二十話 回想
ギデアは、貧民街を出て、取ってある宿の部屋へと戻ってきた。
ベッドの上に寝転がり、目を閉じる。眠るためではない。今日あったことを回想するためだ。
貧民街で観た、空き地の道場で剣を振るう子供たち。そして模擬戦を行った、五人の迷宮挑戦者たち。
それぞれに、ギデアにとっての収穫があった。
子供たちの訓練風景からは、ギデアが子供時代に何を考えていたのかを思い起こす呼び水となる。
挑戦者たちとの模擬戦からは、これから先にギデアが剣術の腕を上げる足がかりとなる。
まずは、ギデアが子供時代に何を考えていたか。
ギデアは今も昔も、自分の剣術の腕前を上げることに執心している。
しかし子供の頃は、ギデアの親が師範代になっている剣術こそが最強であり、その道を進み続けることが望みを叶える一番の方法だと思っていた。
その考えに陰りが出てきたのは、ギデアが道場に通う子供の中で一番の腕前になり、並みの大人となら打ち合えるようになった頃。
普通なら大人と互角に戦えることに、自信を持ったりするだろう。
しかし子供のギデアは、こう思った。なぜ子供の自分と大人が互角に戦えているのだろうかと。普通は筋力で勝る大人の方が有利ではないのかと。
理由は、ギデアの剣の腕前が大人よりも高いから。これは間違いなかった。同じ流派を使う者同士なら、剣技が高い方が有利なことは当たり前の摂理なのだから。
ここで子供のギデアは、一歩踏み込んだ考えに入った。
どうして剣技の技量が高いだけで、ひ弱な腕力の子供が、膂力の大きな大人と互角なのだろうかと。
考えに考えて、子供のギデアは理由に思い至った。
剣術道場の決まり事に則って戦うから、子供と大人が同列になってしまうのだと。
腕を打った、腹を薙いだら、内腿を、脇下を、首元を撫でたら、仕合は終わる。
しかし実剣で戦う場合、それでは終わらない。
腕を打とうと、健に傷が届いていなければ、相手は戦いを続けるだろう。
腹を薙いでも、腸が出る傷でなければ、致命傷とは言えない。
腿や脇や首元も、太い血管を切り裂いて出血させたとしても、失血死するまでには何秒かの時間がかかる。
そして、そんな手傷を負った者が、黙って死んでくれるだろうか。道ずれにするしかないと、死に物狂いで戦うのではないか。
そう想定した相手と戦うと考えると、子供のギデアは敵う気がしなかった。
そんな相手でも負けないように、子供のギデアは更に実践的な剣技を欲するようになった。
子供の地力では負けるからと、体力と筋力を向上する訓練を行うようになった。
道場で習う剣では実戦で不覚をとるかもと、師範代である親に頼み込んで、隠された『汚い剣技』を教えて貰うようになった。汚い剣技を用いての模擬戦も込みにして。
そうした努力の果てに、ギデアは道場の中で最強の存在となった。
しかしながら、真に最強ではないだろうという気持ちが、ギデアにはあった。
道場の中で一番であろうと、他の道場と込みで考えてはどうか。この街では最強でも、他の街や国を含めてはどうか。
そう考えていくと、自分より強い者がいないはずがないという気持ちになってくる。
そして、このまま道場で鍛え続けても、もっと強くは成れないという思いが強くなった。なにせ道場ではギデアが最強であり、道場の剣術から学ぶものが欠片も残っていないのだから。
そこでギデアは、自分の剣技を高める術を、外へと求めた。
先ずは他の道場を観察した。もちろん、他道場門下のギデアに見せてくれるはずもないので、隠れてこっそりと見た。しかし一目で、意味がないと悟ることになった。剣の術理が、ギデアが育った道場と似通っていたからだ。
もちろん、各自の道場特有の秘儀というものは存在する。しかし、そんな秘儀はおいそれと見せてはくれない。その道場の門下であっても、ごく一部の人にしか開示されないような類だからこそ、秘儀とされているのだ。
そんな見れない秘儀に耽溺して時間を浪費するほど、ギデアは愚かではなかった。故に、別の道を模索した。
他の剣の道場で見るべきものがないのなら、槍の道場ではどうか。弓では、斧では、盾ではどうか。
多少の収穫はあったものの、それだけでは満足できなかった。
そしてギデアは、思い切った決断をした。
生まれ故郷を離れて、迷宮で魔物と戦い、実戦で剣技の腕前を上げていくことを。
「最強など目指さなければ、師範代を継いだり、自分の道場を開いたりはできただろうに。俺自身のことながら、剣の道に狂っているな」
ギデアは自嘲から一笑いすると、今度は今日戦った挑戦者たちの事を思い出していく。
彼らの戦い方は、各自の技術という面では、参考にする必要がなかった。
魔物相手に磨いた腕前ではあったが、彼らの技量は仲間と連携して安全に戦い抜くことで培われたもの。一人で戦うギデアにとって、あまり参考にはならない。
しかし得るものがなかったかといえば、そうでもない。
挑戦者たちとの戦いは、ギデアに新たな戦いの扉を開く契機になった。
多数の人と戦うという、新たな戦いのだ。
人は魔物と違い、様々な戦術を駆使し、連携してくる。一人一人の技量は拙くても、戦術と連携で実力差を覆そうとしてくる。
その連携した戦い方が、ギデアにとって新たな刺激だった。
多数の敵が一つの生き物のように襲ってくる。それは多数の強い敵がバラバラに襲ってくるよりも、各段に厄介だ。
それこそ模擬戦にて、ギデアが連携する敵と戦う経験の少なさから、まずは観察に回ると判断してしまったほどには。
そしてギデアは、今よりも剣技の技量を高めるには、連携する敵との戦いが必要であるという確信を抱く。
その確信と同時に、ギデアは気づいた。
ギデアが三十一層から先の迷宮に求めていたのは、魔物たちが連携して襲いにくることだったのだと。
「しかし三十一層の敵は、個々は強くなったが連携はしてこない。連携する敵を求めるには、さらなる層へと進む必要があるのか。それとも迷宮の魔物は、どれほど先の層であっても連携してこないのか」
もし連携する魔物が出てくるのなら、ギデアは迷いなく半引退を撤回して迷宮に潜ることだろう。
しかし、三十層より先に行った挑戦者は、ギデアのみ。三十一層から先のことなど、誰も知らない。
迷宮に行き、三十一層より先に進んだとして、そこにギデアの求める敵がいるかは未知数だった。
「連携する敵と戦う機会は、他にどうやったら得られるだろうか」
ギデアは自身の経験の中から、回答を探っていく。
まずは兵士や傭兵に戦いを挑むことだろう。兵士や傭兵は、挑戦者以上に、多数での行動に特化している。存分に一対多の状況で戦うことができるはずだ。
しかし兵士や傭兵に喧嘩を売るということは、兵士なら犯罪者に落ちることになるし、傭兵なら賞金首になるということでもある。
ギデアは得られるであろう剣技の向上量と、犯罪者や賞金首になる欠点とを天秤にかける。
犯罪者となって朝も夜もなく襲ってくる兵士や傭兵と戦い続けることに、ギデアは興味がないわけではなかった。そういった修羅道の果てに到達できる剣技は、必ずあるはずだからだ。
しかし、犯罪者として追われる生活では、剣技を訓練する時間をまともに取れないという確信もあった。
そして訓練する時間がないということは、剣技の向上は実戦のみで行う必要があるということだ。
「実戦のみの剣は歪になり得ることは、あの模擬戦の中で知った」
最初に一対一で戦った際、ギデアの相手は、剣技という目線だと滅茶苦茶な腕前をしていた。
あれが実戦のみで培われた剣技だとすると、ギデアの理想とは程遠い。
だからこそ、実戦を続けるしかなくなる、犯罪者の道を選ぶことはできない。
次に考えるのは、先ほどの考えとは逆に、ギデアが兵士や傭兵になるということ。
【黄金の認識票】持ちの挑戦者とあれば、兵士や傭兵への就職は諸手を上げて歓迎される。ギデアのように認識票が【金】でなくても、それこそ十層を越えられる程度の挑戦者でも、兵士や傭兵たちは歓迎する。それぐらいに、迷宮挑戦者は戦う者たちにとって喉から手が出るほど欲しい人材である。
そういう事情を、ギデアは知らない。
そして知らないままに、兵士や傭兵になる意味がないことに気づく。
兵士や傭兵になったら、多対多での戦い方を強制されることになる。
しかしそれは、一対多の戦いを多く経験することで自身の剣技の技量を高めたいという、ギデアの望みとはかけ離れていた。
「兵士や傭兵でないとしたら、他になにがあるだろうか」
商店の用心棒――常に戦う状況を得られる職種ではないため、候補から除外。
犯罪組織の斬り込み役――対抗組織を襲うことで多数の敵と戦う経験を得られるだろうが、果たして犯罪組織の者たちは連携して戦うだろうか。そうは思えないため、除外。
賞金首を狙う賞金稼ぎ――盗賊団と戦えるのなら考えなくもないものの、普通は賞金首は単独だ。単独の相手では意味がないため、除外。
道場破りは、剣闘士はと考えていくが、どれも期待するだけ無駄のように感じられる。
「よくよく考えてみれば、迷宮挑戦者以上に実力と連携を伴っている者は少ないのだな」
しかし挑戦者と戦う機会など、滅多にありはしない。
迷宮内で挑戦者を襲うという手段もなくはない。
だが、ここまで自分の剣技を高めてくれた恩が、挑戦者になることを認めてくれた【互助会】にある。その【互助会】を損するような真似は、恩義に反する。
挑戦者を襲うことでしか剣技を高められないのなら考慮するしかないが、ギデアの心情的にはやりたくはない選択だ。
「ふむっ。考えたままにはいかないものだ」
ギデアは考え付かれたので、思考を棚上げすることにした。




