十二話 要望されて
あくる日、ギデアは【互助会】の建物へ訪れた。宿屋に『来てくれ』と伝言があったからだ。
ギデアが建物の中に入ると、警戒力の高い迷宮挑戦者たちがチラリと視線を投げて、直ぐに目を元に戻す。その様子は、危険そうな気配に気づいて注意を向けたが、見知った顔だったので警戒を解いた、といった感じだった。
ギデアの方も、視線を投げてきた連中の位置を把握し返していたが、特に何をすることもなく総合受付へと足を向けた。
「すまない。昨日、ここに来るようにとの伝言が来ていたようなんだが」
ギデアが自身の【黄金の認識票】を取り出して差し出しながら告げると、受付の女性が笑顔を返してきた。
「はい、ギデアさんですね。会長が用があるそうなので、会長室にお進みください」
「会長が?」
ギデアが会長室の扉を開けると、待ちわびたと言わんばかりの表情の会長が執務机の向こうにいた。
会長室の扉が閉まり、ギデアと会長の会談が行われる。
中でどんな会話が行われているのかは、防音が確りしている部屋なので、外から出は一切分からない。
そして少し時間が経った後で、会長室の扉が開かれた。
そこから出てきたのはギデアで、入ったときには持っていなかった、大きな背嚢が背中にあった。
「頼んだよ」
「気が向いたらな」
会長らしき人の声の後に、ギデアが気のない返事を返す。会長室の扉が閉められると、ギデアは総合受付まで戻ってきた。
「質問がある。要求度合いが高い【顕落物】の情報は、どこで手に入れればいい?」
ギデアの質問に、受付の女性は目を瞬かせた。
「ギデアさんから出るにしては、珍しい質問ですね。会長に何か言われたのですか?」
「ああ。半引退したのなら、【魔晶石】や【顕落物】を集めるのに強力しろとな」
受付の女性の視線がずれて、ギデアの背中にある背嚢を見て、納得した様子に変わった。
「そうですね。ギデアさんなら、珍しい【顕落物】も取り放題でしょうから。会長の要求も納得です」
「納得しなくていい。それで、情報はどこで手に入れたらいい?」
「二十層までに手に入るものなら、掲示板に張りだしますけど――ギデアさんに頼むとなったら、二十一層から先でしょう。そうなると、張り出しはされていない可能性が高いですね」
「どうして、掲示板に張らない?」
「それはもちろん、実力が劣る挑戦者の方たちに、無理に先に進もうと思わせないためにですよ。なにせ二十一層から先の【顕落物】となれば、金貨が二桁以上動きますから。それだけの金額が動くとなると、目の色を変える人が多いですので」
「……無理しただけで突破できるほど、十層毎の【層番人】は優しい相手じゃないが?」
「だからこそ、張り出しを控えているんです。二十層の【層番人】を突破できない人でも、二十層までの魔物は倒せるんです。その魔物から出てくる【魔晶石】と【顕落物】は、売れ筋なんです。それを集めてくれる挑戦者を、やたら失うなんてこと、【互助会】としては看過できませんので」
「そうだな。十一層から二十層までは、【顕落物】で肉がでてくる。あの肉は、ここらの飲食店に必須のようだからな。商材としては売れ筋だろう」
「入荷しただけ売れますからね。ギデアさんのように半引退届を出した人の中には、【顕落物】の肉だけ卸す人もいるほどですよ」
話が脱線しかけているので、ギデアは会話の軌道修正を行うことにした。
「俺にも肉を集めろということじゃないんだろ。【互助会】は俺に、なにを集めさせたいんだ?」
「商人から要望されている【顕落物】については、依頼受付の職員がよく知っているはずです。そして常に需要がある【顕落物】については、買い取り受付の職員が知っているはずです」
「……俺は、どちらにいけばいいんだ?」
「そうですね。まずは依頼受付からでしょうか。ギデアさんは単独ですから、沢山の量を盛ってこれるものではないでしょう。そうなると必然的に数が少なくて済む、商人からの依頼が主となるのではないかと。需要がある方は、ギデアさん以外の人も集めるでしょうし」
「貴重な方を狙って集め、余裕があれば需要が常にある方も集めればいいということか」
「はい。それで良いかと」
ギデアは会長からの要望の叶え方を理解し、さてどうしようかと考える。
正直、半引退届を出した昨日の今日で、迷宮に入りたいという思いを抱けない。
会長と受付の女性の態度からするに、今すぐに必要という類の【顕落物】もなさそうだ。
それなら、もう少し時間を置いてから、頼まれごとを行うのも良いだろうと判断した。
「分かった。とりあえず今日は、何の用意も出来ていないので、帰らせてもらうことにする」
「そうですよね。迷宮に入るには、色々と準備が必要ですからね。強制することはありませんので、十二分に休息と準備を行ってから、迷宮にいかれると良いと思います」
ギデアの返答が予想内だったのか、総合受付の女性はにこやかな口調で返してきた。
ギデアはその言葉に甘える形で、【互助会】の建物から立ち去ることにした。
その後、一度宿屋に戻ると、店員に声をかけた。
「長期滞在者なら、部屋の中に荷物を置いておいても良いのだったな?」
「はい。防犯対策は確りしてます。盗まれる心配はありませんので、どんと置いちゃってください」
店員の言葉を受けて、ギデアは会長から受け取った背嚢を自分の部屋の中に置いた。
「どうせ大量の金貨を持っても持て余すだろうからと、競りに掛ける【紅玉動像】からの【顕落物】である紅玉の最低落札額と同程度の品を渡す、と押し付けられたのが大型の不思議な鞄とはな……」
ギデアの腰にある小さな不思議な鞄に比べると、見るからに大容量であるはずの、大型の不思議な鞄。
その大型鞄を渡してきたことに、【互助会】の会長の思惑が透けて見えてくる。
「競りで上がった金額分は金貨で払うし、その金貨を収めるにも丁度良いだろうと言っていたが、魔物の【魔晶石】と【顕落物】を集めさせることが、一番の狙いに違いない」
その思惑に乗ることは癪ではある。
しかし金を稼ぐことも、生きるためには必要だ。
今までのギデアなら、剣技の向上に必要なこと以外は切り詰めてきたので、大して金を使う必要がなく、稼ぐ金額も少しあれば良かった。
しかし昨日のように色々な場所で色々な経験をするには、先立つものが必要となる。
将来に渡って新たな体験を得るための代価を、このまま働かずに済ませられるほどの余裕は、ギデアの財布にはない。
とはいえ、今すぐ働かなければ動きが取れなくなるという程でもない。
それに黙って耐えてさえいれば、競りで売り払われる紅玉の代金も入ってくる。それを当てにすることだってできる。
「――とはいえ、迷宮に入る気がないわけではない。ただ今の俺には、少しばかり戦闘から距離を置く時間が必要なだけだ」
ギデアは大型の不思議な鞄を部屋に置くと、扉の鍵を閉め、鍵を店員の女性に渡してから、宿の外へと出た。
今日はどこに行ってみようかと、そんなことを考えながら。




