三十話 『挑まれ屋』:集団戦
ギデアの強さを目の当たりにし、迷宮挑戦者たちはいよいよ多数で挑む決意をしたようだった。
それでも次に挑んできた人たちは、多数で挑むことに後ろめたさを感じているのか、二人一組で挑むようだった。
「オレが、ああやるから――」
「わかった。じゃあ――」
ギデアに挑戦する二人は、小声で連携を確認してから武器を構える。得物は、剣と槍。立ち位置は槍持ちが前で、剣持ちがやや後ろ。
隊列を見るに、槍でギデアを牽制しつつ、隙あらば剣で止めを刺す戦術だと予想できる。
槍と剣を使った戦い方の中でも、堅実かつ盤石な戦術だ。
「はっ、やっ!」
槍持ちが突きを繰り出し、その直後に槍先を小刻みに振って攻撃する。
これが本物の戦いなら、こんな槍振りなど、当たったところで少しの傷にしかならない。しかしこれは『挑まれ屋』の興行だ。刃を潰した穂先をギデアの体に当てれば、それで景品を得ることが出来る。それなら命中重視の戦い方を選ぶのは理に適っている行為だ。
ギデアも、相手がそうしてくるだろうという予想をしていたので、冷静に対処する。無理に穂先に近寄らずに、剣で槍を叩いて防御する。
剣で叩かれた槍には衝撃が走り、その衝撃が持ち主の持ち手に届き、握力を削っていく。
このままでは、一つ前に戦った女性挑戦者の戦いと同じ結末になる。
誰もがそう考える状況の中、剣持ちの方が動く。ギデアの右側に回り込む形で、徐々に接近していく。そして槍が繰り出されたのと同時に、ギデアに向かって斬りかかった。
前方と右方からの同時攻撃。
全く息の合った攻撃に、ギデアは喜びを感じていた。こういう連携を体感したいからこそ、『挑まれ屋』をやろうと思ったのだからと。
ギデアは喜びはしていたが、二人の攻撃を食らう気はない。
ギデアは自分から剣持ちの方へと跳びかかり、相手の懐の内側に潜り込んだ。体を密着させるほど近づいてしまえば、相手は剣を振りきれないと分かっていての行動だった。
「んなっ!?」
肉薄することで剣での攻撃を封じるという行為に、剣持ちの方は驚きから行動が一瞬止まる。
ギデアは、その止まった隙を見逃さず、剣持ちを掴んで槍持ちへと投げ飛ばした。
「ちょっ、そんなのアリか――」
仲間が飛んできたことに、槍持ちは避けるか受け止めるか迷う素振りを見せる。その結果、碌な身構えも出来いままに、仲間と衝突するハメになった。
二人ともに地面に倒れ込むと、そこにギデアが静かに接近した。地面に落ちた剣と槍を一まとめに片足で踏んで固定すると、剣を振るって二人の体に塗料で線を入れた。
これで決着だ。
「うはぁ……負けちまったよ。二人がかりだったってのに」
「二人で金貨五枚。痛い出費だぜ」
【互助会】の職員に模擬武器を返却しながら、戦い終えた二人は肩を落として去っていった。
この二人の後も、二人一組で挑んでくる者たちが現れる。
手にする得物も違っている。剣と剣。槍と槍。盾と剣。短剣と槍。などなど。
それぞれが持つ武器と組み合わせによって、披露する戦法も違ってくる。
その違いを体験していくことが、ギデアには喜びだった。
周囲の目では、ギデアは危なげなく対処しているように見えるが、ギデア自身は相手の動きに即応するために精神集中を体中に張り巡らせていた。
ギデアには高度に連携していくる相手と戦う経験が少ないため、『挑まれ屋』で戦う相手の戦法は、ほぼ全てが初めて目にするもの。
うっかりと相手の意図通りに動いてしまわないよう気を付けなければ、ギデアであっての足元を掬われかねない。
そのためギデアは、じっくりと相手の動向を伺い、勝てると確信できた瞬間に動くことにしていた。
この戦いの中で、ギデアは連携する多数と戦う際のコツを掴みかけていた。
一対多の状況では、自分の立ち位置が重要だ。連携してくる相手は脅威ではあるが、その戦法には仲間を攻撃しないという特徴が含まれる。だから立ち位置を意識し、相手の武器の攻撃範囲に相手の仲間を置けば、それだけで攻撃行動を阻害することが出来る。
片一方の攻撃を阻害さえできれば、後は一対一の状況を二回構築すればいいだけ。ギデア自身が自覚しているように、個人技ならギデアに敵う挑戦者はいない。一対一であれば負ける理由がない。
戦い方のコツを掴んだギデアは、戦う回数をこなす度に、戦闘での危なげがさらになくなっていった。
そして一対二の状況でなら無双できるような状態になった頃、『挑まれ屋』に参加する相手の行動が変化した。
二人一組でも勝てないのだからと、一気に仲間全員で組んで挑んでくるようになったのだ。
普通なら三人一組、四人一組と段階を置く場面だろうが、挑戦者たちも少なくない金額を払っての参加だ。段階を踏んで悪戯に金を失うことを避けつつ、自分たちが一番力が発揮できる方法で景品を掴み取りに来たのだ。
「おれ達の番だな」
五人一組の挑戦者が、ギデアの前に立つ。彼らは職員の手にある壷の中に、参加料として金貨を十一枚投入した。その後で、五人組の統率役らしき人物が、ギデアに話しかけてきた。
「こちらが徒党を組めば、支払う金額も上がる。その金額の多さに尻込みし、あまり大勢では掛かってこないと思ったのだろうが、考えが浅かったな。俺たちのような、二十層を越えられる挑戦者なら、この程度の金貨は余裕で払える」
そうは言っているが、金貨十一枚はどんな色の認識票を持つ挑戦者であっても、かなりの大金だ。気軽に支払えるものではない。
しかし全属性の武器は、ギデアにしか手に入れられない武器だ。その貴重性と流通の無さから、仮に買おうとするなら金額は青天井も良いところ。
そんな武器を入手する機会を金貨十一枚で得られるのなら、属性耐性を持つ魔物が現れる二十一層を活動場所にする挑戦者にとっては破格だ。
だからこ五人組の挑戦者たちは、金貨十一枚を惜しげもなく払うったし、他者から卑怯卑劣と言われる懸念があろうとも仲間全員で挑んで景品を取りに行く決心をしているわけだ。
一方でギデアも、迷宮の二十層を越える実力者が仲間全員で挑んでくると知って、喚起していた。
挑戦者全体から見たら、二十層を越えられる実力者は、ほんの一握り。言うなれば、挑戦者として成功した部類の人たちだ。
その手の成功した挑戦者たちは、得てして現状維持を望みがちになる。無理して危険に挑むよりも、安定に戦える場所で戦った方が、完全に大金を稼げるからだ。
しかしこの五人組は、いまギデアに挑もうとしている。これは現状に満足せずに先に挑もうという気概の現れだ。
なにせ全属性の武器があったところで、多少戦闘が楽になるだけ。金稼ぎという面だけ見れば、必須と言えるような武器ではない。
一方で、三十層の【層番人】である【紅玉動像】を越えようと考えるのなら、全属性の武器は大変に有用だ。戦いが一気に楽になるほどに。
つまるところ、この五人組の挑戦者たちは、ギデアに続いて【紅玉動像】を突破しようという気概が伺える者たちだ。
そんな者たちと一対多の状況で戦える好機を、ギデアが喜ばないはずがなかった。
「では、いつでも良いぞ」
ギデアが言葉をかけた瞬間に、五人組の挑戦者たちは動いた。手にしている得物はそれぞれ、槍、剣、斧、盾、そして弓。
盾持ちが盾の内に身を隠して接近しつつ、投げナイフを放ってきた。この攻撃の仕方は、二十一層からの魔物相手にとても有効な戦い方だ。属性付きの投げナイフを用いて魔物の属性耐性を調べつつ、魔物の敵意を盾持ちに集める効果が狙えるからだ。
その動きから、五人組はギデアのことを魔物だと考えて戦うつもりだ。一番慣れた戦い方をするという意味で、この五人組の選択は理に適っている。
ギデアは投げナイフを剣で打ち払いつつ、顔面を狙って飛んできた矢――鏃の代わりに塗料の染みた綿がついている――を首を傾けて避けた。
ギデアは弓持ちの挑戦者に目を向けつつ、弓矢を使う者は珍しいと思った。
弓矢は習熟が難しい。単純に矢を放つだけなら、力さえあれば誰でもできる。しかし狙った相手や場所を射るには、相当の訓練が必要になる。
しかも矢は消耗品だ。矢柄部分は折れやすいし、矢羽が欠けると矢の動きが変になるため、頻繁に買い替えが必要だ。弓の弦も切れることがあるため、予備の所持が必須だ。
つまり、長い訓練時間と、継続的な資金が必要になる。
そうした手間と金を惜しんで、挑戦者の多くは弓を使うことを諦めるわけだ。
特に二十一層からは属性耐性を持つ魔物が相手だ。弓矢の有効性は、今までの層と比べると各段に落ちてしまう。
そういう事実があるため、継続て弓矢を使っていることに対し、ギデアは『珍しい』と感じたわけだった。
そんな弓使いの評価をしている間に、戦況は刻々と動いている。
盾持ちはギデアに最接近し、盾の内に隠れながら短剣を振るってくる。あまりにも間合いの内側に入られると剣が振り難くなるのは、ギデアとて同じこと。それを相手は狙っているわけだ。
しかし一対一の状況で、ギデアが遅れをとることはない。
盾持ちが振るう短剣を危なげなく避けると、ギデアは足払いを放った。
盾持ちは盾で視界が制限されていたため、足払いをまともに食らい、その場で横に倒れて地面に落ちた。
明らかな隙に、ギデアは止めを刺そうとして、その場から横に一歩移動する。再び顔面に向かって矢が来たため、避ける必要があったのだ。
そうしてギデアが盾持ちを仕留め損なったところに、斧持ちがやってきた。
「うおおおおおおおおおお!」
雄叫びを上げながら、両手持ちで斧を振るってくる。剣で防いだら、剣身を叩き割られてしまいそうな迫力だ。
ギデアは斧の一歩下がって避けつつ、相手の額に向かって突きを打った。しかしその突きは、斧持ちが自身が振るった斧の勢いに体を預けるように地面に前転を行ったことで、避けられてしまった。
前転した斧持ちは回転した体の勢いで起き上がりながら離れ、盾持ちも後ろへと尻を擦りながら後退。その二人の撤退を手助けするように、矢が飛んでくる。今度はギデアの体の中央へと飛んできている。
ギデアが剣で矢を打ち払って防御すると、そこに剣持ちと槍持ちの二人がやってきた。
「はああ!」
「といや!」
次々と攻撃を繰り出してくる二人に、ギデアは対処しながら舌を巻いていた。
なぜなら、剣持ちが最前で戦う後ろに槍持ちが位置し、槍持ちは剣持ちの後ろに隠れながら剣持ちの脇下から槍を突き出してくるからだ。
この二人の行動は、まるで剣持ちに槍を持つ第三の腕が背中から生えているかのようで、ギデアは対処し難さを感じていた。
しかしギデアは、同時に嬉しさを感じてもいた。
こういう思いもよらない戦い方をしてくることこそが、集団相手の恐ろしさなのだと実感できたからだ。
ギデアが喜びと共に剣撃を避け槍突を防御していると、一度後退していた盾持ちと斧持ちが再び接近してきた。
「囲め、囲め!」
「ぬおおおおおおおお!」
盾持ちは再び最接近しながら短剣を振るい、斧持ちは渾身の力で斧を叩きつけようとする。その二人の行動を支援するかのように、剣と槍の二人の連携攻撃と、弓持ちからの矢が飛来する。
五人掛かりの攻撃では、流石のギデアであっても体捌きと剣振りで防御しきれない。そこで今まで使っていなかった装備の盾を使うことにした。
盾持ちの短剣攻撃を盾で防ぎ、斧の大振りは体捌きで避け、剣と槍の連携は剣で防ぎつつ、弓矢の攻撃は頭を傾けることで回避する。
ギデアが対処で手一杯なので、弓矢はギデアの頭ではなく体を狙えば当てられそうなもの。しかし弓持ちからギデアの胴体への射線は、盾、斧、剣と槍の誰かが邪魔となって塞がれている。
もちろん五人組全てが立ち位置を移動して、弓持ちの射線を確保しようと頑張っている。
しかしギデアも動いて、避けやすい頭部狙いでしか射線を空けさせないように立ち振舞っている。
そのため、どうしても胴体狙いの矢を放つことができない。
五人組は必殺の連携にも関わらず攻めあぐね、ギデアは段々と五人への対処に慣れていく。
時を置けば置くほどに、五人組は劣勢へと向かっていく。五人組にその自覚はあるが、これ以上どう攻めたらいいか分からなくなっていた。




