八話 職人
青空市場が終わり、屋台が続々と片付けられ出す。
その光景を見て、ギデアは別の場所へと移動することにした。
特に行先は決めていない。
ただ、夕方前に迷宮周辺を囲む巨大建築物へ戻ろうとは決めている。
初めての外街で道が分からなくなりそうだが、そこはギデアも迷宮を行く挑戦者。今まで自分が歩いて来た道程ぐらいは、頭の中で把握している。
もっとも、巨大建築物が遠くに見えるので、あの建築物を目指して歩けば迷いようはない。
ギデアが散策を続けていると、今までの景色とは違った風景の場所に出た。
ここもまた住居らしい建物が軒を連ねているが、その住居の形が少し変わっていた。
道路に面した壁面が大きく開け放たれていて、その開放された場所に一人か二人が座って作業をしている。
ギデアが視線を向けて観察すると、どうやらそれぞれの建物の中で、色々な種類の道具や物品を作っているようだ。
麦藁を編んで帽子や籠を作る人。細い木の棒に羽を付けて矢を作る人。小さな炉で金属を熱して叩いている人。綺麗な石を磨く人。などなど。
色々な作業を行っている人たちを見て、ギデアはここがどういった場所なのかを理解した。
「職人が集まって住んでいる場所か」
迷宮周辺の巨大建築物の中にも、職人が集まっている区画がある。ギデアの盾や鎧も、その区画で購入と整備をしてきた品物だ。
そこと同じ雰囲気が、目の前の街の風景にも漂っていた。
軒を連ねる建物の中には、作った品物を机の上に並べて、値札を置いている場所もある。どうやら、軒先で購入することができるようだ。
ギデアは通りがかりに足を止めないまま、それらの品々を目利きする。
そのためじっと観察したわけではないが、なんとなしに、あまり良い品物ではなさそうだという印象を受ける。
もちろん、作りが確かな品物もある。
しかし、どうにも作り損じというか、使うだけならできるといった感じの物のように、ギデアの目には映ってしまう。
実は、そう見えてしまうのは、ギデアの目が熟練挑戦者が使う一級品に慣れてしまっているというのが理由だったりする。
むしろ机の上に置かれた値札を勘案すると、多少の作りの拙さはあったとしても、値段相応かややお値打ちといえるだろう。
ともあれ、目に適う品がないからには、ギデアは購入意欲が湧かない。風景は楽しんでるが、何かを買おうという気は起きてこない。
そのまま、この区画を通り過ぎようとして、とある建物の前で、ギデアは足を止めた。
その理由は、その建物での作業が武器を研ぐことであり、作業待ちの大量の剣やら斧やら槍やらが置かれていたからでもあった。
ギデアはじっと、置かれている剣に視線を向ける。
どの剣も使い込まれていて、剣身には汚れや欠けがある。明らかに使用済み――しかも廃棄寸前の物のよう。
それらの剣がどのような経緯を辿ったのか、なんとなくギデアは察知した。
そして察知したからこそ、ギデアは砥ぎ作業中の男性に声をかけることにした。
「すまない。少し良いだろうか」
「――あん?」
作業をしていた男性は、砥ぎ具合を確かめていた剣から目を離し、ギデアへと顔を向ける。そしてギデアの風貌を見て、意外なものを見つけたような表情になった。
「なんだ。砥ぎに不満があって、ここまで文句を付けに来たのか? その割には、剣を腰に吊っちゃいないが?」
不思議そうに聞いてくる男性に、ギデアは違うと身振りした。
「俺は散策中に、大量に剣が置いてある場所が見えたから気になっただけだ。それで、その剣たちはやはり?」
「そういうことか。ああ、ここにある武器は、挑戦者たちが捨てた――買い取りとか、引き取りだかされたヤツだ。それらがまとめて、ここまで運ばれてくるんだよ」
予想通りだと、ギデアは頷く。
「それで、どうして、こんな大量の武器を集めているんだ?」
「砥ぐのは、まだまだ使えそうなヤツだけだ。砥ぎ終わったら、外街の武器屋に卸す。使えそうにないヤツは、鍛冶屋へだ」
「ここでは砥ぐ以外にも、使える使えないを見極めて分別もしているのか」
「見るからに駄目そうなのを弾く作業は、別の場所でやってるよ。ただ、小さなヒビとかは見落とされることが多いからな。ここで最終確認するってわけだ」
「失礼なことを言うが、これらの武器は挑戦者が捨てたものだろ。そんなものが、砥いだとして売れるものなのか?」
「本当に売れているのかは知らねえよ。なにせこちとら、砥ぐことが仕事で、売ったりはしてねえからな。ただ、この仕事がなくならねえってことは、ちゃんと売れているってことだろうさ」
「それもそうだな――作業が終わった剣を、一つ見せてもらっても?」
「構わねえが、売り先が決まっているから、アンタに売ったりできねえぞ。それでもいいのなら、見ていいが」
ギデアは構わないと身振りしてから、砥ぎ終わっている剣を手に取った。
陽の光を剣身に当てながら、その照り返しで剣身の具合を確かめていく。
刃はちゃんと立っていて、実によく切れそうだ。歪みも矯正しているのだろう、剣身も真っ直ぐに整っている。
ただ挑戦者が使用していた剣という割には、剣身の幅が薄い。魔物と連戦する想定だと、この剣は頼りなく映ってしまう。
ギデアは他の剣に目を向けると、砥ぎ終わった剣はいま持っている剣と同じ感じだ。しかし砥ぐ前の剣に目を向けると、こちらは身幅が太いものが多くあった。
「剣身の幅を薄くするのは、何か理由があるのか?」
ギデアの質問に、砥ぎ師の男は意外なことを聞かれたと片眉をあげる。
「卸先の要望でな、挑戦者の剣は重くて扱い辛いんだとよ。だから削って薄くしている。まあ、刃の欠けを修正するために、かなり削らざるを得ないから、こっちとしちゃ作業がし易いkら有り難い注文だがな」
「こんな頼りない剣が、人気なのか?」
「外街だけじゃなく、他の土地であっても、武器を日常使いすることは少ないというからな。いざという時だけ抜いて使うのなら、少しでも軽い方がいいんだろうさ」
確かに滅多に使わないのなら、連続使用性よりも携帯性が重視されるべきだ。
この剣に求める性能の差も、挑戦者とそれ以外の違いということだ。
「改めて思い返してみると。実家の剣術道場にあった実剣も、こんな身幅だった気がするな」
「おや、アンタ。剣術道場の跡取りなのかい?」
「いや。腕を買われて雇われていた師範代の息子だ。だから道場に居候させて貰っていたが、道場を継ぐ権利はなかった」
「不思議な制度のある道場だな。ってことは、外街の道場ではないってことか?」
砥ぎ師の言葉に、ギデアは驚きで目を大きくする。
「……外街にも、剣術道場があるのか?」
「外街とはいえ、ここは迷宮街だ。ここで生まれた子供は、誰だって挑戦者に憧れる。その流れで、剣やら槍やらを習いたいって思う子供も出てくるさ」
この話を聞いて、ギデアは納得したことがあった。
挑戦者になったばかりの人の中には、時々やたらと上手い者がいるのだ。
個人的な技術というだけなら、本人の才能が高いという理由もあるだろう。
しかし、新人同士が小慣れた連携で戦っている姿に、ギデアは疑問を抱いたものだった。
その疑問の答えが、意外な場所で解消された。
「そうか。同門同士で挑戦者になったわけか」
「そういう場合もあるな。まあ大半が、十層すら越えられずに挑戦者を諦めるって話を聞くがな」
それもそうだろう。町道場で剣や槍を習っただけで迷宮を楽々と攻略できるのなら、ギデア以外にも三十一層に踏み入れていてもいいはずだからだ。
「仕事の出来栄えを見せてくれて、貴重な話をきかせてくれて、ありがとう」
「いいってことよ。ずっと武器ばっか砥いでいると、気が滅入ってくるからな。話し相手ができて、気分がスッキリしたぐらいさ」
ギデアは砥ぎ師と別れを告げて、散策へと戻る。
程なくして、職人区画を通り過ぎ、また住宅が立ち並ぶ区域へと出たのだった。




