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10,000年の恋 時間百合シリーズ  作者: あいだ
10日後に世界が終わる百合
11/15

彼女について

 クソ迷惑な、頭のおかしい女の話をします。


 誤解しないでください。私は普段、こんな言葉遣いはしません。でも、あの女のことだけは例外です。

 なんであいつと付き合っていたのか、お姉ちゃんに聞いてみたいです。どう考えても、お姉ちゃんには釣り合わない女でした。

 その女は、「世界が終わる」と信じていました。

 実際には、医師に十日後までしか命がないことを宣告されたらしいのです。「自分は十日後に死ぬ、つまり世界は終わる」と思い込んでいたのです。

 私は倫理の授業が好きです。世界はその人の主観によって生まれるものであり、その人が死ぬとき世界も終わる、そういう考え方を習ったことがあります。でも本当にそんな風に考えるのは、ちょっと子供っぽすぎるんじゃないかと思います。

 誰が死んでも、世界は終わらない。当たり前なことです。

 ちょうど未知の感染症が流行して、日本中に緊急事態が宣言された頃でした。地元でも店が閉まり、外には人が極端に少なくなりました。だから彼女はますます世界が終わると信じ込んだのだと思います。

 確かにシャッターの閉まった商店街の様子は、ちょっと世界の終わりみたいではありました。

 私は一人家に残っていました。学校は休みになったのですが、毎日補講があったからです。高校が休みの間も、塾は普通にやっているので、ますます塾に行っている生徒と行っていない生徒の差が開くと生徒の親から不満の声が出ました。だから、塾に行っていない生徒向けに、細々と補講が開かれていたのです。

 姉や両親はこんな状態なら別荘で過ごすといって、早々に東京を出て行きました。別荘地にだって近隣の住民はいるわけだし、よくないと思います。でも私が何を言っても無駄でした。

 姉には、友音が来たことも電話で伝えました。


「我慢しなくていいから、その病院に電話しなさい」


 姉に言われたのは、とある病院の電話番号でした。そこに電話をすると職員が来てくれて、友音を閉じ込めてくれるらしいのです。

 でも、もし閉じ込められたら彼女は、建物の中で一生を終えることになります。


「お姉ちゃんは……会わなくていいの?」

「今更会ってどうするのよ、死ぬ人間に」


 確かにそうなのかもしれません。

 でもそんなことを言うなら、私もせいぜい百年程度で死にます。

 ――それなら私が生きてることも、無駄じゃないでしょうか?

 私は地学の勉強も好きなので知っています。太陽は膨張していて、あと七十六億年程度で太陽系は終わります。地球は塵になるのです。いくら文明を必死に守ろうと、どうせすべては終わります。花は枯れるし、遺跡は土に還り、シェイクスピアも忘れ去られます。

 私にはわかりませんでした。

 だから、私は頭のおかしい女の観察を始めました。死んでいく彼女のそばにいたら、何かわかるのではないかと思ったのです。

 私は実際、いくつかのことを学びました。

 キスの角度。口の中の気持ちいい場所。きらきら光っていたホースの水のこと。ケーキの甘さ。平凡な夕日。指の届く深さ。髪を撫でられる感触。

 そうしてきっちり十日後に、友音は死にました。



 私は明日も、ちゃんと朝起きます。

 そして学校に行きます。授業を受け、真面目に勉強をして、いい点数を取っていい大学に行って、ちゃんと大人になります。


〝世界が終わろうが、終わらなかろうが。そんなことどうだっていいです。私には関係ない。私は自分でできることをします〟


 私の気持ちは変わっていません。

 私は間違えたりしません。間違えても、元カノの家に斧を持って行って、殺そうとするような大人にはなりません。私はちゃんと賢く真っ当な大人になって、お金を稼いで幸せに暮らします。

 私は正しく、堅実に日々を過ごします。あんな女がいなくたって、私は変わりません。ただ、元通りの日常になっただけです。

 私の人生はまだまだ長いのです。

 それに、私はもともとお姉ちゃんみたいな女の人が好きです。

 あんな軽薄な女は、好みではありませんでした。もっとはっきり言えば、嫌いです。

 歯並びが悪いところも嫌いです。キスのたびに八重歯が気になって仕方ありませんでした。

 年上ぶって話すところも嫌いです。

 音楽の趣味も嫌いです。彼女が聞いているのは、流行の軽率な曲ばかりでした。趣味が悪いことこの上ありません。

 キスが上手いとこも嫌いです。さりげなく経験を感じさせるところなど最悪です。他の誰かの存在を匂わせるという意味で不快極まりありません。

 ベッドでやたら甘い声を出すところも嫌いです。私の頭を何度も撫でてきたことも。子どもだと思っているのです。私はもう十七なのに。

 胸が私より大きいところも嫌いです。やわらかくて、嫌いです。

 嫌い、嫌い、全部死ぬほど嫌いです。とにかく嫌いでした。あんな女、本当に大嫌いです。


「……っ」


 涙が後から後からこぼれ落ちていきます。世界は終わらないのです。彼女がいなくなっても。私は生きています。

 ――どうして?

 死んでからもこんなに迷惑な、頭のおかしい女。

 私が嫌いで嫌いで大嫌いな、もう会えない人。

 ラジオから流行の音楽が流れ出して、また彼女に対する恨みが募ります。こんなどこにでもかかっている曲を好きだなんて、本当にセンスがありません。


 私は今日も、明日も生きています。

 だけど私が世界を終わらすスイッチなんて持っていなくて本当に良かったと思います。

 そうじゃなかったらあやうく今日、世界は終わっていたからです。


(了)

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