二十七話 犯罪者との戦い
ギデアが巨木の根に腰を下ろして待っていると、狙い通りに、迷宮挑戦者らしき人たちが木々の向こうから現れた。
数は五人。装備している武器は、四人が剣で、槍が一人。
ギデアはその彼らの姿を確かめて、間違いなく犯罪者だと確信した。
挑戦者の多くは何日もかけて、迷宮を進んで魔物と戦って【魔晶石】と【顕落物】を収拾する。そのため、髭が伸びて無精ひげになったり、体や装備が汚れているということはよくあること。それでも通常の挑戦者なら、装備が実用に耐える状態か否かは常に気にするもの。そのため防具や武器に少しでも問題が発生したのなら、無理せずに迷宮の外まで引き返すことが常識である。
しかしギデアの目の前に現れた男たちは、その誰も彼もの鎧が酷く破損しているし、手にしている武器も刃に欠けが目立っている。そうした装備の状態を見るだけでも、彼らが普通の挑戦者ではないことがよく分かる。
ギデアは万が一の可能性も含めて、出てきた彼らの顔をざっと見回すと、似顔絵を取り出してめくりだす。程なくして、似顔絵に書かれている人物と同じ顔を見つけた。
これで彼らが罪を犯した挑戦者であることが確定した。
「なにか用かな?」
ギデアは根から腰を上げつつ、犯罪者たちに声をかける。その間も、ギデアは気配の察知を欠かしていない。
ギデアの正面に立つ五人の他に、背にしている巨木の向こう側に近づいてくる、更に五人の気配があった。
挑戦者は五人で一組な事が多い。
だから男が五人姿を見せれば、これで犯罪者は全員だと、襲われる側が誤認してしまう可能性を高くすることができる。その誤認を利用して、予め姿を見せた五人が注意を引き、背後から迫る仲間が不意打ちをすることで、狙った挑戦者を仕留める。
どうやらこれが、ギデアの目の前にいる犯罪者たちの常套手段のようだった。
ギデアは犯罪者たちの目論見を見抜いたが、同時に感心していた。やはり魔物との戦いとは違うのだと、改めて感じて。
やはり頭脳を使った襲撃は、魔物よりも人の方に軍配が上がる。
あとは、この犯罪者たちの連携が、ギデアの望みに適うかどうかだ。
果てさて、ギデアが目論見を見抜いていると気づいているのかいないのか、犯罪者たちは顔にニヤケ面を浮かべている。
「お前を見てたぜ。一人で鹿の魔物を追いかけて森に入ってきた馬鹿だ。そこで座って待ってたのは、差し詰め仲間が探しに来てくれるのを待ってたってところだろ」
「いい装備だな。革鎧は新品みたいに傷がないし、盾はすげえ綺麗だ。剣も、鹿に止めを刺す姿が見えたが、とっても具合が良さそうだ」
「へへへっ。装備と食い物を置いていけよ。そうすりゃ、見逃してやったっていいんだぜ?」
口とは裏腹に、犯罪者たちの目はギデアを逃がす気はないとギラついている。
ギデアにしても、犯罪者たちの言葉通りに見逃されると、自分の目的が果たせない。
だからギデアは、装備を渡す気はないと示すように、盾と剣を構えて向き直る。
「御託はいいからかかって来い。お前らが罪を犯して【互助会】から手配されていることは知っているんだ」
「チッ。お前、おれ達を狙って来たのか。しかし一人じゃあなあ」
「馬鹿が。鹿を追って仲間とはぐれてりゃ、世話ねえってえの」
犯罪者たちは武器を手に、じりじりと近寄ってくる。しかし全員が同じように近寄ってきているわけではなかった。
剣を持つ四人が少し早く近づいてきていて、槍を持つ一人がやや遅れている。
この差にどんな意味があるのか、ギデアは見極めるべく、犯罪者たちの行動を待った。
するとギデアと犯罪者たちの間が、跳びかかれば斬りつけられる間合いに入ったとき、やおら槍を持つ男が動いた。槍を思いっきり振りかぶり、ギデアに投げつけようとしている。
どうやら投げ槍を放つと同時に、四人の犯罪者たちも跳びかかる気のようだ。
「もう一工夫してほしいが……」
ギデアが独り言を小さく呟くと同時に、投げ槍が飛んできた。同時に剣を持つ四人が切っ先をギデアに向けた状態で走り込んでくる。
飛んで来る投げ槍に怖気づいて、大きく避けて体勢を崩しでもしたら、四人の剣の餌食となるだろう。
仮に的確に槍を避けたとしても、一対四の状況に持ち込まれれば、並みの挑戦者なら対応できないだろう。
なんとも上手に人を襲う仕組みを作ったものだが、ギデアに通用する作戦にするには、ギデアが口にしたようにもう一押し足りていない。
その証拠に、ギデアは跳んできた槍を肌の直ぐ傍で通り過ぎるぐらいにギリギリで避けると、手近な犯罪者の一人に剣を振るった。無造作に振るったように見えた斬撃は、確りと人を殺すだけの鋭さは持っていた。
そうギデアの剣は、狙った男の喉を斬り裂いていた。
「――はべえッ!?」
斬られた後で漸く斬られたことに気づき、斬り咲かれた喉から変な悲鳴を上げながら、致命傷を追った男が地面に倒れた。
間抜けな獲物だと思ってい相手が、一瞬にして一人を殺してみせた。その意外の衝撃に、殺された男の仲間が動揺しないはずがなかった。
「んなっ!?」
「なんだと!?」
呆気に取られて動きが鈍った二人の犯罪者の首を、ギデアの剣が順番に撫でた。すると元から外れていたんではないかと思うほどに、呆気なくその二人の首が空中に飛んだ。
二呼吸の間に三人も仲間を失ったところで、ようやく犯罪者たちは自分たちが挑んではいけない相手に挑んだのだと理解した。
一人残った剣持ちと、槍を投げた男は、大慌てでギデアから距離を取り、喚きだす。
「くそっ。こいつ自体が罠か!」
「こ、こんなに強いヤツが無名なわけねえ! お、お前、誰だ!」
そう問われて、どんな反応が返ってくるか興味があり、ギデアは名乗ってみることにした。
「俺か? 俺は、多くの挑戦者から【ホラ吹きのギデア】と呼ばれている男だ」
「【ホラ吹きのギデア】! あの、なにを言っても怒りもしない、不気味なヤツか!?」
「くそっ。特徴の黒い外套を脱いでやがったのか!?」
「……そうか。犯罪者にも、俺の仇名は知られているのか。それだけ分かれば、もういい」
犯罪者二人は間合いを取ったことで安心していたようだが、生憎と彼らがいる場所はギデアが一足で踏み込める距離の内側だった。
そのため、ギデアは半秒と経たずに彼らに接近し、手の剣を振るうことが出来た。
一息で二人を斬り捨てる妙技。それこそ犯罪者二人は、自分が斬られたと気づかないまま、自身の体から血潮を吹き出しながら地面に倒れ込んだ。
「単純ながらに良い作戦ではあったが、こちらが対処した後のことを想定していない点は残念に過ぎるな」
ギデアは犯罪者たちの戦法の評価をしつつ、背後へと視線を向ける。
先ほどギデアが背を預けていた巨木、その両側から新たに犯罪者たちが顔を覗かせていた。その数は、ギデアが察知していた通りに、五人。その五人ともが、ギデアの足元に転がっている死体を見て、驚愕と呆然という表情を浮かべていた。
確かに衝撃的な光景ではあるだろうが、身動きを忘れてしまうなんて、隙を見せすぎだった。
「残念だ」
ギデアは、楽しみにしていた贈答品が期待外れだったような声を出しつつ、後ろ腰の鞄から投げナイフを二本取り出す。そして巨木の右側にいる二人へと、一本ずつ投げつけた。
「ぎあッ」「ぐあッ」
ほぼ同時に悲鳴が上がった。声を上げた二人の額には、投げナイフが深々と突き刺さっている。明らかに致命傷だ。
これで残る犯罪者は三人。
ギデアが視線を巡らしたのと同時に、生き残っている三人が背を向けて逃げ出した。漸く仲間を殺された衝撃から脱して、生き延びるための行動に移ったのだ。
ギデアは、その逃げる男たちを追う気にならなかった。ギデアの望みは、人らしい手練手管で集団戦を仕掛けてくる相手との戦闘経験だ。逃げる相手の屠り方ではない。
しかしながら、あえて見逃す気もない。
ギデアは後ろ腰の鞄から投げナイフを五本取り出すと、逃げる彼らの背中へ向けて投げつけた。
「ひいぃああ!?」「ああ、ぐぅ!?」
三人の内、二人の腰と足に短剣が一本ずつ突き刺さり、その二人は地面へと転がった。残る一人はというと、飛んでいったナイフが木の枝に当たって逸れて、体に命中しなかった。
無事に走り去っていく一人を、ギデアは見逃すことにした。
見逃す理由は、三つある。
一つは、先ほど記したように、ギデアが求める集団戦ではないから。
もう一つは、先ほど鹿の魔物が掛かったような罠が、あの一人が逃げる先にないとも限らないから。
そして最後の理由は、ここが迷宮の中であること。もっと言えば、ギデアのような者じゃなければ、単独で生き延びることができるような環境じゃないからだ。
つまるところ、取り逃がしたところで、あの逃げた男一人では魔物に殺される未来しかないからだった。
「さて、後始末はしておくか」
ギデアは、脚と腰に投げナイフを受けて苦しがる男たちの首を剣で刎ねた。続けて、絶命している犯罪者たちの首も同様に。
その後で、刎ねた首と、男たちの認識票が体にあればそれも、大型の不思議な鞄に回収した。
「犯罪者ともなれば、命懸けで連携して襲ってくると思ったが、そうはならなかったな。こちらが一人だと、どうしても侮ってかかってくるようだった」
ギデアは期待外れだと肩をすくめる。
しかし、犯罪者たちが期待外れだったことは、仕方がないことだ。
なにせ、楽して良い目を見たいと思う横着心がなければ、他の挑戦者を襲って【魔晶石】と【顕落物】を奪おうなどとは考えない。それは、どんな敵に対しても全力を出しに行けるような積極性とは真逆の性質だ。
つまるところ、犯罪者が繰り出す集団戦法など、仮に戦い方が巧みでも、戦いに対する意気が入っていない見せかけだけのものである。
そんな見せかけだけの戦い方では、ギデアが満足するはずがなかった。
「探す労力の割に、大した成果がなかった。こうなると、犯罪者の討伐は見かけたらやるぐらいで良いな」
ギデアは肩透かしの気分を抱えながら、迷宮の外へと向けて歩き出したのだった。




