇に障るような真似をした私が悪いのです。お許しください、アンジェリーナ」

「許しは女神様に貰って」

「それは遠慮します。私は女神様に嫌われているので」

「フフッ、何それ」


 アンジェリーナは冗談交じりに笑ったが、ニコラウスの表情は真剣で寂しそうだ。


「では、また来年」

「ええ、クリスマスの夜に」


 ニコラウスは、ポム吉にサンタ坊を被せ、音楽を鳴らしてたずなを引っ張り、雪の降る夜の街へと消えて行った。

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