6日目
「梨璃ちゃん、好きな子はいるの? もしかして学校行くのって、そういう理由じゃない?」
他の生徒が真面目に通学しているのかはわからない。でも、ありそうなことだと思った。やっぱり学校といえばひとつのロマンスの場だ。勉強をしに行っているより、そっちの方が信憑性がある。
もしかして、昨日の友達を呼びたくないのも、逆に彼女のことが好きだからかもしれない。思春期の人間関係は難しい。
「いません」
だが梨璃の答えは冷たかった。だがもし仮にいるとしても、彼女が「います」と言うわけがない。私はじっと彼女の表情を観察した。
「じゃあ梨璃ちゃんって処女?」
わかりやすく彼女の顔色が変わる。
「な」
「ねぇ世界が終わるより前に、えっちぐらい経験してみたくない? 好きな人がいるなら告白しなよ」
「セクハラ! 死ね!」
真っ赤な顔をして、梨璃は付近にあったクッションを私に投げつける。
「まだ何もしてないのに」
「言動がハラスメントそのものじゃないですか!」
つくづく反応が素直で面白い子だった。常に新しい女との恋愛を探し求めていたような姉とは大違いだ。
「いや嫌がらせするつもりはなくてさー」
クッションを投げつけ終わった梨璃は、他の物も投げられないかとあたりを見渡す。そして分厚そうな参考書を手に取った。
「待って待って、マジで。悔いの残らないようにしなよ、ってこと」
やがて、ぽつりと梨璃は言った。
「好きな人なんて、いません」
「えー、そうなの? 昨日の女の子は?」
「友達です」
だけどちょっとだけ梨璃の声が小さくなったのがわかる。
「好きなんじゃないの?」
私だって、本来ならこんな風に誰かの色恋沙汰に口を出ししない。でも、残された日にちはあとたった四日なのだ。好きなら思いを告げるだけでもするべきじゃないかと思った。
「……違います」
「ねぇ、私は別に無理強いするつもりはないけどさ。だって、世界、終わるんだよ?」
だんだんと梨璃の勢いがなくなっていく。私は投げつけられたクッションを握りながら、ただ彼女の言葉を待った。
「ほんとに、違います」
「ふぅん」
「……お姉ちゃんのこと、そんなに好きだったんですか。今も?」
急に顔を上げて、梨璃は不安げに私を見た。一瞬どきりとしてしまう。姉とは似ていない、純真な目。
私は二十一歳で、彼女はまだ幼い元カノの妹だ。だからだめだ、とわかってはいるのについ、手を伸ばしたくなってしまう。
「好きだったけど、今は、ちょっと違うかな」
「でも殺したいんですよね」
「……そうだね」
私はそっと、梨璃の手に触れる。
「ねぇ、梨璃ちゃんがいいならいいんだけど、でも、悔いがないようにした方がいいと思うよ。別にえっちするしないじゃなくてもさ」
「……女性との経験でも、処女を失うって言うんですか」
私を見て梨璃はたどたどしく言う。
「だって、その……女の人とだと……」
「言うよ、別にそんなの男としようが女としようが、どっちにしろ何かが変わるわけじゃないし」
「え、だって、変わるじゃないですか」
「変わんないよ、セックスぐらいで」
バカにされたと思ったのか、むっとして梨璃は黙り込む。かわいいなぁ、と思って私はつい彼女の頬をつんとつついてしまった。梨璃はそのままの顔で私を睨み付けてくる。
「あ、怒った? いいよ、何か夢があるなら教えてよ。お姉さんがフレンチと夜景のきれいなホテルの予約してあげようか」
「いいです!」
「でもそういう幻想は大事だよ」
「もう知りません」
「なんで梨璃ちゃん、怒ってるの」
私が彼女くらいの年齢だったときは、複数人と経験があった。高級ホテルなんかとは縁がなくて、場所は六畳間の煎餅布団とか子ども部屋の二段ベッドの下とか狭苦しい車だったりした。
セックスぐらいで何も変わらない。でもそういう話はしない方がいいのだろうなと思う。今はこの子の純真さを、なるべく壊さないように愛でていたい気分だった。
「ねぇ、じゃあキスは?」
振り向いた彼女に、私は不意打ちのキスをかます。ちょんと唇が触れただけだったけれど、梨璃は飛び跳ねるような反応を示す。
「したことある? 今しちゃったか」
「いきなりキスするとか性暴力です!!」
そう言って真っ赤な顔で、彼女は唇をごしごしと拭いた。
「じゃあどうしたらいいの」
「合意を取って下さい」
私だって、いたいけな少女に乱暴なことをするつもりはない。でも、いちいち梨璃の反応が素直でかわいいので、ちょっかいを出したくなってしまう。
だが、「キスします」なんて言って梨璃がオーケーを出してくれるとも思えない。
「わかった、じゃあ私は十秒以内にキスするから、嫌だと思った時点で右手を挙げて」
「何ですか、その歯医者みたいな……」
私は一寸の間もなく彼女の顎を取る。
「んっ……」
彼女の右手が私の腕を掴む。でもその手が、上げられることはなかった。
自慢ではないが私はわりとキスがうまいのだ。
梨璃は真っ赤な顔をして、息継ぎが下手だった。ういういしくて、なかなか悪くない。このままだと彼女が窒息死してしまいそうだから、私はたっぷりと彼女の唇を味わったあとに解放してやる。
梨璃は全力で走った後みたいに、赤い顔で荒い息をしていた。
彼女は何も言わなかった。
「じゃあ次は舌を入れるから、嫌だと思ったら同じように右手を挙げて」
右手が上がることは、決してなかった。