第1章 13才春(3)
電車を待つ間、さすがに気が気じゃなかった。
「姉貴、やっぱ恥ずかしいよ。」
姉貴の背中に顔をくっつけるようにして身を潜めた。でも姉貴のつっこみは、意外なところからやってきた。
「あのさぁ、雅志。その『姉貴』ってのやめなよ。そんな言い方、教えなかったよ?」
「え?なんで?」
そういえば、『姉貴』っていつから使い始めただろう。中学入ってから?そう、多分そう。姉貴が受験で急がしくて、あんまり遊んでくれなくなってから。
「だって、かわいくないじゃん。あんたの声、声変わりしてなくてかわいいし、外見はあたしが磨いてこんなにかわいいのに、その言い方とかぜんぜんかわいくないよ?もったいないじゃん」
「でも・・・」
「かわいいの、やなの?」
まさか、そんなことない。かわいいのは大好き。かわいいって言われるのも大好き。だから今、こうしている。
「そうか・・・そうだよね」
「そうよね、だよ?」
「うん・・・ええと、はい、お姉ちゃん」
「そうそう!」
そうか・・・僕は、いえあたしはこのとき、『あぁ、変わらなくちゃいけないんだ。いや、変わりたいんだ』と思った。
そう、理想の「かわいい」に近づくためには外見だけじゃ駄目なんだって、そう思った。
「うーん、よく考えたら雅志ってのも駄目だなぁ。じゃあ、雅巳ちゃん。どう?」
「やだ」
「え?」
「雅巳は、やだ。だって、雅志とほとんど同じじゃん。なんていうか、その、そう、完全にスイッチできる名前のがいいよ」
「そう、そうかぁ・・・」
姉貴は、もといお姉ちゃんはしばし考え込んだ。
「じゃあ、アズミちゃん」
「え、ええと、ありがとう。でもどうしてアズミちゃんなの?」
「えへへ・・・内緒」
「ずるい、教えてよぉ。」
「また、今度ね」
後から知ったけど、僕は、もといあたしは生まれる直前まで性別がよくわからなかった、らしい。少なくとも両親は知らされなかった。だから男の子用と女の子用と二つ名前を考えておいたんだって。
それが『雅志』と『アズミ』。だから、アズミはある意味、あたしの名前だったかもしれない名前なんだ。
その時は、そんなこと知らなくて、単純に気に入っちゃった。
アズミちゃん。初めまして、新しいあたし。
その日は、姉貴、もといお姉ちゃんとこの辺りじゃ一番おっきな、「若者の街」に出かけた。でも姉貴、もといお姉ちゃんに言わせると、「昔はとがってて、自由な街だと思ってたけど、東京と比べるとすっごく小さいし、堅苦しいなぁ」
だって。
「それでもあたしたちの町の辺りに比べたら、若い子が結構凄い格好して歩いてるよ?」
「東京じゃ、こんなのは当たり前、ってか、地味すぎ、ってぐらい」
「ふーん」
そうか、東京ってそんな街なんだ。じゃあ、あたしみたいのがいても、ぜんぜん気にならないかもね。
「アズミちゃんも東京なら目立たないかもね。そのうち、おいでよ」
心を見透かされてた。
ご飯食べて、ウィンドウショッピングして、お散歩して。久しぶりのお姉ちゃんとのお出かけは、恥ずかしさをだんだん忘れて凄く楽しかった。ただメイク直しのために女子トイレに入ったときには、凄く緊張したけど。
何人かの人がこっちを見ている。振り返っているのも判ったし、それが初めは凄く恥ずかしかったんだけど、だんだん慣れてきた。っていうか、うれしくなった。
(あぁ、今日はちょっと変われた?)