三十一話 『挑まれ屋』:変化と決着
五人組が攻めに攻め、ギデアが防ぎ続けるという攻防がしばらく続いたところで、野次馬が会話を始める。
「なあ。あれって本物の【ホラ吹きのギデア】だよな?」
「当たり前だろ。あんな目つきでボロボロの黒外套を来ているヤツが、他にいてたまるか」
「だよな。でも、噂と違ってないか。あんなに戦えるヤツが、迷宮で【魔晶石】だけ拾って逃げ隠れしながら戻ってくる腰抜けだなんて」
「……そうだな。オレ、あの戦っている五人組を知ってるけどよ。かなり強いって有名な挑戦者なんだぜ。それを一対五で互角に戦ってるんだ。腰抜けなんて有り得ねえよ」
「いや、そもそも。五人と戦って互角に持ち込めるか? 相手があの五人組じゃないって想定でもよ」
「……子供相手なら何とかできるかってぐらいだ。大人相手じゃ、挑戦者なりたてのヤツを相手でも難しいだろうよ」
そんな感じに、ギデアのことを見直すような言葉が、野次馬の各所から上がっている。
その言葉の中には、ギデアが【ホラ吹きのギデア】と呼ばれていること自体に、疑問を投げかけるものもあった。
「どうしてあの人が【ホラ吹きのギデア】って呼ばれているか、知っているか?」
「詳しくは知らないけど、単独行の挑戦者なのに二十層を越えたとか言っていたから、それがホラだってことになったんじゃなかったか?」
「でもそれって事実だろ。だって二十層を越えているあの五人組が、五人がかりで攻めきれていないんだぞ」
「そうだな。あの実力があれば、単独で二十層越えできるよな」
また他の野次馬が会話している。
「一度の迷宮行で【魔晶石】を数個しか拾ってこないって話があったけどさ、単独行なら仕方ないんじゃない。あの装備と戦い方を見れば、避けて戦う人だって分かるでしょ」
「多くの荷物を持って戦うには不向きな戦い方だよな。荷物にならない大きさで手軽に換金できるとなると、【魔晶石】の方が【顕落物】より適しているかもな」
「それにあれだけの装備品を景品としてポンと出してくる人だよ。あの人自身が装備しているのって、あれ以上なんじゃない?」
「ボロボロの黒外套は、その装備品を隠すための目くらましだと考えれば、なるほどと頷ける」
また別の野次馬が内緒話をしている。
「な、なあ。俺ら、ギデアに散々悪口言ってきたよな。大丈夫だろうか?」
「だ、大丈夫だろ。いままで、何にも言ってこなかったんだぜ。いまさらだろ」
「で、でもよ、もし怒ってきたら、あんな強ええの相手にできねえよ。殺されちまうよ」
「さ、流石に殺しまではしねえはずだろ……まあ、今後は大人しくしようぜ、俺ら」
野次馬がそれぞれ会話をしているが、戦いに集中しているギデアは、その会話を雑音以上に認識していない。三方向――遠距離攻撃を含めて、四か所からの攻撃を防御するのに忙しいからだ。
盾での防御、体捌きでの身の振りと移動先、剣で防ぐのか逸らすかの判断、矢の射線の把握。
一人で対処するには、やらなければならない項目が多すぎる。そしてそれらの項目の実行に一度でも失敗すれば、ギデアの負けが確定するのだから、気の抜きどころすらない。
加えて五人組は手を変え品を変えと、攻撃の仕方に変化をつけてくる。その変化に対応するための苦労を、ギデアは更にしなければならない。
しかしながら、人とは慣れるもの。
ギデアも、五人組の実力のほどと行動の幅に見極めがつくと、段々と対処が楽になってきた。
盾持ちは防御主体の戦い方らしく、短剣を操る技術は上手じゃない。短剣の攻撃の対処に、あまり多く意識を割く必要がないと判断した。
斧持ちは一撃の迫力と勢いが怖いが、動きは単調だ。斧の振り始めを感知するだけで、どの軌道で斧が来るかを把握できる。
弓持ちの矢にいたっては、射線さえ塞ぎ続ければ、頭しか狙ってこない。もう首を傾げて避けるにも慣れていた。
問題は剣持ちと槍持ちの、彼ら特異な連携攻撃。これに関しては見極めが難しくて、最初から今まで注意し続けなければいけない状況が続いている。
ギデアは現状を把握し、そろそろ反撃の頃合いだと判断した。
まずは倒しやすそうな斧持ちからだ。
「ぬおおおおおおおお!」
雄叫びを上げながらの、大きな横振りの攻撃。
それをギデアは紙一重で避けつつ、斧持ちの喉を狙って剣を振るった。
「ぬおおおおおぉぉぉ!」
斧持ちは斧を振るった勢いに体を預け、その勢いに従って地面を転がることで、ギデアからの攻撃を避けようとする。
そこにギデアの声がきた。
「その動きは見たぞ」
ゾッとする響きの声が、斧持ちの耳に入る。それと同時に、斧持ちの目の前でギデアの剣の軌道が変化した。その変化具合は、剣から蛇に変化したかのような曲がり方だった。
「ぐおっ!?」
喉を剣で撫でられた冷たさに、斧持ちが呻き声を上げる。
その声を耳に入れながら、ギデアは自分の盾を弓持ちへと投げつけた。円盤投げの要領で飛んだ盾は、一直線に空中を進んでいく。
「舐めないで欲しいな!」
弓持ちは弓矢を番えながら、蹴りで飛んできた盾を弾き飛ばした。そして改めてギデアに狙いをつけようとして、その目で仲間の盾持ちが太腿を斬られた姿を見た。
一方の盾持ちは、自分が太腿に斬撃を入れられたことが信じられない様子の声をあげて狼狽える。
「うおおぉう――」
「防御に徹しすぎると、自分の視界を盾で塞いでしまい、足元が疎かになる。気を付けろ」
ギデアは忠告をした後で、盾持ちの背中側へ移動する。忠告も親切心でしたことではない。人は思いもよらない声をかけられると、身動きを止めてしまうもの。その体の動きを止める効果を狙ってのことだ。
そしてギデアが目論んだ通りに、盾持ちは動きを止める。移動したギデアと、ギデアを襲おうとしていた剣持ちと槍持ちの間に挟まれる位置で。
「馬鹿、邪魔だ!」
「――え、あ!?」
ここでようやく盾持ちは、自分が仲間の邪魔をしていることに気付き、慌てて場所を空けようとする。
その移動する盾持ちの体の陰に隠す形で、ギデアは剣を振るっていた。
これが並みの相手なら、この陰からの一撃が決着打となっただろう。しかし今の相手は、二十層を越える実力のある挑戦者だ。この程度の手管では、意識の間隙を突くことはできない。
ギデアの一撃を、剣持ちが余裕をもって防ぎ、槍持ちが槍を突き出して牽制する。
「ちっ」
ギデアは相手を仕留めきれなかった自分への苛立ちから舌打ちしつつ、後退。
一方で剣持ちと槍持ちは、前後隊列を止めて、左右に分散した。
ギデアは彼らの行動を、少し意外に思った。
「二身一体の戦い方が見事だったのに、止めてしまうのか?」
ギデアの問いかけに、対する二人は苦笑いを返す。
「あの戦い方は、五人全員でやるから意味がある。仲間が敵の活動範囲を狭めてくれるからこそ、俺たちの剣と槍の攻撃範囲が重なる位置に敵を留めて置けるのだから」
「それに、さきほどまで散々一対一や一対二の状況で、そっちが勝つ姿を見せられてきたからな。正直、俺たち二人の技量は、一対一や一対二で挑んだ人たちと比べて大差ないんだ。勝つ見込みが薄いという理解がある」
諦めと受け取れる言葉だが、二人の目つきには挑む意識が灯っている。
ギデアは、最後まで楽しめそうだと、剣を構える。
そうして三人の空間が出来上がった――かと思いきや、横合いから矢が飛んできた。
「誰かを忘れてはいない!」
生き残っている仲間が減ったことで、結果的に射線が通り易くなっていた。そんな裏腹に得た優位性を存分に生かそうと、弓持ちは張り切って矢を放ってくる。
ギデアは、飛んでくる矢を視認するのではなく、弓持ちの構えからどこを狙っているかを予想して避けていく。そして避けながら、槍持ちを狙って進んでいく。
「はっ、やっ、たっ!」
槍持ちは槍を、振ったり持ち上げたり下げたりと、絶えず動かすことで牽制する。槍が動く度に穂先の刃も位置を変えるため、一見すると攻め難い状況になっている。
しかしギデアは、位置を変え続ける穂先の動きを見極めて、手を伸ばす。そして一度で、槍の穂先の根本を掴んでみせた。
槍持ちは槍を掴まれたことに驚きはしたが、同時に好機だとも感じた。
いま槍先を回すように槍を振るえば、ギデアは槍を保持することが出来なくなるばかりか、もしかしたら穂先がギデアの手首に当たるかもしれない。そして一発当てれば、それだけで五人組の勝利だ。
槍持ちは絶好の機会を逃すまいと、直ぐに槍先を回そうとした。そう行動する一瞬前に、ギデアが槍から手を放していたのにも関わらず。
槍持ちが槍を回すと同時に、ギデアの手が槍から離れていると遅れて認識した。そしてギデアの剣が槍の先を狙って振るわれていることも見た。
結果、不用意に回した穂先を打ち付けられて、回転する幅が大きく歪まされた。それこそ槍持ちの手が持ち続けられないほどに、大きな回転幅でだ。
そんな中でも槍持ちは槍を失う事態だけは阻止しようと動く。
「このッ」
回転を押さえつけては槍の動きが止まって、自分がギデアの餌食になってえしまう。そこで、あえて片手を離すことで、槍の動くがままにさせる。すると槍が大きく跳ね動く代わりに、その後は回転の勢いが減じて扱いやすさが戻る。
この隙をギデアが見逃すはずもないが、急いで身構え直せば対処できる可能性があると、槍持ちは考えていた。
そのため槍持ちは、ギデアの剣の動きだけを注視した。攻撃が来る前まで構えを直せるかはイチかバチかだが、一撃を避けさえすれば持ち直すことが十二分に出来ると確信して。
しかし槍持ちの予想に反して、ギデアは剣を振らなかった。その代わりに、盾を失って空いていた手で槍持ちの胸倉を掴んだ。
「なにをッ!?」
「悪いが、盾になってもらう」
ギデアは槍持ちを引き寄せると、その内に隠れるように身を縮ませる。それと同時に、槍持ちの背中に飛来物が当たる衝撃と、べちゃっと塗料が付着する音が鳴った。
見れば、弓持ちが射た矢が槍持ちの背中に当たっていた。同士討ちだ。
仲間に当ててしまった衝撃で、弓持ちの動きが一瞬だけ止まる。
その一瞬をギデアは見逃さず、掴んでいた槍持ちを剣持ちの方へと突き飛ばし、弓持ちへと駆け出した。
槍持ちが地面へと倒れ込んでいく。剣持ちはそんな槍持ちを支えようとせず、走るギデアの後ろを追う。仲間をみすみす倒されるわけにはいかないと
弓持ちは一瞬止まった動きを再開し、ギデアに狙いをつけて弓を引く。しかしギデアの向こうに仲間の剣持ちが居るのを見て、矢を手放すことを躊躇した。
仲間に当たってしまうことが怖いのではない。
ここでもしも仲間に矢が当たったら、自分では絶対にギデアには勝てないと理解していたからだ。
そして弓持ちは、なんとなくではあったものの、ギデアが矢を射てくれるのを待っている気がした。飛んできた矢を剣で逸らし、後ろで追ってくる剣持ちに逸らした矢を向かわせようという魂胆があるのではないか。弓持ちは直感的にそう感じた。
「そういうことなら」
弓持ちは矢を射ないことを選択した。自分が生き残るよりも、剣持ちに一縷の望みを託した方が、ギデアに勝つ確率が高いと判断して。
ギデアは弓持ちに塗料で線を入れた後、唯一残った剣持ちと対峙し直した。
剣持ちの方も、最後の大一番とあって、気合を入れて剣を構えている。
「いくぞ」
「ああっ」
お互いに短く声をかけあった後、同時に相手へ向かって動き出す。
走ることでお互いの距離が短くなっていく。そして剣の間合いに入った。
「はっ!」
「ふっ」
剣持ちの裂帛の気合と、ギデアの短い呼気の音。それらと同時に振るわれた、双方の剣。
剣持ちの一撃は、防御を捨てて一撃に全力を込めた見事なもの。
ギデアの一撃は、何時もと変わらぬ調子で振られたもの。
その差があったにも関わらず、相手の体に斬撃の線をいれることができたのは、ギデアの方だけだった。




