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十話 ギデアの悩み/食事探し

 ギデアが宿に戻ると、店員に呼び止められた。


「【互助会】から連絡が来てましたよ。時間があるなら、顔を出して欲しいって」

「急ぎかどうか、聞いたか?」

「うーん。急いでいる感じじゃ、なさそうだったけど?」

「それなら、明日、顔を出しにいくとするよ」


 ギデアは自分が取った部屋に入り、何時ものように外套と革鎧を脱ぐ。

 そして腰の剣の整備を行おうとして、自分の腰に剣を吊っていなかったことに気付く。


「外街で鞄の中に入れたっきりだったか」


 色々と剣は取り換えてきたが、ここ十数年は常に腰に剣があった。

 その状態が当然だと思っていたが、いま剣がない状態でも違和感を抱いていないことから、思い違いだったと悟ることができた。


「剣があろうとなかろうと、俺は俺ということか……」


 剣技を向上させるために、ギデアは迷宮へやってきた。

 ギデアが思い描く剣技の頂は未だに遠い。しかし迷宮に挑み続けるだけで、その頂きに辿り着けるのかと、ギデアは疑問に感じている。

 ギデアはベッドに横になると、目を瞑って、迷宮に来てからのことを思い返していく。



 ギデアが迷宮に挑みだした当初は良かった。

 魔物は常に命を狙ってくる。魔物の爪や牙を掻い潜り、愛用の剣で命を刈り取る。その連続が、ギデアの剣技を成長させる実感があった。

 しかしある程度に剣技が育つと、一気に魔物が物足りなった。

 魔物は本能に忠実な生き物で、常に全力で攻撃してくる。だから攻撃と防御の駆け引きが存在しない。そのため、一撃さえ避けることができれば、反撃で致命傷を与えることは難しくなかった。戦いの術理を知るものと知らないものでは、それほどの差が出てしまうのが、戦いの道理というものだからだ。

 だからギデアは、やがて多数を相手にするようになった。一対一の状況なら圧勝できても、一対多の状況なら劣勢となるから。

 しかし一対多の状況にも、やがて慣れてしまった。紙一重で避けると同時に反撃すれば、瞬間的に一対一の状況に持ち込めると理解して。

 そこで反撃主体の戦い方から、先に攻撃する戦い方へと行動を変えることにした。足を使った素早い移動と、目にもとまらぬ斬撃で、敵を倒す。そんな戦い慣れていない方法を培うことで、より一層の剣技が身に着くと信じて。

 確かに剣技の腕前はさらに高まった。しかし攻撃でも防御でも、魔物では相手に不足を感じるようになっていた。

 より強い敵を求めて、ギデアは迷宮の層を進む。

 しかし現れる敵は、属性に耐性を持つだけで、戦いの腕前自体は以前と変わらなかった。それでも、弱点属性を突ける装備を持っていなかった際、戦いながら逃げきるという手段を作り出せたのは収穫だった。

 迷宮での戦いと探索で、やがて属性武器が潤沢に集まると、もうギデアにとって迷宮の三十層までの魔物は敵にならなかった。

 自分の剣技が向上できる敵が出てくれと、一縷の望みをかけて三十一層へと足を踏み入れた。

 しかし、その望みは裏切られることになる。

 三十一層に出てきたのは、人の肉体に獣の意匠を組み込んだ魔物。例えば、人の背中に翼があったり、人の肌が硬い鱗で覆われていたり、人の下半身が馬の胴体となっていたりだ。

 人の姿をしているのだから、戦い方にも工夫があるだろうと思いきや、その姿形から予想できる戦い方しかしてこなかった。

 人型で翼のある魔物は、上空から急降下での攻撃しかしてこない。鱗の魔物は、鱗の硬さに防御を任せての攻撃一辺倒な戦い方。馬の魔物は平原をかけてからの突撃だ。

 個体差があるかと、ギデアは種類ごとの魔物と何度か戦ったものの、戦い方は同じだった。

 複数ならどうか。種類が混合していたらどうか。そう試して戦ったものの、ギデアの予想を越えるような戦いぶりは発揮されなかった。

 そうして試しに戦い続けた果てに、全属性が付与された剣を手に入れてしまった。

 この剣さえあれば、どんな魔物でも一定の手傷を負わせることが可能になり――同時に、ギデアは三十一層までのどの魔物よりも戦い方に優れていたために、剣技の向上が魔物相手だと望めないことに繋がってしまった。

 三十二層から先にいけば、ギデアより戦い方が上手い魔物がいるかもしれない。

 しかしギデアは、一層から三十層まで迷宮を踏破した経験から、その望みは薄いと感じていた。

 迷宮では、五層毎に魔物の強さが上がっていき、十層を越す毎に種類が一新されることが、経験上分かっている。

 だからギデアの望む、戦技が上手な魔物が現れるとしたら、三十五層ないしは四十一層となる。

 前人未到の領域を、さらに五つないしは十も進まなければいけないとなると、流石のギデアもウンザリしてしまう。


 だからギデアは、選択しなければならなかった。

 戦技の上手い魔物が出現することを信じて、つまらない戦いを続けながら迷宮を先へ進む。

 迷宮を進むことを止めて、今までの戦ってきた経験を熟成させることに集中する。

 一度剣技から離れ、自己を見つめなおす。

 そのどれらをギデアが選んだのかは、今日外街の散策に出かけていることを鑑みれば、示さずとも分かることだった。



 ギデアは腹が減ったので、装備を体につけて、宿を出ることにした。

 宿屋【燕の巣】では、食事は出る。しかし個人を相手にした宿屋であり、部屋の数もそう多くはないため、調理場も小さく作られている。そのため、提供される食事は簡便な物になる傾向が強かった。

 【燕の巣】の利用客で多い女性客なら、その簡便な食事を喜んだことだろう。簡便とはいえ、燻製肉や新鮮な野菜に焼きたてのパンの提供は、迷宮行の粗野な食事に辟易している女性には嬉しいものだからだ。

 しかし健康な男性であるギデアにとっては、その簡便な食事では量が足りない。だから宿を出て、店舗を構える食事処を利用する。

 これはギデアに限ったことではなく、【燕の巣】を利用する男性客なら、誰もが行うことだった。

 ギデアは何時もなら、宿に近い食事処を利用する。さもなければ、【互助会】に併設されている酒場で食事をとることが多かった。

 近場なら食事を終えたらすぐに寝に入れる。【互助会】の酒場なら、駆け出し挑戦者にも嬉しい安値で量が多い食事がとれる。

 だからギデアは、疲れや空腹の具合で使い分けていた。疲れているのなら近場で、空腹が強いなら【互助会】へ。

 しかし今日のギデアは、そのどちらでもない、別の食事処に行ってみようと気まぐれを起こした。

 外街でそうであったように、この巨大建築物の中でも知らないことがあるのではないかと、そう感じたからだ。

 新たな食事処を探すにあたり、ギデアは自分の嗅覚に頼ることにした。美味しそうな匂いを発する店に入ると決めて。

 ギデアは巨大建築物の中を歩き回る。鼻を頼りに進んでいると、気づくことがあった。

 迷宮の出入口と【互助会】周辺には、挑戦者が発する血と体臭が強い。食べ物の匂いもあるが、挑戦者の発する臭いを突破するためにか、香草やタレを強く匂わせていた。

 それらが混然となった臭いは、ギデアには慣れ親しんだものだが、外街の食堂を経験した後では荒っぽすぎる臭いに感じられた。


「迷宮から離れる方向へ行ってみるか」


 ギデアは向かう先を、迷宮を囲む巨大建築物の外側へと決めた。

 少し距離を離すだけで、迷宮の出入口周辺の臭いが薄まってくる。

 すると、また別の臭いを感じられるようになった。

 装備店からだと思われる、革と金属の臭い。道具屋からのものらしき、埃っぽさを感じる薬草の臭い。食料品店かららしき、焼き固められたパンの匂いと、携帯食料の油っぽい臭い。

 それら、挑戦者用の店々からの臭いを嗅ぎ分けつつ、ギデアはさらに歩いていく。

 やがて薄っすらと、料理の匂いがしてきた。

 しかし匂いの多くが店舗で出される賄いのもののようで、匂いを辿って向かっても、食事処ではないことが多かった。

 ギデアは諦めずに嗅覚を使い、食事処を探していく。

 そして少しして、ここまでの道程で感じた匂いとは違う、明らかに濃い料理の匂いを感じた。それも複数。

 ギデアが嗅覚を他よりに、その匂いが出ている場所へと向かってみると、着いた場所は食事処が軒を連ねる場所だった。

 巨大建築物の中にある、真っ直ぐに伸びた一つの廊下の両端に、食事処が看板を掲げて連なっている。看板と看板が設置されている幅が狭いため、一つ一つの店の規模は小さそうではある。しかし、店の数は優に二十を越えている。

 ギデアは飲食店が連なる廊下に踏み入ると、近くの店の中を覗いてみた。

 夕食時ということもあり、店の中は賑わっている。客層はというと、意外なことに挑戦者らしき様相の者は少なく、店舗店員らしき服装の者が大半を占めていた。また別の店では、親子らしき姿もある。

 どうやら、この廊下にある店々は、店舗の職員とその家族が多く利用する場所のようだ。

 しかし挑戦者らしき姿の者も利用していることから、別に挑戦者お断りということではなさそうだ。

 ギデアは安心して、どの店から一番いい匂いがするかを嗅ぎ取りながら、廊下を進んでいくことにした。

 店の出入口には、その店の代表的な料理が料金と共に書かれている。利用客の多くは、それらの料理名を見てから、店舗の中へと入っていく。

 客の中には、その店が行きつけなのか、真っ直ぐに入っていく者もいた。

 そんな光景を目にしながら、ギデアは自分の腹具合を確認する。

 外街を歩き回ったとはいえ、迷宮行より大した運動をしたわけではない。それにも関わらず、かなりお腹が減っている。

 この減り具合だと、酒と肴の気分ではない。主食を多く取る必要がある。出来れば肉もあるといい。

 そんな自己分析が嗅覚にも作用したのか、酒の匂いがする店が、自動的に意識から除外されていく。

 そうして、ギデアの意識の中に残った店舗はいくつかだけ。その中から、一番良い匂いのする店へと足を運んだ。


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