5日目
「梨璃ちゃん、今日休みだよね、デートしようよ」
「人のいるところには行かない方がいいですよ」
「人、いるの?」
世界が終わるというのに、意外とみんな普通に過ごしているのだなと思う。暴動を起こしたり家を燃やしたり、そういうことはしないのだろうか。テレビは付けないようにしていたし、携帯も料金を払っていないので圏外のままだたからわからない。
元恋人を殺しにいこうとするような私は、少数派らしい。
「近所のモールとかはすごく混んでるらしいです」
「何それ、ゾンビじゃん」
行きたい行きたいとねだったら、彼女は重い腰を上げた。今日は休みだからジーンズにパーカーという格好だった。いかにも地元で過ごす高校生という感じでかわいい。
「知り合いにあっても、変なこと言わないでくださいね」
そう言って彼女は私にキャップをかぶせ、マスクをさせ、サングラスをかけさせた。完全な不審者だ。彼女もいつもかけている眼鏡にマスクという格好だった。
でも外を歩くと、似たような格好の人は多かった。町ゆく車も人通りも明らかに少ないし、多くの店は閉まっている。やっぱり世界が終わるんだなぁと私はしみじみ思う。
連れてきてもらったショッピングモールは、初めて来るところだった。マンションみたいな巨大な見た目をしている。
「すごい! 何でもありそう!」
「子どもじゃないんですから、そうはしゃがないで!」
案内を見ると、映画館からゲームセンター、スーパーに本屋、服屋と本当に何でもあるらしい。梨璃の言っていた通り、マスクをした家族連れなどで賑わっていた。世界が終わるというのにこの人たちは何をしているんだろう。
私がふらふら人の多いところに引き込まれそうになると、ぐいと腕を引かれた。
「何が見たいんですか」
「別に、デートだから梨璃の見たいとこでいいよ」
「私は別に用事ないです」
「じゃあゲーセン行こっか」
梨璃はそのまま、私の腕を引いていってくれる。
「ちゃんと手、繋がない?」
「嫌です」
でも、実際店の前に来てみるとゲームセンターは閉まっていた。
「ああ……やっぱやってないですね」
買い物は許されるけれど、ゲームで遊ぶのはだめということらしい。映画館も閉まっているし、本屋も土日は休業だった。何でもあるかと思ったのに、全然何もない。こんなの思っていたのと違う。
「えー、じゃあどうしよう……」
受かれていた気持ちが急速にしぼんでいくのを感じる。やっぱりまだ私の腕を掴んだままの梨璃は、ぼそりと言った。
「クレープ食べますか」
ちょうど斜め前あたりにあった店だった。こちらはちゃんと営業してくれている。
「梨璃、食べることばっかだよね」
「しょうがないじゃないですか! こんな状況で楽しみは食べることくらいなんですよ」
こんなに食べているのに、梨璃はすらりと痩せている。若いってずるい。
クレープ屋は営業こそしていたものの、テイクアウトのみだと言われたので結局、私たちはそれを家に持ち帰ることになった。
「あ、待って下さい、こっちから行きましょう」
「なんで?」
梨璃が不自然に隠れようとするそぶりを見せるので、私は周囲をうかがう。
「あれ、梨璃じゃん」
前から歩いてきたのは短いスカートを履いた、高校生くらいの女の子だった。黒いマスクをしている状態でもわかるくらい、かわいらしい子だった。同級生だろうか。梨璃より大人っぽく見えるけれど、大差はないのかもしれない。
「今一人なんでしょ? 家遊び行かせてくれるって言ったじゃん。いつ行っていいの?」
「ごめん、ちょっと事情が変わったから無理」
「えー、なんで?」
変わった子だけれど、人並みに友達はいるようでよかったなと私は親のように思う。友達も呼ぶならおやつをもっと用意しないといけないけれど、何人くらいだろうか。
「とにかく変わったの! ごめん、もう行くから」
そう言って梨璃は再び、私の腕を取った。友達は不満げにまだ何か言っている。
「友達も呼べばよかったのに。もうすぐ世界が終わるんだし、今のうちだよ?」
会えなくなってしまうのに、邪険にしてしまうなんて悔いが残らないだろうか。
「私なら全然構わないし、何なら女子高生が増えて嬉しいけどな。さっきの子、かわいかったね」
「私は構うんです!」
「なんで?」
「家にいるあなたのこと何て言えばいいんですか」
「姉の元カノ」
梨璃はすっかり機嫌を損ねた様子で、口をつぐんでしまった。私の腕を離すと、一人で先を歩き出す。
「待ってよ」
「私、友音さんみたいな人嫌いです」
「えー、ひどくない?」
やっと打ち解けてきたと思ったのに、梨璃は私の顔を見ない。
結局、所要時間一時間も経たない短いデートだった。
家で紅茶を入れて、お皿にうつして食べたクレープはおいしかった。
「私、何も余計なこと言わないから友達呼んだら? 何なら隠れてよっか?」
「いいですってば!」
梨璃は頑なだった。一度は呼ぶと言ったのだから、人を家に入れるのが嫌なタイプというわけでもないのだろう。
「私ばっか梨璃を独占して悪いじゃん」
梨璃はそれきり口を閉ざしてしまい、一言も答えなかった。