四話 外街
ギデアが階段を降りきると、階段の上り口に衛兵らしき人物が二人立っていた。
その二人は降りてきたギデアを見やると、ジロジロと服装を眺め、そして眉を寄せた。
「その格好からするに、挑戦者か? どうして、この階段を?」
「屋上から外の街を見て、面白そうだと思って降りてきた。駄目だったか?」
「駄目ではないが、この階段は養蜂家専用だからな。帰る時は登れないぞ」
「そうなのか。では帰るときは、地上の道で戻るとする」
「そうしてくれ。ああ、挑戦者の認識票は持っているよな。それをみせれば、挑戦者専用の検問で早く戻れるから、覚えておいてくれ」
「……検問なんて、あったか?」
「あるさ。まあ、挑戦者の多くは、この建物の中で生活が完結しているからな。外に出てくる機会が少ないから、検問があることを知らないことが多い。だからこそ、俺たちみたいな衛兵が『外街』で見かけた際には、こうして検問の話を伝えているわけだしな」
衛兵の言葉の中に聞きなれないものがあったことに、ギデアは気付いた。
「外街とは、この巨大な建物の外に広がる街のことか?」
「その通り。強大な建物の外にあるから、迷宮とは関係ない人たちという意味を込めた、『外』の街。だから外街。迷宮の出入口付近とは違う、他の地域にある街と同じような街だよ」
衛兵の言葉を聞きながら周囲を見回すと、確かに巨大建築物の中とは趣が違っていた。
まず挑戦者の姿が全く無い。それどころか、武器を装備している人が全くいない。魔物との戦闘で高ぶった気持ちが戻らない人や、仲間が死んで絶望している人の顔もない。
あるのは、ただ日々を謳歌している人々。植木に手酌で水をあげていたり、路地に出した机を挟んで賭け事をしていたり、店舗の商品の説明に精をだしていたり、目的地へ急いでいたり。そんな迷宮とは関係のない、普通の日常が広がっている。
ギデアは、この光景を目にして、自分が異なる世界に迷い込んだのではと錯覚した。
そして直ぐに、こちらの光景の方が当たり前で、迷宮付近にある風景の方が異常なのだと考え直した。
なにせ、ギデアの幼少期に住んでいた場所の光景は、いま目の前に広がる光景と似たものだったのだから。
しかしギデアは、目の前の光景に抱いてしまう違和感を拭えないまま、階段を守護する衛兵に別れを告げて、外街の中へと踏み入っていった。
ギデアが外街の中を歩いていると、出くわした人たちに視線を向けられる。
その視線は、普通の人なら気づかない程度の軽く伺うもの。
しかしギデアは、単独で迷宮を行き来できるほどの強者だ。弱い視線でも、敏感に察知することができる。
より強く察知すると、周囲の人たちからの視線は、ギデア全体ではなく、ギデアの外套から覗く装備に向けられていると分かる。それも外套から装備が覗いたとき。加えて右腕に装備している盾や体の革鎧よりも、腰に下げた剣が外套から覗いたときに注視の目が向けられているようだった。
ここでもギデアは違和感を覚える。
迷宮の出入口付近――挑戦者たちが闊歩している区画では、こういった視線を向けられることがなかった。
厳密にいえば、軽く伺うどころではなく、よりジロジロと無遠慮に見られることばかりだ。どんな武器を持っているのか、鎧や盾の使い込み具合はどのぐらいか、装備に金をかけているか否か。そういった値踏みを、挑戦者たちは自然と行っているからだ。
挑戦者が他の挑戦者の値踏みをすることは、間違いじゃない。むしろ、推奨されるべき行為と言える。
なにせ、いつか同じ仲間になるかもしれない相手だ。もし仲間になった際に相手の被った猫を見破れるように、常日頃から備えないといけないからだ。
ちなみに、そういう審美眼でもってギデアの見た目で判断すると、盾にも鎧にも傷が少ないのに外套だけはボロボロな様子は、大して魔物と戦っていないから外套を買い替える金すらも捻出できない雑魚、という評価になってしまう。
この評価もまた、ギデアのことを【ホラ吹き】と仇名する原因の一つとなっているのだが、それを当のギデアが気付いてないのは残念なことだった。
ともあれ、外街の住民から向けられる、こそこそと伺う視線は、ギデアにとって小さな不快感を感じさせる。
小さな虫が視線の端を飛んでいるような、無視しようと思えばできなくもないが、気にならないといったら嘘となるような、そんな微妙な心持ちだ。
ここは少し、どうしてそんな視線をむけるのか尋ねてみようか。
そうギデアの頭に考えが浮かびかけたとき、警邏中の兵士二人組に出くわした。
「おい、お前。お前はどうして武器を――挑戦者か?」
片方の兵士からの変な言葉での問いかけに、ギデアは疑問が浮かんだ。
「その通り挑戦者だが、それがどうかしたか?」
「どうって。そんな物々しい格好で街を歩くなんて、普通しないぞ」
ギデアは自分の装備を見て、更に首を傾げた。
「物々しいって、どこがだ? 俺の装備は、むしろ貧弱って言われているぐらいだが?」
挑戦者の中には、全身鎧を着ていたり、身体以上の大きさの武器や盾を持つものも少なくない。そんな挑戦者たちの装備と比べたら、ギデアの装備は常識的というか弱そうに見えるものだ。
だから『物騒』という言葉には当てはまらないと、ギデアは考えていた。
しかし兵士たちから言わせてもらうと、それは違うようだった。
「迷宮周辺じゃどうかわからんが、この街の中じゃ、武器を持って歩いているヤツは、危ない組織の人間だけだ。誤解されたくないのなら、武器や防具の類は宿に置くなりして、体から外す方が良い」
「剣だけではなく、防具もか?」
「当たり前だ。防具を身に着けているってことは、危険な場所に出入りしてますってことじゃないかって、住民に誤解されるぞ」
ものの道理を語っていた兵士だが、途中で前言を翻すような物言いに変わった。
「いやまあ、挑戦者の人は常に装備を付けているもんだっていうしな。それに武器や防具の所持を禁止する法もないから、君の自由意志に任せるよ」
「なんだいきなり。装備を外した方がいいのか、悪いのか。どっちだ?」
「住民の心情を慮ってくれるのなら、外してくれ。装備を外すことが我慢ならないのなら、そのままでいい。これは、そういう話だ」
ギデアが疑問顔でいると、会話に入ってこなかった方の兵士が口を開いた。
「ぶっちゃけて言っちゃいますとね、上司から挑戦者と揉め事は起こすなって言われてんですよ。気分を害して暴れられでもしたら、並みの兵士じゃ対応できないからってね」
「お、おい。正直に言い過ぎだ」
「大丈夫でしょ。この挑戦者さんは、話を聞いてくれる感じだし。むしろ隠しているほうが、何故何故って、うっとうしく絡んでくることになるでしょうよ」
ギデアは、うっとうしくという部分には引っかかったものの、正直に事情を話してくれたことで理解できた。
「なるほど。外街に出てくるのは初めてだったからな、教えてくれて感謝する」
「……初めッてって、君は迷宮周辺で生まれ育ったのか?」
「いや、外から入ってきたが、迷宮へ直行したから、外街の景色など覚えていない。そういう意味で、初めてだと言い表したんだ」
「そうだな。外街で生まれ育ったとしても、見たことのない区画に入れば、『初めての景色』と言い表すものな」
兵士二人は、言うべきことは終わったという顔の後、ギデアと別れて巡回へと戻っていった。
ギデアは受けた忠告について考える。周囲の住民が強く視線を向けてくる武器を、後ろ腰にある不思議な鞄に仕舞うことはした方が良いと判断する。では鎧と盾はどうしようかと考え、盾だけを仕舞ってしまうことにした。
盾を外すだけなら簡単だが、鎧を脱ぐのは多少の手間がかかる。その手間を払ってまで、周囲の住民からの視線を緩和したいとまでは、ギデアには思えなかったからだ。
「次に外街に来る時は、全ての装備を鞄に入れてから来ることにしよう」
ちゃんと記憶しておくために言葉に出して認識してから、ギデアは剣と盾を後ろ腰の不思議な鞄へと収める。
その後で、特に目的もなく、観光気分で外街の道を再び歩き出したのだった。