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番外 街の書店にて

 ギデアは【外街アウター】の街中を探索中、とある光景に目を止めた。

 目の先にあったのは、なにかの店から人が立ち去る様子。

 その客らしき人物は、品物を腕の内に抱えて小走りで店から離れていく。

 まるで、店で買ったことや、買ったものを余人に見せたくはないと言いたげな仕草。

 その不思議な動きに、ギデアは強く興味を引かれた。

 ギデアが目を付けた店に近づくと、覗き窓のない木製の扉に看板がハメ込まれていた。


「開いた本の意匠。ということは本屋か?」


 どうして本屋から出てきた客が、あんな変な仕草で立ち去っていったのか。

 より興味が湧き、その木製の扉を開けて中に入った。



 店内は、本屋らしく棚と本が並んでいる。

 四方の壁は全て棚になっている。そして背中合わせの2列の棚が2組――都合4つの棚が店内を区切っている。

 本屋の出入口から真っ直ぐ先に、作業机と椅子に座る老人の姿。

 店主と思われる老人へ、才牙は近づく。


「すまない。ここはどういった本屋なんだ?」


 その才牙の質問に、店主らしき老人は目を瞬かせる。


「どうと問われても、ごく普通の本屋だよ。各地から持ち込まれる本を買い取って、客に売っているだけのね」

「普通?」


 才牙は再度店内を見回し、本の題名タイトルに目を向ける。


「『食堂楽貴族が記す調理法』、『身を守るための短剣術』、『庭先で育てるべき薬草一覧』――統一性がないな」

「ははっ。街の本屋など、どこも似たようなものだよ。迷宮挑戦者チャレンジャーさんが住む、あの巨大建築物の中にある本屋は違うのかな?」


 才牙が思い返すのは、迷宮挑戦者の【互助会】近くに店を構えている、とある本屋だった。


「挿絵が多い戦闘術の本しかなかったと、そう記憶している」

「迷宮で魔物と戦う挑戦者さんだから、戦闘術の本ってのはわかるね。けど、挿絵の多い本かい?」

「ああ。挑戦者の多くは文字を読むだけで精一杯だからな。挿絵がないと理解が追いつかないことが多い――」


 多くの挑戦者は、読み書き算術と関りが薄い生まれの者が多い。子沢山農家の農地を継げない息子だったり、親を知らない孤児出身だったり、学ぶ機会を放棄した破落戸だったり。

 そういった者たちは挑戦者になった後で、【互助会】で依頼を受けるために必要だからと、改めて文字を読むことを学ぶ。

 ギデアはそう説明した後に、しかしと続けた。


「――しかし文字を読めることと、文章を理解できることは別だ。文字は読めても、意味が理解できないことが往々にしてある」

「その理解の手助けに、挿絵が必須ということだね。子供が読む絵本のように」

「特に戦闘術のような、どういう風に体を動かすのかを文章だけで理解するのは、多少読解力があるぐらいでは難しいものだ」


 ギデアは町道場の師範の息子として生まれたため、道場の秘伝書や連絡の書付を読むために、読み書きを修めている。それでも秘伝書に内容を読んだだけで動きを再現することは、とても難しかった記憶がある。

 いわんや、書かれた文字を読むだけしかできない、迷宮挑戦者においておやである。

 ここでギデアは、こんなことを喋りたかったわけじゃないと、話題を転換することにした。


「先ほど、客が1人出ていったが。少し態度が不自然だったんだが?」


 ギデアが店を訪れる切っ掛けを語ると、店主は理由に納得した様子で頷いた。


「うちでは、架空の御伽噺も扱っててね。一部の人にはそれが人気なのだ。特に、迷宮挑戦者さんを題材にしたお話なんかは、この街の特産と言っていいほどだよ」


 店主が示したのは、棚の一角。

 ギデアが見やると、題名の多くに『迷宮』や『挑戦者』の文字が使われていた。

 興味本位から1冊を手にして中を確認したところで、ギデアの眉間に皺が寄った。実際の迷宮行とはかけ離れた内容の文章が、ずらずらと並んでいたからだ。


「ここに書かれてあることは絵空事ばかりだな」

「そりゃあ、御伽噺だからねえ。読む人が楽しくなるよう、文章が誇張されるのは当然だねえ」


 こんなのもあるよと店主から差し出された数冊の本は、挑戦者同士の恋物語。

 男女間だけではなく、男同士や女同士の話の本もあった。

 ギデアは御伽噺を読む機会がなかったこともあり、思わず疑いの目を向けてしまう。


「……同性恋愛の本が売れるのか?」

「とある方面から怒られそうという秘されるべき本だからこそ、購買意欲が燃え上がるということもあるものだよ」

「先ほど俺が見かけた客も?」

「なにをお買い上げかは言えないけど、上得意様だよ」


 余人の目に触れさせてはいけない本だからこそ、あの客は隠れ逃げるようにして店を後にしたのだと、ギデアの謎は解消された。

 ここでギデアは、他者の目から隠れてまで求めるほどに架空の御伽噺とは良い物だろうかと、疑問を抱いた。

 とはいえギデアには、人の目を避けなければいけないほどに、倒錯した趣味の持ち合わせはない。


「店主。ごく普通の御伽噺の本で、俺が読み切れそうな薄いものはあるか?」

「そうですねえ。御伽噺の入門書という位置づけの物語なら、ありますね」


 店主が出してきたのは、ギデアの掌ほどの厚みの本。

 ギデアは本を開き、頁の中にある文章量を見て、この厚みであれば読み切れると判断し、店主に世話話の礼がてらに本を購入して店を後にした。

 買った本は宿屋の部屋に戻ってから読もうと鞄の中に仕舞って、街の散策に戻っていった。

 

ホラ吹きと仇名された男は、迷宮街で半引退生活を送る


書籍版の表紙が公表されました。

発売日は『2023年2月3日』を予定しています。

購入してくださいますよう、よろしくお願いいたします。

https://dragon-novels.jp/product/322209000970.html

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― 新着の感想 ―
[良い点] ほどよくリアルというか整合性がとれていてとても面白かったです
[一言] 一気に最後まで、読みました。 とても良かったです。
[良い点] 面白かったです。 書籍も購入します。
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