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二十九話 『挑まれ屋』:序盤戦

 【互助会】の建物の前は、少しだけ広く土地がとられている。

 この土地は、迷宮挑戦者たちが建物の中に入りきれないほど多く来たときの待機場所にしたり、挑戦者仲間同士の待ち合わせ場所にするために設けられている。

 稀にではあるが、建物内で勃発した挑戦者同士の喧嘩を、外に持ち出して喧嘩を続けさせる舞台としての利用もある。

 そんな【互助会】前の土地では、ギデアと【互助会】の職員が共同で店を広げていた。店といっても、長机を一つ出し、その上にギデアが品物を出しただけの、露店とも言えない簡素な店である。

 しかし長机の上に乗せられた、大剣、槍、盾は、どれもが挑戦者たちの目を引き付けるものばかり。

 しかもそれらの装備品が、三十一層に到達したと噂される【ホラ吹きのギデア】が出したものということもあり、注目度がより高くなっている。


「どうして、あんな剣や槍を見せびらかすような真似してんだ?」

「さあ? でも【互助会】の職員が作業を共にしているってことは、【互助会】後任の催し何だと思うぜ」


 珍しい光景に、なんだなんだと挑戦者たちが集まってくる。

 そして程よく人垣が形成されたところで、【互助会】の職員が声を上げた。


「さあさ、会長の気まぐれの始まりです! 今から開きますお店は『挑まれ屋』――こちらのギデアさんに一撃を入れることが出来た人には、こちらの装備品を一つ進呈いたします!」


 職員の言葉に、集まった挑戦者たちは呆気に取られ、そして気色ばんだ。そして一人の挑戦者が疑問の声を上げる。


「本当に一撃入れれば、その剣や槍や盾をくれるのか!」

「本当です。しかも、剣と槍は全属性の武器であり、こちらの盾は三十層の【紅玉動像】の【顕落物】です。どちらの装備品も、非常に価値が高いものとなっています」

「マジでか! じゃあ早速俺が――」

「少々お待ちを。『挑まれ屋』というからには、もちろん挑む際の取り決めがあります。それを聞いてから、判断していただきます」


 職員は集まった挑戦者たちに落ち着くように身振りした後で、取り決めを話していく。


「まず、挑む際の料金は一人金貨三枚です。ただし二人以上で挑む場合は、一人金貨二枚となります」


 職員の放った言葉に、挑戦者たちが目を丸くした。


「一人金貨三枚なのは分かるが、二人以上の場合は一人金貨二枚だって。金貨の枚数、逆じゃないのか?」


 普通に考えたら、一対一の方がギデアにとって有利だ。だから多数と戦うことになる方が、一人頭に払う金貨が多くなるもの。しかし職員が騙った内容は、全くの逆だ。

 そんな単純な疑問に、職員は当然の口調で説明を続ける。


「建物前の土地をずーっと占領されると、【互助会】は困ってしまいます。しかしこれだけの品なら、欲しがる挑戦者が多いことが予想できること。そこで、集団で挑む方々は値引きをすることで、一度に多くを捌くことにしたのです。これはギデアさんも了承済みのことです」


 その説明に、集まっていた挑戦者たちは目の色を変えた。

 なにせギデアが了承したということは、つまるところ『お前たちが束になっても俺には勝てない』という宣言に他ならないのだから。

 気づいた挑戦者の中にいる、特に血気盛んな者たちはギデアを睨みつけている。それこそ『そう判断をしたことを公開させてやる』と言わんばかりの睨みっぷりだ。

 一気に険悪さが増した空間の中に、職員の説明が駆け抜ける。


「次に使用する武器は、【互助会】が用意した模擬戦用の武器とします。しかし木製では日頃使っている武器と使い勝手が違うでしょうから、刃引きした金属の武器を用意しています。これなら、何時もと同じような使い方で戦えるはずです。そして勝負は一撃決着。一度攻撃を体に受けた者は負けとなります。その勝負結果が分かりやすくなるよう、模擬武器の刃には塗料が塗ってあり、その塗料で体に線を入れられたら負けとなります」


 職員が取り出した模擬剣には、刃の部分にべっとりと赤い塗料が塗布されている。振った剣が体に当たれば、間違いなく赤い線が体につくだろう。


「以上が説明です。一対一で戦うもよし、ギデアさん一人に対して多数で挑んでも良し。では、料金を支払った方から、ギデアさんに挑んで貰いましょう」


 職員が一抱えある壷を掲げながら宣言すると、集まっていた挑戦者たちが一斉に雪崩れ込んだ。そして先頭で壷の前に到着した男の挑戦者が、壷の中に金貨を三枚叩き入れた。


「一対一を望む。こちらが多数でも大丈夫だなんて思い上がり、叩き潰してやるよ」

「はい、料金は確かに。では武器を選んで、ギデアさんの前へ進んでください。次の方はどうなさいます?」

「よっし、目にもの見せてやるぜ」


 料金を払った男は、大剣の模擬剣を引っ掴むと、ギデアの前に立った。

 ギデアは冷静な顔で男と向き直ると、言葉をかける。


「職員は集金で忙しい。開始の合図は難しから、今から始めるぞ。用意は良いか?」

「もちろんだ。さあ来やがれ!」


 男が大剣を大きく振り上げた瞬間、ギデアが素早く移動して突きを放った。ギデアの剣は男の首の横を通り、刃の塗料が男の頸動脈上の皮膚に線を入れた。


「これで、お前の負けだ」

「えっ。あ?」


 男は大剣を持ったまま、何が起こったか分からない様子で、自分の首に手を当てる。手を離してみると、手に塗料がついている。ここでようやく、自分が開始一秒も経たずに負けたのだと、理解させられた。


「こ、こんなのって」

「不服か? ならお前が開始の合図を出せ。こちらが付き合ってやる」


 ギデアが元の位置に戻って構え直し、男に開始の合図を出せと迫る。

 しかし男は、言葉を発した瞬間に、先ほどと同じ光景が繰り返されるだけだと、直感してしまった。そのため、文句を言いかけた口を噤んで、負けを認めて立ち去った。


「おっ。もう終わったのか。じゃあ次は俺だね。合図は、こっちが出しても良いんだよね?」


 軽い調子の青年の挑戦者がギデアに声をかけてきた。どうやらこの青年も、ギデアと一対一を望んでいるらしい。


「いいぞ。合図を出せ」

「そういうことなら」


 ニコニコと笑顔を浮かべながら、青年はスタスタとギデアに近づいてくる。そして剣の間合いに入り、自分の剣を振り上げたところで、再び口を開いた。


「いま開始ってことで――」


 青年が合図を言いながら剣を振り下ろす。攻撃する直前で開始を言うという、反則に近い行為だ。

 それでも、青年が剣を振り下ろしきる前、ギデアの剣が目にも留まらぬ速さで翻り、青年の剣を持つ手を強かに打った。


「ぎあッ」


 打たれた衝撃で、青年は剣を手から零す。手首にくっきと塗料の筋が出来ているので、これで青年は負けである。

 しかし念のためと、ギデアはもう一度剣を振るい、青年の首に真一文字の線を模擬剣で引いた。


「ひえっ」


 喉を剣で撫でられて、青年は腰を抜かしてへたり込んだ。

 その青年の後ろ首を、また別の挑戦者が掴み上げて横に退かした。


「今度はアタシを相手にしてくれよ」


 自身満々の調子で立つのは、勝気な表情で笑う女性挑戦者。男性に負けないほど大柄で、防具の隙間から覗く手足の筋肉もよく発達している。手にあるのは模擬槍。その槍を油断なく構えている。

 ギデアも剣を構えて相対し、今までの対戦相手に言ってき言葉を口にする。

 

「そちらが開始の合図を出せ」

「そうかい。それじゃあ、今から開始ってね」


 女性挑戦者は、開始を告げた途端に、大きく後ろへ跳んだ。その距離の開けっぷりは、剣の間合いどころか、槍の間合いの外に二人の立ち位置を置くものだった。

 ギデアは女性挑戦者の意図を察知する。

 常に槍で牽制することで、ギデアを間合いの外に追い出し続け、ギデアの失策や隙を待って突く気でいると。

 盤石な戦いぶりを目にして、ギデアは付き合っても良いと選択しかけた。

 しかし今回『挑まれ屋』を開いた目的は、多数との戦闘を経験するため。この女性挑戦者に付き合った戦い方をして時間を消費することは、その予定と反している。

 その為ギデアは、自分から槍の間合いへと踏み込んだ。少しでも早く決着をつけるために。

 ギデアの接近に、女性挑戦者は迷いなく槍を突きだした。


「やあっ!」


 裂帛の気合と共に繰り出された槍の突きは、ギデアの体の中心を狙って伸びてくる。勢いも狙いも良い突きだ。この速さで真ん中を突かれたのでは、避けるのも防ぐのも難易度が高くなる。

 しかしながら、その程度の難易度はギデアにとって造作もないことだった。

 真ん中を狙って突いてきた槍の穂先を、ギデアは力強く剣で横殴りにした。叩かれた衝撃で槍の位置が真ん中からずれ、ギデアの横を通過する軌道になる。これで槍の攻撃は失敗となった。

 だが女性挑戦者は諦めず、槍を素早く引き戻すことで、もう一度突きを放とうとする。

 その一動作の間にも、ギデアは女性挑戦者に接近し、あと一歩で剣の間合いに捉えられる位置まで踏み込んでいた。


「このッ」


 女性挑戦者は声を荒げながら、突きを放つ。しかし勢いが、先ほどと比べて足りない。

 それもそのはず。ギデアが先ほど剣を打ち付けた際に、衝撃で女性挑戦者の握力を削っていた。その上、女性挑戦者も握力が減じている自覚から、突きを放つか薙ぎを選択するかを一瞬だけ考えてしまっていた。その握力の減少と思考の揺らぎによって、槍の突き出しの精彩が陰ることになっていた。

 そんな万全ではない攻撃では、ギデアを仕留めることは出来ない。

 ギデアは剣を合わせることすらせず、女性挑戦者の槍の突きを体捌きだけで避ける。それと同時に剣を振るい、剣の切っ先で女性挑戦者の喉元から顎先まで下から上へと撫で上げた。


「うわっ、下手打ったー。負けかー。あの槍、欲しかったのになぁ……」

「三十一層に行けば手に入るぞ」

「あははっ。そこまで行く実力がないよ。でも、いやぁ、いい経験させてもらったよ」


 女性挑戦者はからりと笑うと、直ぐに後に挑戦する人に場所を譲った。

 その後、ギデアは単独で挑んでくる挑戦者たちを、さらに五人危なげない戦い方で倒しきった。

 ここまでくると、景品の魅力に集まった挑戦者たちも、ギデアは一筋縄では倒せないと理解することになった。


「一対一じゃ倒せねえぞ、アレは」

「多数で挑んで良いってことだから、変に意地張らないで多数で挑むべきだろ」


 挑戦者たちはぼそぼそと仲間内で会話した後、ほぼ全てが追加料金を払って仲間と共にギデアに挑むことにしたようだ。

 ギデアはその様子を見て、望んでいた戦いはこれからだと、気分が高揚してきたのだった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 槍使いの女性挑戦者さんは、三十一層まで自分で欲しい槍を取りにいけちゃうタイプなんだろうなって思いました! すごく気持ちのいい人だと思ったし、わざわざギデアさんがそういう言葉をかけたのってそ…
[一言] いったんダンジョンには戻りそうだけど、最終的には才能がありそうなやつを自分で育てることになりそう。
[一言] ギデアがやべぇとわかってる連中は、どんな顔して眺めてんだろうなw
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