二十二話 再びの食堂
ギデアは市場から食堂へと移動した。
そして食堂では、ギデアが予想した通り、食堂の店主が娘を叱っている。
「お客さんに荷物を持たせるとは何事か!」
「いや、だってさ。持ってくれるって言うから……」
「そこは遠慮して断るもんだ!」
ギデアは、自分が言い出したことで叱られているのが不憫になり、割って入った。
「店主、それぐらいで。こちらも、女性にだけ荷物を持たせて横を歩いていたのでは、外聞が悪い。そちらが断りを入れたとしても、何かと理由をつけて荷物を預かったはずだ」
「……まあ、お客さんがそう言うのであれば」
店主が渋々と納得し、叱られていた娘は安堵した表情になる。
店主が娘の表情を見咎める前に、ギデアは店に来た用件に移ることにした。
「それで、前に多く払った代金分の料理を食べて貰いたいということだが?」
「そうそう、その通り。金を預かったままだと、どうも座りが悪くてね。街で見かけたら、寄ってもらおうと思ってたんだ」
「そういうことなら、料理を頼もうか」
「では、何の料理を頼むんだ。今日は、前に来てくれた時は在庫切れだった、迷宮で獲れる肉もあるぞ」
迷宮の肉は、魔物を倒した際に出てくる【顕落物】のこと。
外街では貴重な種類の肉だろうが、ギデアにとって食べ慣れたものでしかない。
「迷宮の肉は必要ない。できれば、この街の牧場で獲れた肉の方が嬉しい」
「そういうことなら、良い羊の肉が入ったんだ。それを使った料理にしよう」
店主が料理を作りに厨房で作業を始めると、食堂の娘がギデアに近寄ってきた。そしてジロジロとギデアの顔を見始める。
「なんだ、いきなり?」
ギデアが疑問を告げると、食堂の娘は誤魔化し笑いの後で言う。
「いや、お客さん。顔つきが良くなったなって」
「この顔がか?」
ギデアは自分の目つきが悪い自覚がある。そのため、顔つきが良くなるはずがないと思っている。
食堂の娘は、ギデアの表情を改めてジロジロと見てくる。
「前に来たときは、こう、世界全てを呪ってやるって目つきだったけど、今は、気に入らない奴はぶっ殺すって目つきになってるよ」
「……どちらの目つきも物騒では?」
「物騒は物騒でも、その度合いが違うんだよ。今の方が、幾分優しくなっているってこと」
ギデア自身は、自分が変わったという自覚がないため、不思議そうに目元を撫でる。
そんな様子を、食堂の娘は、何が面白いのか、ニコニコと見ている。
その笑顔は、珍しい動物へ向ける類のもの――ギデアのことを珍獣だと思っている表情だった。
ギデアは、失礼な反応だなと思って、視線を料理する店主に向ける。
そうして料理風景を眺めていると、ふとした拍子に、自分の悩みが頭の中で浮上してきた。
『連携して挑んでくる相手と戦いたいが、その手段がわからない』
その悩みが脳を占め、ついついどう望みを叶えたものかと悩んでしまう。
考えに沈んでいくギデアだったが、その思考を断ち斬ったのは食堂の娘の声だった。
「ねえ、ホラ吹きさん。なに悩んでいるの?」
食堂の娘に話しても良い答えが返ってくるとは思えないものの、ギデアは言うだけは言ってみることにした。
ギデアの悩みを聞いて、食堂の娘は質問してくる。
「その敵って、迷宮の魔物じゃダメなの?」
「三十一層までの魔物ではダメだな。三十五層から先に期待するしかないが、確実に居るとは言い切れない。そも魔物は単体でも強い。単体で強い者は、少数で群れることはあっても、連携して戦おうとはしないもの。果たして三十五層より先に、連携して戦う魔物がでてくるのかどうか」
「じゃあ、人間相手が良いわけだね。それも普通の人じゃなくて、兵士とか挑戦者さんたちとかの、戦い慣れた人が」
「正確に言うなら、多数の仲間と連携して戦える相手だ。烏合の衆なら、魔物と戦うのと大差ない」
「じゃあ、道場とかに行って、大勢で戦ってくれるよう頼むとかは?」
「俺の知る道場は、個人の力量を上げるための場所だ。集団戦を教えてくれる道場が、この街にあるのか?」
「さあ? そこまではわかんないや」
食堂の娘は、無責任に言い放った後で、少し考え込み、そう言えばと自分の手を打った。
「じゃあさ、あれならどう。自分に勝てたら金貨を報酬にだす、っていう『挑まれ屋』は」
「『挑まれ屋』? 初めて聞く言葉だが、どんな仕事だ?」
「街の祭りの時に現れる的屋だよ。例えば、腕力自慢が腕相撲で相手を募って戦う。参加者は銅貨を払い、勝てたら銀貨が貰える。そういう興行だよ」
「では俺の希望に沿う形にすると――俺一人を集団でもいいから倒せたら、金貨をやるってことか」
「そうそう、そういうこと。それなら、戦おうって人が集まるんじゃない?」
「いい考えではあるが、迷宮挑戦者を動かそうというのなら、金貨では旨味が少ないかもな……」
ギデアの望みは、強い集団と戦うことだ。強い迷宮挑戦者であれば、金貨を稼ぐことなど造作もない。逆を言えば、金貨に釣られるような挑戦者は、集団でも雑魚でしかない。
強い挑戦者をおびき寄せるために金貨を積み上げるようかと、ギデアは考える。
しかしそこで、食堂の娘は意見を口にした。
「別に金貨でなくたっていいんだよ。的屋じゃ、玩具とか指輪とか首飾りとか、そういう景品だってあるんだから。ホラ吹きさんが用意できる、一番良いものを景品にすれば良いんじゃない?」
用意できる一番良い物。
そう聞いて、ギデアが真っ先に思い浮かんだのは、いま後ろ腰にある不思議な鞄――その中に仕舞ったままの、全属性付きの片手剣だった。
もちろん、この片手剣を景品に出してしまうと、ギデアの武器がなくなってしまう。
しかし、同じような武器を手に入れることは、ギデアには可能だった。
そして全属性の武器は、挑戦者なら喉から手が出るほど欲しい。それこそ、巨山ほどに金貨を積み上げてでも手に入れたいと考えることだろう。
まさしく『挑まれ屋』の景品にするには、ピッタリなものだった。
「ふむっ。『挑まれ屋』をやってみるか……」
もちろん、迷宮の出入口周辺で、唐突に「かかってこい!」とやるわけにはいかない。治安を乱したとして、刑罰の対象になってしまうからだ。
話を通すべきは【互助会】の会長が適任だろう。
【互助会】は迷宮がもたらす利権の大半を握っているため、会長となればかなりの権力を持っている。
ギデアが迷宮から【魔晶石】と【顕落物】を収拾するようになれば、会長はギデアが『挑まれ屋』をする手助けをしてくれることだろう。なにせギデアが持ってこれるものの中には、三十一層のものがある。三十一層のものは、現状ではギデアしか持ってこれないため、売却益が天井知らずになるのだから。
「良い話を聞かせてくれた。情報量だ、とっておけ」
ギデアが銀貨を渡すと、食堂の娘は嬉々として受け取った。もちろん二人とも、料理中の店主に見えないように銀貨を受け渡ししている。
ちょうど二人の会話がひと段落ついたところで、店主の料理も完成したようだった。
「羊のアバラ、じっくり焼きだ。ナイフで肋骨に沿って切ってから、肉を食べてくれ」
ギデアは店主に言われた通り、ナイフで肋骨を一本ずつ切り分けてから、肉から覗いている骨の部分を指で掴む。手持ちで肉を食べてみると、肉にあらかじめ何かを塗っていたらしく、甘塩っぱい味が口に広がる。
甘くて塩っぱいからと、単純に砂糖と塩だけで味がされているわけではない。何かで取った出汁に砂糖と塩と香辛料を入れて、その混合液を羊のアバラの部位に塗りかけて焼いている。
アバラ肉から出てくる脂が、塩気と香辛料の香りで引き立っている。ここに甘さが加わると、次から次へと食べたいと病みつきになる。
ギデアはアバラ一本分の肉を瞬く間に食べ終えると、二つ三つと食べ進めていき、あっという間に食べつくしてしまった。
ギデアは食べ終えた後でお、まだもっと食べたいという欲求が抑えられなかった。そこで財布から銀貨を出し、店主へ差し出す。
「同じ料理をもう一皿頼む。それと、その料理に合う別の料理とパンもだ」
「はいよ。今度は、ちゃんと銀貨一枚分の料理を出してやるよ」
店主は二ッと笑うと、調理に向かっていった。
ギデアはまだできないかとソワソワし、食堂の娘はギデアが大型の愛玩動物のように感じて忍び笑いを漏らした。




