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ヴァイオレットと転換点(2)

 そう決意を新たにしたものの、人間そんなすぐには変われるわけもなく、今日も私は寝不足と頭痛に悩まされながら、化粧で顔の疲労を誤魔化しつつ、一人黙々と任された仕事をこなして一日を終える。

 毎日、その繰り返しだ。


 このままではいけないと思うし、変わりたい、変わらなきゃとも思うけど、具体的に何から始めればいいのかが分からない。

 気の持ちようなのかもしれないけど、今の私はネビーさんのように『何があっても自分だけは最後まで自分の味方』だと信じ切れない。

 自分のことすら信じられないのに、誰かに信用して欲しいだなんて、土台無理な話だ。



「はぁー」


 自室のベッドに転がりながら、深いため息を吐き出し、目を閉じて私が倒れた日のその後に思いを馳せる。


 ◇ ◇ ◇


 意識の戻った私はネビーさんに言われた通り、重い足取りで夕食前に隊長室へと向かった。

 隊長さんと顔を合わせるのはまだ少し気まずかったけど、私が開口一番に迷惑をかけたことを謝ると、隊長さんは表情を和らげて私の体調を気遣う優しい言葉をかけてくれた。

 ただ、そのあとで「倒れるまで無理をするな!」と叱られ、私が「今後、同じようなことがあった時にご迷惑をおかけしないよう、部屋を出る時は鍵を決まった場所に預けるようにしようと思います」と提案すれば「俺の話を聞いてなかったのか? 『また倒れるようなこと』がないように『無理をするな』と注意したはずだが」と、鬼のような形相でめちゃくちゃ怒られた。

 その後も長々と続く隊長さんの説教に、私はしゅんとした顔でひたすら頭を下げ続けるほかなかった。


 隊長さんの後には、もう一人。

 オーレンさんにも、今朝の暴言と余計な心配かけたことについての謝罪をするために会いに行った。

 その時はいつものように笑って許してくれたけど、それ以来オーレンさんはあまり私と会話をしてくれなくなった。

 別に無視されたり、避けられたりしているわけではないし、顔を合わせれば以前のように笑顔で挨拶してくれて、軽い世間話もしてくれるけど、ただそれだけだ。

 今までのように、オーレンさん自身のことや砦内のこと、近くの村や町でのお得情報など色々な話題を次々と話してくれることはなくなった。

 自業自得だということはわかっているけど、そのことがひどく寂しい。

 だけど、酷い言葉で傷つけた私に普通に接してくれようとしているだけで、オーレンさんは十分優しいと思うし、有り難いとも思う。

 だから、今はこれ以上のことは望まない。


 いつか隊長さんにもオーレンさんにも、この砦にいる全員からも認められるように、まずは今の私にできる精一杯のことをやるしかない。


 ◇ ◇ ◇


「はぁー」


 最近一人になると、気づけばため息ばかりが口から出ていく。

 仕事の日は頑張ろうと一日中気を張っているせいか、その反動で休みの日には無気力になって一切何もする気になれない。

 ただ自室のベッドに手足を広げて転がり、ぼぅーっと天井を見つめ、気づけば一日が終わっている。


 ここしばらくは、休みの日に部屋から出るのも億劫で、食事も食べに行っていない。

 もともと食堂の食事をあまり食べたいとも思わないし、お腹が空けば部屋に買い置きしている干し肉や干し芋をかじれば十分だ。

 そんなことが数回続いた頃に、一度ネビーさんから「食堂へ行くのが難しい日は、部屋まで食事を運ぶようにしましょうか?」とやんわり提案されたけど「ただあまり食欲がないだけなので」と断った。

 さすがにそこまで甘えるわけにはいかないし、仕事の日は食欲がなくても、きちんと食堂で朝夕の食事はとるようにしているから体に問題はないし、休みの日くらい許して欲しい。


 そして休日の今日も、鎧戸だけは開けて陽光を部屋に入れてはいるけれど、何もやる気にならずベッドの上でごろんと仰向けに転がって、いつの間にかできていた天井の角に張られたクモの巣にかかった干からびた獲物を無感動で眺める。


 この土地は乾燥しているから、死んでから干からびるまでも早いのだろう。

 私もこのまま、自分が変わる前にカラカラに乾いて朽ちていくのだろうか。


 ぼんやりとした頭で干からびた虫と自身を無意識に重ね合わせていたところ、部屋の戸をノックする音で現実に引き戻された。


「休みの日にすまない。シュロだ。少しいいだろうか?」


 声に反応して、素早くベッドから身体を起こす。

 隊長さんがわざわざ休みの私の部屋まで訪ねてくるなんて、何か急を要することでもあったんだろうか? ボサボサの髪に普段着&素っぴんのままだけど、仕方ない。

 私は返事をすると、観念して部屋の戸を少しだけ開けた。


「あの、なんのご用でしょうか? 急患でも出たんでしょうか?」

「いや。そういうわけではないのだが……」


 私の顔を見るなり、隊長さんが一瞬ぎょっとした表情になる。

 まあ、無理もない。私も朝起きてすぐ鏡に映るボロボロの自分の姿を見たら、そんな顔になるもの。もっとも、最近はその状態にも慣れてしまって驚くことはなくなったけど。

 一応、申し訳程度に手櫛でささっと髪を整えると、隊長さんはすぐに動揺を押し隠すかのように咳払いを一つして、いつもの毅然とした態度に戻る。


「先生宛の手紙が王都から届いていたから持ってきた」


 そう言って、隊長さんが一通の封筒を私に差し出してきた。

 クレパ砦は立地的な問題で、郵便は月に一度まとめて届く。届いた郵便は、いったん隊長さんやネビーさんが仕分けて、個人宛のものは後日個別で手渡される。

 ちなみにクレパ砦から郵便を送りたい場合は、事前に隊長さんやネビーさんに預けておくことで、クレパ砦宛の郵便を届けに来た配達員がそのまま集荷もしていってくれる。

 月に一度の集荷日まで待っていられないという場合は、自分で郵便局のある大きめの町まで持っていくという方法もあるそうだ。


「わざわざお持ちいただいたということは、何か急ぎの手紙だったのですか?」


 王都からなら、私の人事に関するお知らせという可能性もある。

 もしかして治癒師として、まともに仕事できてないことがバレて解雇とか――。


 ビクビクしながら、差し出された封筒を受け取ると、隊長さんが首を横に振って否定する。


「いや。王都から届いたただの私信だ。公的文書でも急ぐものでもない」

「それなら、明日の就業時にでも知らせていただけたら、自分で受け取りに行きましたのに」

「休みの日のほうがゆっくり読めるかと思ってな。それに知人からの手紙を読めば、少しは元気になるかと……」

「えっ?」

「なんでもない。休みの日に邪魔をして悪かった」


 ばつが悪そうにそそくさと立ち去っていく隊長さんの後ろ姿を見送り、自室の戸に内鍵をかけた私は手にした封筒へと視線を落とす。

 封筒の表面に書かれた宛先は間違いなくヴァイオレット()宛だ。


「誰からだろう?」


 個人的に私と手紙のやり取りをするほどの関係があって、なおかつ手紙を書けるほど読み書きの堪能な知り合いなんて、治癒師仲間以外だと数えるほどしか思い当たらない。

 治癒師は仕事柄一つ所にいるとは限らないので、治癒師同士のやり取りは治癒師協会を介することが多い。つまり郵便で手紙を直接送ることはほぼない。

 一番可能性がありそうなのは孤児院の院長先生だけど、封筒に書かれた宛名の筆跡が院長先生のものとは違う。

 ただ筆跡に関しては、手を怪我して誰かに代筆を頼んだという可能性もあるので、それだけで一概に違うとは言い切れない。

 でもよく考えたら、そもそも院長先生にはしばらく王都を離れることになったことは伝えたけど、具体的にどこへ行くかまでは話していないはずだ。

 それに、私がクレパ砦へ行くことになったことは王都の知り合いの誰にも言っていない。

 だから本来なら、私宛の手紙なんて届くはずはないのだ。


 もしかして知り合いの誰かが、私に緊急の知らせがあってお城に私の行き先を問い合わせたとか?

 でも、そうまでして私に知らせたいことがあるのなら、普通は速達便で送るわよね?


 速達の場合は特別な消印が使われるので見ればすぐにわかる。

 だけど、届いた封筒に押された消印は普通のものだ。


「いったい誰が……」


 くるりと封筒を裏返して、差出人の名前を確認する。

 そこに書かれた名前を正しく読み取った私は、動揺から危うく封筒を取り落とすところで、なんとか耐えた。

 何かの間違いかと思い、震える指先でゆっくりと差出人の名前をなぞる。

 角ばって力強い、だけど丁寧に分かりやすく書かれた文字。

 そこに書かれていた名前は――。


「アスター」


 気づけば、自然とその名前が口からこぼれ落ちていた。

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