8日目
あと二日で世界は終わる。私は携帯で、何度ももう聞いた曲を繰り返し再生していた。
料金を払っていないので、表示は圏外のままだ。でも、一度ダウンロードした曲は何度も聞ける。
「何ですか、その曲」
「え、知らない? CMとかで流れてたじゃん」
「知ってますけど、好きじゃないです」
じゃあ梨璃はどんな曲が好きなのかと思って聞いたけれど、私の知らないものばかりだった。何とかという有名な人が評価したもので、などと一生懸命説明をしてくれるので、私は彼女のその表情だけを見続けていた。
「……聞いてないですね?」
「ねぇ、梨璃ちゃんえっちしようよ。世界が終わるんだよ」
私はつい、口に出していた。
「しません」
今日も彼女の反応はつれなかった。昨日だって渾身の告白をしたのに、結局答えはもらえなかった。
相変わらず瑠々が帰ってくる気配はない。このまま梨璃の家族は、彼女を一人置いておくつもりなのだろうか。まぁ私にとっては都合がいいことだけれど。でも、まだ十代の彼女を放置しておくなんてどうかしている。
「考えてもみなよ。世界が終わる前に、経験しといた方がいいよ。お得だよ」
「何ですか、お得って」
「だって、やらないよりやった方がよくない?」
「単純な二分化はやめてください」
「梨璃ちゃん」
私は彼女の髪を撫で、そのまま肩を撫でる。彼女の体がわずかに震えるのがわかる。
それから私は彼女の首筋に手をやって、じっと顔を覗き込んだ。
「私と寝たからって、梨璃ちゃんが何か失うことは何もないんだよ」
「処女を失うじゃないですか」
「だから、それは失うようなものじゃないんだよ」
「わかりません」
「うーん」
私はそっと、唇を寄せる。何度もキスして、梨璃がどういうことをされると弱いのかはもうわかっている。梨璃は素直で、性欲と好奇心があって、まっすぐで真面目だ。
私だって、世界が終わるときじゃなかったらこんなに焦ったりしない。
「大丈夫、気持ちいいだけだから。怖いことは何もないよ。キスだってそうでしょ?」
「……本当に?」
もっと時間があるのなら、日にちをかけて、それこそホテルでも取れたかもしれない。でも、私たちに残された時間は二日しかない。
今、私は彼女が欲しかった。林檎の木なんて私は植えない。でも、世界が終わるとしても、終わるからこそ彼女が欲しい。
「ねぇ梨璃、好きだよ」
耳元でそっと囁いた。梨璃の体のこわばりが、ほどけていくのを感じる。人は抱えると暖かいのだな、と思う。こんなに素晴らしい命が、あと二日ですべて消えさえってしまうなんて信じられない。
「好き」
「……お姉ちゃんが好きなくせに」
じっと私を睨み付けて梨璃は言う。
「終わったことだよ」
「殺したいくらい好きなくせに」
「そうだったけど、でも今は違う。梨璃のこと、食べちゃいたいくらい好きだよ」
「お姉ちゃんより好き?」
「うん。ずっと好き」
それは素直な気持ちだった。もうこの数日、私はすっかり彼女への殺意も恨みも思い出さないでいる。ずっと取り憑かれたように考え続けていたことだったのに。
「……それを最初に言ってください」
梨璃はか細い声で答えた。
怖がって、ともすると泣きそうな彼女をなだめながら、彼女の部屋のベッドで抱いた。
せめと思って、たっぷり時間をかけた。
梨璃の反応は素直で、かわいくてかわいくてたまらなかった。薄めの胸も、白い肌も、何もかも手の届く場所にあるのが信じられないくらい、素敵だった。夢のよう、とはこういうことを言うのだと思う。
「あ……っ」
達した彼女を抱きしめる。時間が足りないと思ったばかりなのに、今、世界が終わってもいいのになとさえ思う。
「ね、怖くなかったでしょ?」
梨璃は私の方を見ずに、そっぽを向いてしまった。よほど恥ずかしかったらしい。そんな彼女を、私は後ろから抱きしめる。
「……怖かったですよ」
「どこらへんが? 痛かった? ごめんね」
頭を撫でると、おそるおそるといった様子で梨璃は振り向いた。
「気持ちよすぎて、怖かった」
私は彼女の唇にキスをする。そのままもう一度始めてしまいたかったけれど、怯えた様子の梨璃に配慮して何とか気持ちを静めた。
梨璃の頭を撫で、おやすみと囁く。少ししてから、梨璃は顔を寄せてきた。そしてほとんど聞こえないくらいの小さな声で、おやすみなさいと言った。