第1章 13才春(5)
GW明け、学校帰りに森山がぽつり、と言った。
「おまえの姉ちゃん、GW帰ってよな?」
またか、と思った。
「なんだ、やっぱおまえ、姉貴のこと?」
「違うって・・・ただ、見かけたってだけ」
なんか、森山の言い方ははっきりしなかった。奥歯に物が挟まったみたいだった。そして、その日はそのあと、こっちが話しかけても生返事するだけで、乗ってこなかった。変な奴。
もうすぐ中間テスト。今日は僕のうちに森山が来て、一緒に勉強する事になった。正直、森山はかなり成績悪い。スポーツは万能だけど、勉強は駄目。
僕は英語と社会が得意。数学と理科は苦手。それでも中の上ぐらいの成績。
だから、自然と森山に僕が教えることが多い。
「えーっと、ここの意味が分かんないんだけど」
「それ、この前も教えたじゃん。現在進行形だって」
「シンコウケイ?」
「そう、なになにしている途中ですって言うこと。いい加減、覚えなよ」
「僕は勉強しているところです、とか?」
「そうそう。そういうこと」
「なあ、ちょっと休憩しないか?」
「うん。そうだね。ちょっとお茶でも入れてくるよ」
「わりぃな」
そういうと、森山は鞄からマンガ取り出して読み始めた。本当に勉強する気、あるのか?
「ママがおやつ用意しておいてくれた。」
「あのなぁ、柴田。中二にもなって、『ママ』は変じゃね?」
「そんなこと、言われたって・・・」
僕は今までそんなこと感じたこともなかった。でもよく考えると、周りの男友達も昔は『ママ』って言ってた気がするのに、最近そんな言葉、聞かない。女子からは今でも聞くけど。
そうか、男子は『ママ』って言わなくなるんだ。言わなくなるのが普通なんだ。
最近、女の子の言い方をちょっと覚えようとしている僕は、世の中の男子の反対を行っているんだ。なんか、自分が変わっていこうとしているのを、改めて実感させられた。I'm going to 。
「いっただっきま~す。あ、うめぇ。この焼き菓子、うめえな」
「森山こそ、そんなガタイしてて、甘い物食べるんだね」
「あぁ、甘いもの、好きだよ。稽古して疲れた後なんか、甘い物はいいよな」
なんだ、見た目は高校生っぽいけど、まだかわいいところあるじゃないか。変に見直した。
「ところでさ、柴田」
「ん?」
僕はクッキーを加えて、マンガに目を落としたまま、なにげに返事した。
「おまえの姉ちゃんのツレ、可愛かったな」
僕は固まった。クッキーを床に落とした。なんか、なんか言わなきゃ。さりげない答えしなきゃ。繕わなきゃ。
でも何にも浮かばなかった。頭が真っ白になった。
「親戚の子?中学生ぐらいに見えたよ」
「そ、そうか?し、知らないな」
それだけ。それだけ絞り出すのがやっとだった。
「そうか、知らないのか。紹介、して欲しかったのにな。知ってたら」
どういうことだろう。紹介して欲しいって・・・当たり前のことさえ判らないくらい、僕は気が動転していた。
僕の沈黙を特に気にとめる様子もなく、森山はお菓子食べて紅茶飲んで、マンガ読んで。僕の中の止まった時間と、淡々と流れる森山の時間がすれ違っていった。