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三十二話 興行が終わって

 五人組挑戦者との戦いが終わると、他にもギデアと戦いたいと申し出る者たちが現れた。

 その殆どが、共に迷宮を挑む仲間で組んだ者たちだった。

 四人組と五人組が多く、中には七人組という者たちもいた。

 ギデアは、その全てを撃退してみせた。なにせ最初の五人組以上の実力者はいなかったので、多少は苦労しても、倒せない相手ではなかったからだ。

 そうして撃退に次ぐ撃退を経て、集金役の職員の持つ壷が金貨で溢れてしまった。


「次の組で終わりです! これ以上の時間、この場を占有できません!」


 職員は、あまりの重さに持てなくなった壷を地面において、大声で叫んだ。

 ギデアにしても、中々に満足の良く戦いを連続して出来たため、職員の提案に不満はなかった。

 そして栄えある最後の組は、ゾロゾロと連続する足音を立てて現れた。

 それは大人数だった。三十人ほどもいる人員の中には、ギデアに敗北した挑戦者の姿もある。

 どうやら数の力でギデアから景品をもぎ取ろうとしているらしい。


「人数に制限を設けてなかったんだ。この人数でも構わないだろ?」


 ニヤニヤ笑いを浮かべながらの問いかけに、ギデアは首を傾げる。


「その人数でも構わないが、一度の戦いに買って得られる景品は一つだぞ。その一つを、誰が持っていくのか話し合ったのか?」


 ギデアがそう質問すると、大人数で挑もうとした人たちの表情が固まった。

 どうやらギデアを倒すことだけに意識が向いていて、仮に景品を得た場合誰が持っていくのかを話していなかったらしい。


「声をかけて集めたのは俺なんだから、俺が景品を受け取るべきだろ」

「馬鹿言うな。金貨は、それぞれが払うんだ。景品が欲しけりゃ、全員分の金貨をお前が払えよ」

「そもそもギデアに勝ったとして、どの景品を選ぶんだよ。剣が欲しい奴もいれば、槍や盾が欲しい奴だっているだろ」


 最初は静かに話し合っていたが、所詮は関係が薄い者たちがその場の勢いで組んだ結びつき、次第に大きな言い争いに発展していく。


「ふざけんな! 景品は俺のもんだって言ってんだろ!」

「舐めたこと言ってんなよ! 先ずはどの景品を選ぶかの話し合いからだろうが!」

「待て! とりあえずギデアを倒してから、その後で決めよう!」

「今決まらないものが、後で決まるわきゃねえだろう!」


 ぎゃーぎゃーと喚き合いが始まり、段々と収拾がつかなくなってくる。

 このままだと大喧嘩に発展しそうな雰囲気に、集金役の職員が顔を青ざめていく。

 ギデアは職員の顔色を見ると、息を大きく吸ってから、大声を放った。


「残念だが、時間切れだ! 以上で、今回の『挑まれ屋』は終了とする!」


 ギデアの宣言に、喧嘩になりかけていた挑戦者たちは唖然とした後で、一気に顔色を怒りで赤くする。

 その赤ら顔から怒声が出てくる直前に、ギデアは地面に置かれていた壷を持ち上げて周囲に示した。


「散々稼がせてもらったからには、お前たちに少し還元してやろう。今から朝まで【互助会】建物の中にある酒場での払いは、俺が持つ! 食べ放題で飲み放題だ! 是非参加してくれ!」


 ギデアが壷をもって【互助会】の建物の中に入ると、集まっていた挑戦者たちは顔色と態度をコロリと変える。ホクホク顔の喜色を浮かべて、ギデアの後についていった。

 さてギデアの思い付きで喧嘩は回避されたものの、建物の中にある酒場で働く人にとってはたまったものじゃなかった。大勢の挑戦者が押しかけ、口々に注文を放ってくるのだからたまらない。

 最初はちゃんと対応しようとはしていたが、そのあまりの注文数に、厨房担当者が忙しさのあまりにキレた。


「だー、うるせえ! 大皿で料理を、樽で酒を出してやるから、個人個人で勝手に皿と杯によそって食って飲みやがれ! 欲しい料理の名前は聞いてやるが、それ以外の文句は一切受け付けねえ!」


 厨房担当者が食材を使い切る勢いで料理を作り、配膳担当が料理と酒とを運んで長机の上に置いていく。挑戦者たちは備え付けの皿と杯を取ると、料理と酒を我先にと奪い始めた。

 すでに酒場の中は、ギデアの『挑まれ屋』に参加した人以外の挑戦者が入り込み、タダ飯とタダ酒を口に詰め込んでいる。

 そんなすっかり混沌となった光景を、ギデアは酒場の外で眺めていた。

 そのギデアの下に、集金役をしてくれた職員がやってきた。彼の腕の中には、景品だった三種の装備品が抱えられている。


「ギデアさん、これらを忘れて行ったら駄目じゃないですか」

「持ってきてくれたのか。ありがとう」


 ギデアは装備品を受け取ると、後ろ腰にある小型の不思議な鞄の中に納めていく。そして豪華な見た目の盾を手にした後、それを職員に渡した。


「えっと、これはどういう意味で?」


 困惑する職員に、ギデアは微笑み返した。


「もともとこの盾は売る気でいたんだ。だから買い取ってくれ」

「うえっ!? この盾をですか! これ、確か【紅玉動像】の【顕落物】だって」

「その通りだ。盾の真ん中に紅玉がはまっているから、かなりの金額になるはずだ」

「……分かりました。競売にかけるので、お預かりします。ギデアさんへの支払は、競売の後になりますが、構いませんね」

「構わない。あの酒場への支払は、この壷の中身で十二分だろうし、差し当たって金が要るわけでもないからな」


 ギデアは盾に続いて、金貨の詰まった壷を職員に差し出した。

 職員が重くて持てないと身振りで拒否したので、ギデアはその足元に壷を置いた。

 その後で建物から立ち去ろうとして、その直前で思い返したように酒場へと向かった。

 ギデアは思い出したのだ。【互助会】の酒場では、一番安い定食だけ頼んで、それ以外の料理や酒を食べたり飲んだりしたことはなかったと。

 ギデアは他の挑戦者と同じように、いくつもの大皿それぞれにある料理の数々と、並べれた樽の中にある違う種類の酒を堪能することにしたのだった。



 ギデアは大いに食べ飲んだ後で、【互助会】の建物を後にした。

 建物から離れるギデアと入れ替えに、年齢の若い挑戦者が数人集まって走り向かっていく。


「なあ、本当に今日はタダで飲み食いできんのか!?」

「ああ! 朝までの支払いを全て、太っ腹にも持ってくた人がいたんだってよ」

「それじゃあ、腹がはち切れるまで食べないとだな!」


 ギデアが酒場の払いを持ったのは、挑戦者たちの大喧嘩を回避するため。下手に大勢の挑戦者たちが怪我すれば、【互助会】の会長に嫌味を言われたり理不尽な仕事を押し付けられるかもしれないと懸念しての行動だった。

 しかしながら、『挑まれ屋』で集めた金は、ギデアにとってあぶく銭。

 そのあぶく銭で、今まで関係すらしてなかった人が喜ぶことに繋げられる。

 その光景に、ギデアは感慨深く思った。それこそ次に『挑まれ屋』をするときも、終わった後は今回と同じように食べ飲み放題にしてもいいと思うほどに。

 ともあれ、それは先の未来の話である。

 ギデアは気を取り直し、自分が取った宿を目指して進む。

 何時もは挑戦者の姿でごった返している道だが、食べ飲み放題に向かっているのか、人影がチラホラとしかいない。

 挑戦者相手の商売人たちも、人が居ないんじゃ商売にならないとばかりに、やる気がなさそうだ。

 ギデアが視線を迷宮の出入口に向けると、ちょうど迷宮から出てきた挑戦者たちの姿があった。

 何時もなら、迷宮から出てきた挑戦者は、【互助会】で換金に向かう者と、宿屋に休みに戻る者の二種類に分かれる。

 しかし今日は、建物の中が騒がしい事と、酒盛りの声が聞こえて気になってしまうのだろう。ギデアが見る限り五組の挑戦者たちが出てきたが、その全てが【互助会】へと向かってしまっていた。そして、その五組が誰も建物の外に出てこないことから察するに、食べ飲み放題に参加しているに違いなかった。


「商人たちには、悪い事をしたかな?」


 ギデアはそう独り言を零したが、言葉にしたほど悪い事だと思っていない。

 ギデアは外街の商人しか知ってはいないが、その彼らですらその場その場で適応して働いていた。その外街の商人が一目を置いているのが、迷宮周辺の建物で商売をする商人たちだ。

 それほどの商人が、一挑戦者の気まぐれな行動で、商売を損ねることがあるだろうか。

 ギデアにはとてもそうは思わなかった。

 事実、暇そうにしていた商人の中には、すでに棚卸しや帳簿付けなどの仕事を見出して動き出している。そう、ギデアが商人のことを気に病む必要性など欠片もないほど、商人という存在は逞しい。


 ギデアは通りを歩き、宿をとっている宿屋【燕の巣】に到着した。

 ギデアが宿の中に入ると、のんびりとした空気が流れていた。


「おかえりなさいギデアさん」


 女性店員が笑顔で挨拶すると、やおら帳面をめくり始めた。その後で、ギデアに告げる。


「頂いた代金より日数が過ぎてますよ。追加料金と延長料金を払って、部屋をとったままにしますか?」


 外街にいったり、迷宮で日を跨いだりする中で、ギデアは宿代のことをすっかりと忘れていた。


「うっかりしていた。もちろん料金は払わせてもらう。多めに払っても問題ないか?」

「はい、問題ないですよ」


 ギデアは金貨を十枚積んで、店員に差し出した。


「これで取れる日数分、部屋を確保しておいてくれ」

「ほへー。これだけ払えるってことは、随分と稼いで来たんですね」

「ああ。会長に頼まれて、お使いをしてきた、その駄賃だよ」

「お使いって言葉面じゃないですよ、金貨十枚の仕事って」


 店員はギデアの冗談に笑顔を見せて、ギデアの部屋の取り直しと延長の作業を行った。


「では、ギデアさん。前と同じ部屋を使ってくださいね」

「ああ、ありがとう」 


 ギデアは鍵を受け取ると、部屋に入った。そして装備を外した後で、ベッドの上に寝転がった。

 その後、目を閉じて『挑まれ屋』で戦った連中を回想する。

 その戦いの記憶は、迷宮で魔物を相手にしたのでは得られなかった、価値あるものだ。

 ギデアは戦いの記憶を味わっていく。これは、ただの記憶の反芻でしかない。しかし、この反芻でギデアは自分の剣技の技量を高める道を見出していく。

 思い返して反省すれば、自分の動きの中で磨くべき場所が分かる。相手の動きの中には、ギデアにはないものがあり、大変に参考になる。

 そんな改善点と改良場所が判明したからこそ、ギデアは停滞気味だった自分の剣技の道筋が見えてきたように感じられた。


「『挑まれ屋』は続けるべきだな。それと外街の散策と、迷宮内で剣技に没頭することもだ」


 この三本の行動の柱を軸にしようと、ギデアは半引退生活の行動規範を設定した。

 そして先ずは、体を休めて英気を養うべきだと判断して、ギデアは宿の部屋の中で眠りについた。夢の中でも多人数と戦うという、ギデアに取ってみたら幸せな夢と共に。

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― 新着の感想 ―
[一言] たった1人で街の経済に影響与えちゃったw
[一言] 序盤でこんな風に幸せしている主人公は、作者さまの作品では初めてですね。 この先でどんな一石を投じていくのか、興味津々です。
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