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ヴァイオレットの奮闘(3)

「さてと、飯も食ったしそろそろ行くかー」


 ネビーさんの無言の圧を感じたわけではなさそうだけど、ちょうど話が一区切りしたこともあり、オーレンさんが誰に聞かせるでもなくそう声を上げる。その言葉で思わずオーレンさんの皿に目をやると、宣言通りお皿は空っぽになっていた。

 ずっと喋りっぱなしだったのに、いつ食べていたのだろうか?

 ふと隣のネビーさんの様子も気になり視線を送ったら、ネビーさんもすでに完食していた。

 オーレンさんもネビーさんも私より後から来たのに食べるの早くない?

 それともいつ緊急招集があるかわからないから、兵士はみんな食べるのが早いのだろうか?


「あれ? せんせーの皿、全然減ってないけど食欲ねぇの?」


 ほとんど手つかず状態の私の皿を見て、オーレンさんが不思議そうに尋ねる。

 その言葉に私は首を横に振って返事をした。


「そういうわけじゃないんですけど、毎日代わり映えのしないメニューで、少し飽きてきたかなって」


 そう。クレパ砦の食事内容についても私の悩みの一つだ。

 この辺りの土地は乾燥しているため、栽培できる農作物が限られている。だから食事には、この辺りでも収穫できる麦や豆や芋などの乾燥に強い一部の品種が主に使われている。あとはそれに干し肉や魚の干物や野菜の酢漬けやドライフルーツなどが日によってつく。

 もちろん、調理法や味付けを変えるなど工夫しているのはわかる。だけど使う食材が同じなら、いくら小手先で工夫してもたいした違いはない。


 王都にいた頃は、日々の食事なんて腹が膨れればそれでいいやと考えてわりと適当にすませる日も多かったけど、それっていつでも何を食べるかの選択肢が豊富にあったからこそできた贅沢だったのね。


 ああ。

 新鮮な肉が食べたい。

 活きのいい魚が食べたい。

 シャキシャキの朝採れ野菜が食べたい。

 かじると果汁が溢れる果物が食べたい。

 白くてふわふわのパンが食べたい。

 そしてなにより、米が食いたい。

 今ならゆで卵一個しかのってない『おやっさんの気まぐれ丼』でも喜んで食べるのに!

 アスターと一緒に『おやっさんの気まぐれ丼』を食べたのが、遠い過去のようだわ。


『そういえば、アマーリエさんと食べた野菜のクレープも美味しかったなぁ』と王都の食事に思いを馳せていると、オーレンさんが私の意見に賛同してきた。


「わかるわかる。たしかに飽きるよなー。おれもたまには厚切りステーキ食べてぇーって思うし。あーあ、この辺に狩りのできる山とか森があれば自分で調達してくんのになー」


 そうぼやきながら、オーレンさんが弓で獲物を射る振りをする。

 オーレンさんは入隊前、狩人として生計を立てていたらしく、地元では百発百中の凄腕として名が知れていたそうだ。

 実際弓の腕を買われて、現在は弓兵として働いている。


「そうは言ってもないもんはしゃーないし、ここら辺の旨い飯屋を教えるから、今度の休みにでも行って食ってきなよ」


 私にお勧めのお店のことを楽しそうに教えてくれるオーレンさんの言葉を遮るように、不機嫌そうな低い声が私達の頭上から降ってきた。


「朝っぱらからピーチクパーチク喧しいと思ったら、やっぱりお前か。オーレン」

「げっ! ゴード」


 声の主を確認するため顔を上げたオーレンさんが心底嫌そうな声を出す。

 私もその声につられて視線を上に向けると、まず目に飛び込んできたのは額の大きな傷跡だった。眉間にシワが寄り、より凶悪になった強面の顔。ツンツン逆立った黒髪と鍛えられた巨体から見下ろされる黒くて鋭い視線は、それだけで見るものを圧倒する。


「せめて飯の時くらい黙っとけ。お前の声は耳障りなんだよ」

「それならテメーが耳塞いどきゃいいだろーが! 少しはそのスカスカの頭でも使ってから物言えば?」

「頭スカスカなのはお前のほうだろうが。キャンキャン吠える暇があるなら、少しは静寂を尊ぶことでも覚えたらどうだ?」

「また小難しいこと言いやがって。うぜぇんだよ。ムカつく!」

「相変わらず、語彙が貧弱だな。オーレン」

「ああ? やんのか?」

「上等だ。弱い犬ほどよく吠えるってな」


 ガタンと勢いよく立ち上がったオーレンさんがゴードさんを睨み付ける。

 すると周囲の兵士達から「負けるなー」「やっちまえ!」と煽るような野次が次々と飛び交い、その異様な光景に私は目を剥く。

 そして、しばし睨み合った二人がお互いの胸ぐらに掴みかかった緊迫の瞬間、それを打ち消すように乾いた破裂音が響き「そこまでです」という鋭い一言がネビーさんの口から発せられた。


「ここは食堂ですよ。食事をしている方の迷惑になりますので、続きは場所を変えてからにしてください」


 手を打ち鳴らしたネビーさんが笑顔で二人に注意をする。

 特別大きな声を出しているわけでもないのに、食堂全体に響くネビーさんの有無を言わさぬ言葉に、注意された当事者二人だけでなく、さっきまで喧嘩を煽って囃し立てていた周囲の兵士達すら、水を打ったようにしんと静まり返る。

 今なら埃の落ちる音さえ聞こえるかもしれない。



「チッ。興が削がれた」


 真っ先に静寂を破り、そう吐き捨てたゴードさんがオーレンさんの胸ぐらから手を放し、そのまま自分の胸ぐらを掴んでいるオーレンさんの手を乱暴に振りほどくと、踵を返して食堂の奥へと向かって歩き出した。おそらく朝食を受け取りに行ったのだろう。


「おれももう行くわ。またね、せんせー」


 場に残されたオーレンさんもそう言うと、私に軽く手を振り笑顔を見せる。

 そのあと私の隣の席にいるネビーさんへ向き直り、綺麗なお辞儀で謝罪した。


「お騒がせして申し訳ありませんでした。ネビー補佐官。お先に失礼いたします」


 非礼を詫びたオーレンさんは、そのまま空の食器がのったトレーを持って返却口のほうへと向かう。

 騒ぎの元凶がどちらもこの場から立ち去ったことで、静まり返っていた食堂の空気も次第にワイワイガヤガヤとした元の空気に戻っていった。


「まったく。あの二人には困ったものですね」


 ふぅとネビーさんがため息を吐き、私に軽く頭を下げる。


「ヴァイオレットさんも、せっかくの食事中に騒がしくしてすみませんでした」

「いえ。ちょっと驚きましたけど、気にしてませんから」


 本当はかなり驚いたけど、それをネビーさんに言ったところでどうしようもない。

 それよりも――。


「もしかして、オーレンさんとゴードさんっていつもあんな感じなんですか?」

「そうですね。概ね、あんな感じです」

「だけどあの二人って、かなり体格差がありますよね? 色々と大丈夫なんですか?」


 それなりに背は高いけど細身のオーレンさんと背も高くがっしりした体型のゴードさんでは、明らかにオーレンさんのほうが不利に思える。

 しかしネビーさんは心配する素振りもなく、軽い調子で答えた。


「大丈夫ですよ。ああ見えて、オーレンさんは喧嘩慣れしてますから。おそらくこの砦で五本の指に入るくらいには強いですよ」

「……人は見かけによらないものですね」

「そうですね。あの外見でオーレンさんを甘く見た人は、皆さんもれなく痛い目を見ましたからね」


 ネビーさんがにっこりと笑って過去形で断言する。

 私の口からはもはや乾いた笑いしか出てこない。


 それにしても、ここでは兵士同士の喧嘩に対してわりと寛容なのね。

 王都では兵士同士が殴り合いの喧嘩なんてしたら、すぐに周りの人達が止めに入るし、場合によっては懲罰ものだ。

 だけどここでは、オーレンさんとゴードさんが喧嘩を始めても、周りの人達は止めるどころか野次を飛ばして囃し立てる始末。

 二人の(いさか)いを止めたネビーさんも、食堂で暴れるのを咎めただけで喧嘩自体は容認していた。

 こんなに価値観が違う環境で、私は本当にやっていけるのだろうか?


 考えれば考えるほど、気分が落ち込んでいく。

 なんとか前向きに考えようと思えば思うほど、嫌なことばかりが目についてしまい、そのことで自己嫌悪するばかりだ。


「そういえば、ヴァイオレットさんがここに来て半月ほど経ちますが、何か不足している物はないですか? ノーグ村へは何度か足を運ばれているみたいですけど、そこの雑貨屋で扱っている商品は品数が少なくて欠品も多いでしょう?」


 突然話題を変えたネビーさんが、私に話し掛けてくる。


「今度の休みにイゼルの街まで行こうと思っているので、何か入用の物があればついでに買ってきますよ? それとも休みを合わせてヴァイオレットさんも一緒に行きますか?」


 乗馬が苦手というのは聞きましたが……と、一言添えて提案してくれたけど、それは丁重にお断りした。

 特に欲しい物もないと伝えると、ネビーさんは気分を害したふうもなく「じゃあ、何かお土産を買ってきますね」と笑顔で答え、席を立った。

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