第1章 13才春(1)
「柴田、また一緒になったな」
中二の始業式の日、チャイムが鳴って片づけしていたら、背後から野太い声が呼びかけてきた。とても中学生とは思えないその声の主が誰なのか、振り返らなくてもすぐに判った。
森山修司、小三からの知り合い。家も近所。小学校時代は2クラスしかなかったし、帰りの方角が同じだったし、結構一緒に遊んでた。
でも高学年になると、森山は空手を始めて、あんまり時間が合わなくなった。
「あぁ、森山か。そうだね。よろしくね」
「久しぶりに一緒に帰ろうぜ?」
「空手は?」
「中学は大人と同じ夜の部だから、夕方は暇なんだ」
前に回り込んだ森山が机に手を突くと、ちょっと辺りが暗くなったような気がした。175センチって中二じゃかなりでかい方だし、肩幅もあるし。こっちが150ぽっちでひょろっとしてるから、並んだら大人と子供だ。いや・・・ちょっと不思議なたとえが浮かんだけど、考えないようにした。
「大人とやるなんて、しんどそうだね。」
「でも、俺の方がでかいこと多いから、そうでもないぜ?」
「あぁ、反則みたいなガタイだからな、おまえ」
そのときまでは、ぜんぜん普通の他愛もない会話だったはずだ。
でも、急に森山が変なこと聞いた。
「なあ、おまえの姉ちゃん、東京いったんだってな?母ちゃんが言ってた」
「なんだ、おまえひょっとして、姉貴のこと?」
「ちげーよ。逆だよ、逆。俺、おまえの姉ちゃん、苦手だったんだ。ちょっと怖いし」
「怖い?そうかぁ?おまえが怖いなんて、なんか変な感じだな」
「だって、相手は女だろ?男だったら、最後はぶっ飛ばして終わりにできっけど、そんな訳にも行かないし」
「そんなもんかなぁ。僕は男が相手の方がやだな。だって、こっちは『ぶっ飛ばされて終わり』の方だからね」
「大丈夫だ、そんな奴いたら、俺がぶっ飛ばしてやるよ」
なんだろう。そん時は気付かなかった。でもこれって・・・
「東京か、いつかいってみたいな」
「そうだね、いつかね」
その時はそれ以上の話は出なかった。昨日TVで見た日本代表の試合の話して、新しい担任の評判を話して、別れた。
それからもちょくちょく、森山の方から「一緒に帰ろう」と誘ってきた。別に断る理由もないし、なにより森山は一緒にいて楽だった。
そのころ、僕は姉貴がいなくなったことを含めて、色んな変化で戸惑ってた。
今まで週末は姉貴と過ごすことが多かったけど、遊び相手がいなくなってたことが大きかった。
それとどうやら、自分の『存在』が少し人と違うらしいことに気付いたこと。
ここの所、ぜんぜん背が伸びなくなったし、足のサイズも小さいまま。声変わりもしないし、なにより友達がどんどん「男臭く」なっていくのに、自分だけは『子供っぽいまま』
それが不思議だったけど、このころにはそれが「まあ、それもいいか」と思い始めていた。だけど、完全に納得していたわけじゃなくて、揺れ動いてた。
そんな僕を周りは「ちょっと替わった奴」と見始めているみたいだった。
いろいろあって髪型はポニーテールだし、それで中性的に見える僕をクラスの女子達は、どうやら悪くは思ってなかったみたいだし、それが逆に男子には反感買うし。
でも森山はそんな感じもなく、昔通りに接してくれた。だから楽だった。
ちょくちょく、週末に一緒に遊びに行くようにもなった。ちょっと繁華街にでて、ちょっとだけ背伸びした店を冷やかしたりした。
自分ではごく普通の男友達として接してた。ただ、周りから見ると随分不思議な組み合わせだったかもしれない。
見ようによっては高校生の森山と、小学生に見えかねない僕と。
でも、その時は何も意識なんてしてなかった。