師走のお菓子屋さんは戦場です
『第3回「下野紘・巽悠衣子の小説家になろうラジオ」大賞』投稿作品です。
指定キーワードは『お菓子』。
華やかなお菓子屋さんの裏側をお楽しみください。
バニラの甘い香り。
焼けたクッキーの香ばしさ。
色とりどりのデコレーションケーキ。
甘さと優しさと暖かさ、お菓子屋さんはそういうものに満たされている……。
そう思っていた時代が僕にもありました……。
「メレンゲ遅いよ! 何やってんの!」
「は、はい! ただいま!」
「よし! カスターは炊けてる!? シュー皮はまってくれないよ!」
「炊けてます! 冷めました! お願いします!」
「よし! そしたらクッキーの型を抜く! ゴーゴーゴー!」
「は、はいいいぃぃぃ!」
クリスマス前の洋菓子屋は、通常営業をしながら大量のケーキ作り、更にお歳暮やお年賀用の焼き菓子作り等もしなければならない。
必然的に仕事がめちゃくちゃ増える。
忙しいとは聞いていたけど、ここまでとは……!
普段穏やかな先輩が鬼軍曹のようだ。
「樫山! 接客出ろ! 店長がケーキの予約受けてて手が離せない!」
「わ、わかりました!」
見ればカウンターに小学生くらいの女の子がいる!
きょろきょろして不安そう……!
早く行かないと!
「待て! 口開けろ!」
「は、はい」
言われるままに口を開けると、先輩がぴっと何かを僕の口に放り込んだ。
しゅわっと溶けたそれは、僕の口の中を香ばしい甘さで満たしていく。
ショコラメレンゲだ……! うまぁ……!
「お客様の前で忙しい様子や疲れた顔は決して見せるな! お客様は菓子屋に菓子と共に夢を買いに来る!」
「は、はい!」
「さっきの険しい顔を見せるくらいなら、今のだらしない顔くらいで丁度いい! 行け!」
「はい!」
先輩に笑顔で返事をすると、僕は女の子のところに向かう。
「いらっしゃいませ。何をお探しかな?」
「あ、あのね、サンタさんが来た時にね、クッキー置いておくと食べてくれるって聞いたからね、買いに来たの」
「そうなんだ」
可愛いなぁ。
先輩が言ってた、夢を買いに来るって言った意味がわかる気がする。
「それならこれがいいかな。米粉っていうお米の粉でできていてね。口の中ですぐ溶けちゃうから、忙しいサンタさんもさっと食べられて元気になるよ」
「それにする!」
「ありがとう」
お金を払った女の子は、手を振りながら帰っていった。
あぁいう笑顔のためになら、まだまだ頑張れる気がする。
「戻りまし」
「よし! 型抜き続き! 終わったら焼き上がったマドレーヌを袋詰めしてシーラーにかける! 仕事はいくらでもあるよ! ハリーハリーハリー!」
「わ、わかりました!」
……クリスマスまであと十日……。
が、頑張れる、よな……?
読了ありがとうございます。
身内に菓子屋がいるので、クッキーの袋詰めのお手伝いをした事がありました。
百くらい詰めても、詰め合わせであっという間に消えるんですよ……。
それでもお客さんが喜んでくださると嬉しいですね。
……作ってはいないのですが、まぁ気分で。
次回でキーワードコンプリート!
お題は『時計』。
よろしくお願いいたします。