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10,000年の恋 時間百合シリーズ  作者: あいだ
10日後に世界が終わる百合
4/15

4日目


 私はすっかり、元カノの家に居座ることに成功した。斧はとりあえずは傘立てに入れておいた。どうせ来客もいないし構わないだろう。


「梨璃ちゃん、朝だよ」


 彼女は朝は、いつも七時に起きると言っていた。だが、十分が過ぎても音沙汰がない。

 仕方がないので私は部屋をノックしに行った。ドアには「RIRI」と木でできた看板がかけられている。


「朝だよー」


 絶対に入らないように言われた。でも、朝起きられなかったら通学できない彼女がかわいそうだ。だからこれは仕方がない。


「入るよ」


 彼女らしい、シンプルな部屋だった。飾りはほとんどなく、机の上には教科書が並んでいる。真面目で模範的な高校生の部屋という感じだった。

 梨璃はベッドの上で、乱れた寝相で横たわっていた。


「梨璃ちゃん、朝だよー」


 私は彼女を揺さぶる。ううん、と言って彼女はうめくけれど起きようとしない。


「キスしちゃうよ」


 顔を覗き込んだけれど、それでも彼女は布団の中に潜り込もうとするばかりだった。


「うーん、じゃあ携帯見ちゃうよ」


 私はコンセントに繋がった携帯電話を手に取る。もちろんロックはされていたけれど、壁紙が目に入った。そこにうつっていた人物を見て私は息を飲む。


「な、何してるんですか!!」


 やっと目を覚ましたらしい梨璃が、慌てて携帯を取り上げる。髪も寝間着もぐちゃぐちゃだった。


「朝だよって言ってるじゃん」

「勝手に入ってこないで下さい!!」


 乱れた寝間着を直しながら梨璃は言う。髪はあちこち跳ねていた。


「大丈夫? 髪ブローした方がいいんじゃない」

「何でもいいですから!! 出てって下さい!!」


 年頃の娘を持つってこういう感じなのかなぁと思う。

 私はリビングに戻って、朝食の並んだテーブルを見る。昨日、朝食は何が良いかと聞いたら和食と言われたから、張り切って作った。

 料理は得意だ。でも、しばらく一人だったから、誰かにふるまうということをすっかり忘れていた。梨璃はいくらでも食べてくれるので、作りがいがある。

 でも結局、梨璃は慌ただしく制服を着て、朝食を食べないまま学校に出かけていった。このままではなんとなく癪だった。


「梨璃ちゃん、待って、忘れ物」

「なんですか!?」


 見え見えの罠に彼女がひっかかったのは、やっぱり慌てていたからではないかと思う。

 私はそっと、振り向いた彼女の頬にキスをする。


「何して……!」

「いってらっしゃい」


 耳まで真っ赤にして、ローファーをつっかけて梨璃は慌ただしく出て行った。




 私は彼女が出て行った後の玄関に、一人座り込んだ。

 梨璃の携帯の壁紙になっていた写真を、私は思い出す。瑠々の写真を私はすべて消した。だから彼女の姿を見たのは久しぶりだった。

 殺してやろうと思っていた。

 私は斧の刃を撫でる。世界が終わるなら、彼女を許したままではおかない。法が罰さなくても、神様が許したとしても、私だけは彼女を恨む。そう思っていた。


「何なんだろうなぁ」


 梨璃はよっぽど姉が好きなのだろう。きらびやかで着飾るのが好きな瑠々は、勉強なんてろくにしていなかった。そんなことをしなくても、養いたいという男や女が引きも切らない女だ。

 あの写真を見たとき、なぜだかひどく私はびっくりしたのだ。

 瑠々の顔を、ほとんど忘れていたから。

 ――瑠々はどうせ別荘で、自由にやってる。

 世界が終わるなら、やりたいことはひとつだった。瑠々を殺すこと。彼女と別れてから私に恋人はいない。誰かを好きになることもなかった。だから世界が終わるそのとき、過ごしたい相手もいない。

 私は立ち上がり、キッチンのテーブルの上に残されていたご飯にラップをかけていく。

 きっと瑠々は帰ってこない。そして世界は終わる。何もかも無駄なのに、私はなんでこんなことをしているのだろう。私はそのまま、テーブルに伏して眠った。



 電子レンジが立てる音で、私は目を覚ました。


「あ」


 悪事を見つかったかのような顔で、梨璃がこちらを見ていた。


「あれ……」


 私は気がつくと随分眠ってしまっていたらしい。


「おかえり……?」


 梨璃がいるということはもう夕方なのだろう。彼女は制服を着ていて、カバンも肩からかけたままだ。帰ってきてすぐのようだった。


「どうしたの?」

「これ、食べていいんですよね」


 梨璃が電子レンジでチンしていたのは、私が作った朝食だった。


「この時間に?」

「お腹が減ったんです!」


 恥ずかしそうに彼女は言う。今日はおやつを作りそこねてしまった。梨璃は甘い物が好きだ。食べ盛りの十代は、一日三食では足りないのだろう。世界が終わるから彼女が成長したって何の意味も無いのかもしれない。

 でもそれでも、学校から帰ってきた彼女のために、作ればよかった。


「林檎の木を植える、かぁ……」

「何? 食べるからね!」


 そう言って彼女はテーブルにつくと、一人で食事を始めた。私はそんな彼女の様子を、ただぼんやりと眺めていた。

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