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10,000年の恋 時間百合シリーズ  作者: あいだ
10日後に世界が終わる百合
3/15

3日目


「おかえり、梨璃ちゃん! おやつあるよ」

「あの……なんでいるんですか?」


 私はとうとう、家の中に侵入することに成功した。今朝、ゴミ捨ての時に梨璃は鍵をかけずに家を出た。その際に私は侵入し、無事梨璃が学校に行っている間、おやつと夕飯の用意をすることに成功したのだ。


「いや怖いんですけど! 不法侵入ですよ!」


 玄関先で、顔を歪めて梨璃は言う。

 世界が終わるというのに、今日も通学とはご苦労なことだ。


「でも私たちもう知らない仲じゃないじゃん? 私も毎日電車に乗ってくるより、ここに滞在させてもらった方がいいと思うんだよね」

「百パーセントあなたの都合じゃないですか!」

「だからご飯作ってあげるよ。あ、お風呂も掃除しといた。だめだよ、水回りはちゃんと掃除しないと」


 風呂場は結構な汚さだった。自覚があるのか、梨璃は押し黙る。


「知ってる? 人間一人いると意外と便利だよ」


 梨璃はあまり家事が得意でない、というのは玄関先に舞う綿埃を見てすぐにわかった。昨日、ご飯に釣られたことからしてもそうだ。台所のゴミを見る限り、カップラーメンやコンビニ弁当でしのいでいるらしい。


「ギブアンドテイク。ウィンウィン。でしょ?」


 私は交互に自分と彼女とを指し示して見せる。幸い家の中にはある程度の食料もあった。梨璃が自炊するつもりだったのか、両親が残していったのか。どちらにせよ食材は痛み始めていて、しばらく放置していたものと知れた。


「もったいないから野菜、使っちゃったよ。今日の夕飯は野菜炒めね。あ、豚肉も入れたから」

「……私の部屋には、絶対入らないでくださいね」

「何それ、お誘い?」

「どうしてそうなるんですか!」

「それよりおやつ、食べようよ」


 パウンドケーキなんて作るのは久しぶりだった。さっきから家の中には甘い匂いが充満している。

 お菓子作りは、食べることもそうだけれど、この匂いがいい。世界が終わるときでもお菓子は甘いし、甘い物は幸せだ。


「甘い物好き?」


 梨璃は答えなかった。でも、私はゴミ箱に捨てられていた菓子の袋で察していた。


「お茶も入れるね。紅茶でいい?」


 私は勝手知ったるキッチンの戸棚から茶葉を取り出す。


「……お姉ちゃんと付き合ってたときにも、来たことあるんですか、うち」


 そんな私を背後から梨璃は見ていた。


「あるよー。実はね、そこのソファで」

「変なこと言ったら殺します!」


 そう言いつつ梨璃はカバンを下ろして、テーブルにつく。やっぱりお腹が空いているらしい。若い子らしくて結構なことだな、と思う。素直さ、性欲、食欲、好奇心。何もかもが私にとってはまぶしい。


「あの、名前なんていうんでしたっけ」

「お姉さんでいいよ」

「ババアって呼びますよ」


 紅茶のいい匂いが広がる。高校生ぽいなぁと微笑みつつも、私は言った。


「友音。友達の友に、音楽の音」

「……友音さんは、お姉ちゃんのどこが好きだったんですか」

「んー、一言では言えないよ」


 私はティーカップを取って、梨璃の待つテーブルの上に並べる。


「またあれですか、『女はどうこう』って」

「女っていうか、まぁ人間同士ならね、色々あるでしょ。まぁ動物相手でも色々あるか」

「殺したいくらい、好きだったってことですよね」


 梨璃の眼鏡の奥の目が、私をじっと見ていた。まっすぐな目だ。まだ何も知らない新雪みたいに見える。


「……どうかな」


 私は苦笑した。


「世界が終わるなら、私が殺してやろうって思ってたの。ずっと」


 即席のお茶会の準備が整った。私は梨璃の斜め前の席につき、フォークを握る。


「いただきます」


 確かに愛していたのだ、と思う。でも、彼女は私をないがしろにした。怒りながら、恨みながら、愛し続けるということは可能なんだろうか。私にはわからない。

 彼女は私を捨てた。それから私はずっと一人だ。


「おいしい」


 梨璃が思わずというように呟いた。「おかわりあるよ」と私は言う。彼女はもう私を見ずに、ケーキを熱心に口に運び始める。


「お姉ちゃんは、ケーキ作ったりしてくれなかったの?」

「あの人がそんなことするわけないじゃないですか」


 確かにそうだ、と思う。気高いあの女が、小麦粉を前に悪戦苦闘なんてするはずがない。ケーキが食べたいなら誰かに焼かせればいい、と真顔で言いそうな女だ。

 だが瑠々はともかく、両親だっていたはずだ。瑠々から両親の話を聞いたことはほとんどない。


「私、ケーキ作り得意なんだよね。ウィンウィン、でしょ?」


 私はじっと梨璃を見ながら、ことさらおどけて片言で言ってみせる。眉根を寄せながらも、梨璃はケーキを食べるのはやめなかった。

 こうして私は無事、元カノの家に潜入することに成功したのだった。

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