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二十三話 依頼書

 外街の食堂を利用した翌日、ギデアの姿は【互助会】の建物の中にあった。その背には【互助会】の会長から渡された、背嚢型の大きい不思議な鞄がある。『挑まれ屋』の景品の確保と、【互助会】会長から頼まれた収拾業務を行うために必要だからだ。

 そしてギデアは、ながい迷宮挑戦者人生の中で初めて掲示板の前に立っている。今までは自分の剣の腕前を上げることしか目的がなかったので、掲示板に掲載されている各方面からの依頼を見る気にすらならなかったためだ。

 しかしながら、掲示板にある依頼書を見てみると、色々と種類があることがわかる。

 単に特定の【顕落物】を集めて持ってくるだけの依頼があると思えば、依頼者の元へと届けるまで含めた依頼もある。

 先の層の【顕落物】が人気かと思えばそうではなく、手軽に行ける層のものの方が数がある。もちろん数は少なくとも、先の層でなければ手に入らないものは、報酬額は跳ね上がっている。

 依頼者の名前も様々で、多くが商店の名前だが、たまに個人名が記載されているものもある。二十層以上先の層になると、世間に疎いギデアですら耳にした気がするほどの、大商店や貴族の名前がある。

 そしてギデアの目に留まったのは、また別種の依頼だった。それは【互助会】から出されているもので、少し特殊な依頼だった。


「救助依頼に討伐依頼。そういうものもあるのか」


 救助依頼は、迷宮で行動不能になった挑戦者たちを助けだす依頼だ。依頼書には、当の挑戦者たちが主にどの層で活動していたかと、どのような理由で行動不能になっているかが書かれている。掲示板に一つしかないため、珍しい依頼なのだろう。救助した後で依頼を受諾したことにできる、後受けも可能と書かれている。

 しかしながら、依頼書に記されている日付は、もう何日も前のもの。これはもう、当の挑戦者たちは死んでしまっているだろう。そうギデアは判断した。

 討伐依頼は、迷宮で違反行為をしていることが確定した挑戦者を、討伐するよう依頼しているもの。こちらには、当の挑戦者がどの層で活動していたかと、どのような罪状が確定しているかが書かれている。こちらは三つほど掲示板に張られているので、救助依頼よりは珍しいものではなさそうだった。

 件の挑戦者の違反内容は、不当に分け前を搾取したり、他の挑戦者から【魔晶石】や【顕落物】を強奪したり、果ては殺人をしていたようだ。搾取と強奪は、出来れば生かして連れてきて欲しいと書いてあるが、殺人の方は発見次第殺すことと書かれている。


「ふむっ。挑戦者にも犯罪者はいるのだな」 


 ギデアの認識では、挑戦者が犯罪者に走ることはないと思っていた。魔物を殺せば金が入る。金が入れば、食うに困ることはなくなる。食うに困らなければ、犯罪に手を染める必要もない。そんな図式で。

 しかしギデアの考えとは裏腹に、違反挑戦者の全てが十層を越えて活動していたと書いてあった。

 十層を越えれば、挑戦者としては一丁前と認識される。十一層から現れる魔物は、需要の多い肉を落とすし、他の【顕落物ドロップ】の良い値段で売れるようになる。五人組の挑戦者であっても、食べる物どころか宿や装備に困ることも少なくなるためだ。

 それにも関わらず、依頼書にある挑戦者たちは、なぜか犯罪を行っていた。

 それがギデアには、不思議でたまらなかった。

 しかし同時に、考えても仕方がないとも思っていた。


「自分が当たり前と思っていることの全てが、他の人が当たり前と思っていることではないのだからな」


 ギデアにとっては、迷宮を単独で行くことも、【魔晶石】や【顕落物】を集めての金儲けに興味がないことが普通なこと。

 しかし他の挑戦者にとっては、迷宮は複数人でいくものだし、【魔晶石】や【顕落物】を拾って金を儲けることが当たり前。

 その例に従えば、ギデアが犯罪者の気持ちがわからずとも、犯罪者なりの論理があって犯罪を行ったのだと理解はできる。そして、その論理がどれほど手前勝手であろうと、当の犯罪者にとってみたら真っ当な論理なのだろうとも。


「ともあれ、討伐依頼か。これは良い」


 ギデアは、多数で連携してくる敵を求めていた。そこに降って湧いたかのように現れた――この種の依頼自体は前々からあるものなので、あくまでギデアの認識ではの話である――討伐依頼。犯罪者であれば、これから商う予定だった『挑まれ屋』とは違い、相手に手心を加える必要もない。

 まさにギデアに取って、引き受けない理由がない依頼と言えた。

 ギデアは早速、総合受付へ向かい、受付嬢に声をかけた。


「すまない。依頼についてなのだが」

「はい――あ、ギデアさん。待ってましたよ。会長がまだ働いてくれないのかって、やきもきしてましたよ」

「ああ、二十一層から先の【魔晶石】と【顕落物】の収拾の件か。それもやるが、別の依頼について話を聞きたいんだ」

「別、ですか?」


 ギデアが討伐依頼のことについて話すと、受付嬢は理解を示した。


「なるほど。ギデアさんの目的は、剣の腕を上げることでしたものね。魔物を倒すことに飽きて、今度は人を相手にってことですか」

「……なんだか、耳にした者に誤解を与えかねない表現が聞こえたが?」

「いえいえ、ギデアさんの腕なら、討伐依頼でも危なくないですからね。バンバン引き受けちゃってください。こちらとしては大助かりですから」

「大助かり? あの依頼、引き受ける者が少ないのか?」

「はい。救助依頼と同じで、迷宮内で人を相手にする依頼は、多くの挑戦者の方たちが受けたがりません。人を助けても、犯罪者を倒しても、【魔晶石】や【顕落物】は手に入りませんから」

「人助けは兎も角、犯罪者を倒せば、その装備や持ちものは手に入るのではないか?」

「犯罪がバレて、迷宮の中で隠れ暮らすしかなくなった人たちですよ。どれぐらい装備や持ちものが良い状態で残っているか、分かったものじゃないでしょう。でも魔物なら確実に【魔晶石】や【顕落物】が出てきます。挑戦者なら、どちらを狙うかは明白でしょう?」

「金儲けと考えたら、魔物を倒す方が実入りが大きいわけか」

「犯罪者を放置していると、それはそれで健全な挑戦者が狙われて危険なのですけれど、自分がその被害者になるとは誰も考えませんから」

「そんなものか――それで、依頼の話に戻りたいのだが、どうやって依頼達成を証明したらいい? 切り取った頭でも持って来ればいいのか?」


 ギデアの物騒な提案に、受付嬢は目を丸くした後、ギデアの背中に大型の不思議な鞄があるのを目にする。


「普通は認識票とか親指とかですね。でもソレがあるのなら、首から上を持ってきてもらった方が確実でしょうね」

「分かった。認識票と頭を持って来よう。提出先は、買い取り受付ではないよな?」

「先ずは総合受付で話していただき、その後で個室で立ち合いを入れて検分に入りますね。目的の人だったのなら、報酬をお支払いします。もし間違っていたら、ギデアさんが犯罪者になりますから、ちゃんと確認してから行動してください」

「それは間違えられないな。似顔絵はあるか。あれば欲しい」

「もちろんお渡ししますが、ギデアさんなら、自身を囮にして、襲われたから反撃したという形をとった方が確実ですよ。【ホラ吹きのギデア】が単独で歩いていたら、犯罪者が襲ってくるでしょうから。仮に、襲ってきた人達が間違っていても、返り討ちにしても防衛行動とみなされて不問になるでしょうしね」

「……襲われたので反撃したがまかり通るのなら、それを悪用することもできるのでは?」

「仕組みを悪用したのがバレたからこそ、犯罪者認定されたんですよ。あの殺人で討伐依頼が出ている犯罪者は」


 どうやってバレるのかは言ってくれなかったが、【互助会】にはその手の方法があるようだ。人の目はどこにでもあるとの諺もあるので、単に別の挑戦者に見られていただけかもしれないが。


「ともあれだ、討伐依頼を受ける。似顔絵を渡してくれ」

「わかりました。こちらの依頼は後受けになります。証拠と引き換えに依頼料が手渡されますので、ご注意ください」

「注意とは?」

「探し回っても見つからなかったり、先に誰かが討ち取っていたら、行動が無駄骨になることを覚悟してくださいって意味です」

「それは当然のことでは?」

「ところが後受け依頼だと、依頼書にあった場所にはないと確認したから調査料を払えとか、先に納品した人がいるのに依頼物を持ってきたんだから全額払ってくれと言ってきたりと、問題が耐えなかったりします。だから、依頼は基本的に先受けで、後受けは滅多に手に入らない物に限られているわけです」


 どうやら【互助会】の受付は受付で、挑戦者では分からない悩みが多いようだ。

 ギデアは「頑張ってくれ」と慰めのことばをかけ、受付嬢から犯罪者たちの似顔絵を受け取ると、建物を後にして迷宮に入っていった。


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― 新着の感想 ―
[気になる点] 単純に疑問に思ったのですが、こうした犯罪者が居て困るのは互助会も同じなのになぜ懸賞金を上げないのか不思議ですね。 普通の挑戦者に対して困るのにやってくれないと言う割りには早い者勝ち等達…
[一言] おおう まさかのギルドハンターデビュー そうか、迷宮で生き延びてるって事は、嫌でも連携技術を磨いてるって事だよな できなきゃ死ぬわ
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