十七話 空き地での模擬戦
ギデアが嫌な予感を得て立ち去ろうとする直前、空き地に入った迷宮挑戦者の一人が大声を上げた。
「あそこにいるのは、とっても偉大な先輩挑戦者のギデアさんじゃないかー!」
少し棒読みな大声が、空き地とその周辺に響き渡った。その瞬間、この場にいる全員の表情が変化した。
声を上げた挑戦者とその仲間たちは、ギデアに笑いかけながらも視線では『逃げるな』と語っている。
空き地にいる子供たちは、『偉大な先輩挑戦者』の文言を聞いて、期待を込めた目をギデアに向ける。
子供の親も、さっきまで喋っていたギデアがそんな人物だとはと、感心するような表情で見てくる。
そしてギデアは、またもや面倒事だと、表情が抜け落ちた顔になっていた。
ギデアは周囲の状況を見て、このまま立ち去るわけにはいかなさそうだと悟り、空き地の方へと歩く向きを変えた。
ギデアが近づいていく間に、五人の挑戦者たちが、それぞれ子供たちにギデアの紹介を行っていく。
「あのギデアさんはな。単独行の挑戦者なんだ。その上で、なんと二十五層を越えて、三十層までいっているそうだ」
「そんな深い層まで行っているのに、全く傷を負わずに帰ってくる、とっても凄腕なんだぜ」
「多くの有名挑戦者が仲間にって誘っても、俺の戦い方は仲間連れとは合わない、って断っちまうんだ」
「それぐらいの実力者だから【互助会】の会長とも仲良しでな、良く会長室に出入りする姿があるんだ」
「とっても強い人物なのは間違いない。そんな人の戦い方、見てみたくはないか?」
紹介とお膳立てが終わったようで、子供たちの顔は輝かんばかりの喜色の表情になっていた。
ギデアは、自分の剣術は人に見せるために磨いたものじゃないので、見ても面白くはないだろうなと思っている。そう思いつつも、師範代の子供だった時代の経験から、後進に剣の技や戦い方の一つでも披露することには問題無いと感じてもいた。
ただ問題は、五人の挑戦者のうち、実に四人がギデアへ蔑みの目線を送っていること。
ギデアは見抜いている。その四人は、ギデアを散々持ち上げた後で叩きのめすことで、偉大な挑戦者より自分たちは強いのだと子供たちに示し、子供たちの感心や尊敬を一気に集めようと考えていることを。
ただ残りの一人はというと、その瞳が周りの子供たちと同じ種類のもので、どう見てもギデアの剣術の腕前に関心がある様子だった。
そういえばこの一人だけ、『腕前を見たい』と語りはしたが、ギデアを変な持ち上げ方をしていなかった。そうギデアは気付く。
ギデアは、他四人よりも話が通じやすいだろうと、その一人の挑戦者と会話することにした。
「俺の剣の腕が見たいそうだが、演舞でも披露すればいいのか?」
「いえ! 是非、オレたちと戦ってもらえたらなと!」
「それは構わないが、武器はどうする? 自前の実剣か? それとも、この空き地にある木剣か?」
「本気の剣を見せて欲しいので、木剣にしましょう。木剣なら全力で殴っても、骨折で済みますし!」
「それで。一対一か? それとも一対多か?」
ギデアとしては単に戦い方についての問いかけだったが、五人の挑戦者の方は違う感じに受け取ったようだ。
「ほほう。オレたちなら、複数人を相手にしても勝てると?」
ギデアと会話していた挑戦者は、戦意が向上した口調の中に少し気分を害した響きを混ぜている。他四人の挑戦者たちも、色めき立つ。
「おいおい【――のギデア】さんよ。いくらなんでも、それは口が過ぎるんじゃねえか?」
「そっちはおれ達のこと知らないから教えてやるが。こう見えて、二十層の【層番人】に挑める実力はあるんだぜ?」
「先ずは一対一で実力を確認してから、一対多にするかどうかを聞くべきじゃねえか?」
「流石は『仇名持ち』だ。言うことが大きいな」
仇名持ち。周りから勝手に特徴的な仇名を付けられた、挑戦者の中でも極一部の者に対する呼び方。
子供たちは、その意味を知っているため、より一層に興味を抱いた瞳を向けてくる。
ギデアは心の中で、俺の仇名は『悪い方』からの付けられ方なんだけどな、と子供たちに申し訳なく感じていた。
「まあいい。先に一対一。そして一対多だな。そっちは最初、誰が出るんだ?」
ギデアは会話を切り上げつつ、空き地周辺に視線を巡らす。そして目の端に捉えていた、空き地にある掘っ立て小屋に目を向ける。小屋の扉は開いていて、使いこまれた木剣や棒や板などが詰め込まれていた。
ギデアは小屋に近寄ると、中から程度の良さそうな木剣を抜き取り、軽く振る。一振りで、木剣の重量と重心の位置、それと持ちやすさを把握した。
ギデアが木剣を手に戻ると、五人の挑戦者の中でもまともそうな――ギデアが声をかけたあの男性が「相手になる」と名乗りでた。この挑戦者の男性は、空き地道場の子供たちに人気があるのか、自分が使っていた木剣を使ってくれと求められている。
ギデアは自分が選んだ木剣を、挑戦者の男性が少年から受け取り、相対する。
「模擬戦開始の合図は?」
そうギデアが問いかけると、相手がいきなり斬りかかってきた。
「挑戦者の戦いに合図なんてない!」
「そうだな。それが当たり前だ」
不意打ち気味の攻撃だったが、ギデアはなんなく攻撃を避けてみせた。
周囲の子供たちから歓声が上がる。この歓声は、初っ端の不意打ちを評価してか、それともギデアが避け切ったことに対する賞賛か。
ギデアが判定をつける前に、相対する挑戦者からの激しい連続攻撃がやってきた。
「おりゃああああああああああああ!」
連続する全ての攻撃が全力。欺瞞攻撃など一切ない。実に荒々しい剣筋。
ギデアはその攻撃を避けに避けながら、まるで魔物と戦っているようだと感じていた。
基本的に迷宮での戦いは、魔物と命のやり取りをするだけ。人間相手に剣を振ることなど、少なくともギデアの挑戦者生活の中では、滅多にあるものじゃなかった。
だからギデアの対人戦経験は、故郷の道場で門下生と戦ったときが主となっている。そして道場での戦いは、お互いに同流の剣術なので、相手の裏をかこうと色々と手を尽くす。そうしないと勝てないから。
その道場での経験からすると、ギデアと戦っている挑戦者の剣は、まるで剣術を習い始めた素人の滅茶苦茶な戦い方のように見えてしまう。
しかし、戦い方は剣術の視線でいうと滅茶苦茶でも、その一撃一撃には魔物を殺せるだけの威力があるのも確かだった。
だが、こういう振るう全てが全力の戦い方は、魔物によく見られるもの。なにせ魔物は戦術を組み立てる能力が低いため、初手から全力という戦い方しかできない。
そして、目の前の挑戦者が魔物だと仮定すると、ギデアの体験からの判断では、十一層から十五層相当の実力である。
「確かに、これぐらいの実力者が五人いれば、二十層の【層番人】に挑むことはできる。倒せるかは時の運が絡むだろうが」
ギデアの呟きが耳に入ったのか、連続攻撃の手が緩んだ。ここに反撃が来るとでも思ったのか、挑戦者は警戒した素振りで距離を取った。
「――はあはあ、当たっている分、言い返し難いな」
全てが全力の連続攻撃で体力が大分削れたようで、荒々しい息を吐いている。
ギデアは、彼の様子が欺瞞かどうかを観察しながら、呼吸が整うまで待つか否かを考える。そして連続攻撃し続けた腕が震えているのを見て、攻撃に転じることにした。
そう決意した瞬間には、ギデアの体は動いていて、目にも留まらぬ速さで移動と剣振りを行い、瞬く間に相対していた挑戦者の喉元に剣を突きつけていた。
その速さのほどは、相対していた挑戦者が構えを少しも動かせなかったことや、周囲の子供たちがポカンとしていることが証明していた。
「これで、一本先取だ。まだ一対一をやるか? それとも一対多に移るか?」
ギデアの問いかけの言葉を聞いて、ようやく挑戦者は自分が負けたことを理解した。
「あははっ。強いとは思ってたけど、これほどとはね」
「ほう。【ホラ吹きのギデア】を強いと思っていたのか? 俺の戦う姿を見たり、実際に戦ったりしないと、そう思ってくれないことが多いが?」
「いや、普通に考えて、迷宮を単独行できる時点で、その人は強者でしょ。ちょっと大きいことを言ったとしても、強者であることに変わりない。でも、この実力を見るに『大きなこと』なんて、貴方は口にしてないんだろうな」
「ああ。迷宮の事に関して、俺が言ってきたことは事実だけだ」
「……三十一層に入ったって噂と、半引退したって噂があるけど?」
「入った。魔物とも戦った。大した相手じゃなかったので、飽きてしまった。だから迷宮行から、一度離れてみることにした。制度的に半引退したほうが楽だと判断して、その通りにした」
「…………三十層を越えた先の評価が、大した相手じゃないって。どれだけ強いんだよ、貴方は」
この挑戦者の耳では、その言葉が『ホラ吹き』にしか聞こえない。
迷宮は五層毎に、出てくる魔物が強くなる。十層毎に、出てくる魔物の種類が変わり、今までの魔物と比べて段違いに強くなる。
そんな常識が挑戦者たちの間にあるからこそ、仮にギデアを強さを感じとれたとしても、『単独行で二十層は越えられない』とか『無傷で二十層から先は無理』とかと考えてしまい、ギデアの実力を低く見積もろうとしてしまう。
そして、その常識に当てはめると、いままで挑戦者たちが三十層を越えられなかったということは、全ての挑戦者たちが三十一層に行ったところで魔物に敵わないということ。
その三十一層を越えたなんて、挑戦者なら信じようとはしないだろう。
そんな挑戦者たちの思惑とは裏腹に、ギデアが三十一層の魔物に下した評価は『大したことがない』――それも迷宮行に飽きて半引退するほどだという。
ギデア本人の宣告とその口調には、嘘の響きが一切ない。ギデアは本気でそう評価をしているのだと分かる。
しかしその評価を、ギデアと模擬戦を行った挑戦者ですら、受け入れることができない。受け入れてしまえば、彼自身が培ってきた迷宮での常識が崩壊してしまうから。
だから現実逃避するかのように、彼はギデアに提案していた。
「一対多の模擬戦をお願いしたい。こちらは本気の布陣で行かせてもらう」
「構わない。他の挑戦者がどう戦うのか、興味もある」
ギデアは提案を受け入れると、突きつけたままだった剣を下げて、挑戦者から距離を取った。
挑戦者は自分が負けたことを、周囲の子供たちに宣告した後で、これからギデアと一対多の模擬戦をすることを宣言した。




