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10,000年の恋 時間百合シリーズ  作者: あいだ
10日後に世界が終わる百合
10/15

10日目


 今日、世界が終わる。

 間の抜けたことに、私たちはどこで終わりを迎えるべきなのか、ちゃんと話し合ってこなかった。

 だから朝早くから、私たちは議論を重ねた。ベッドの上で、裸のままで。


「梨璃は、世界の終わりはどこで見たい?」

「海とかが定番なんじゃないですか」

「え、葉山?」

「違います! 東京にも海あるし! 別に夕日を見てなんてロマンチックなこと考えないですから!!」


 世界が終わるんだなぁ、と思う。なんだかまだ信じられない。


「いつも通りでいいんじゃないですか」


 梨璃がそう言ったから、私たちはその前の日とほとんど変わらない形で過ごした。

 私は梨璃のために食事を作り、彼女はぺろりと食べた。


「ケーキ、食べたいです」

「バター足りるかな……」


 結局その日作ったケーキは材料が少し足りなくて、前ほど上手くはできなかった。近所のスーパーでは製菓の材料が軒並み品切れだったのだ。でも、梨璃はおいしいと言って食べた。


「友音さんのケーキが、世界で一番美味しい」


 満足そうに、梨璃はそう言った。

 世界は終わってしまう。今日何を食べたって、何をしたって無駄だ。

 私はそれまで、梨璃がどうして学校に通い続けているのか、一人で日常を過ごしているのかよくわからなかった。

 勉強なんて意味がない。大金をぱあっと使ったり、なるべく景色のきれいなところに行ったり、そういうことをした方が得だ。あるいは、どうしても許せない女を殺しに行くとか。法律なんて何の役にも立たないのだから。

 だって今までもずっとそうだった。誰も私を助けてくれたことなんてなかった。誰も私の合意なんて求めなかったし、好きになった女は私を裏切った。

 全人類が怒ってもいい案件なのだから、私には彼女を殺す権利がある。そう思っていた。

 何もかも無意味だし、世界は美しくない。

 ……でも、少しだけわかった気がする。


「ありがとう」


 私は荒れ果てた世界の中で立ち続ける林檎の木を想像し、そっと梨璃の頭にキスをする。




 本当に、ケーキを焼く以外はほとんど何もせずに過ごした。ケーキを食べてしまった後も、家の中にはまだ甘い香りが漂っていた。私はこの匂いが本当に好きだ。

 せめて終わりの日らしいことをしようということで、梨璃の言っていた夕日を見ようという話になった。


「そっちの窓から見えます」


 梨璃に言われた通り、西側の窓の前に二人で陣取って空を眺める。

 夕日鑑賞の舞台としては、別にとびきりというわけじゃなかった。電線でじゃまされて、ごみごみしている。近所の家で焼いているのかどこからか魚のにおいがして、カラスも鳴いている。普通の夕焼けだった。

 私たちはそっとキスをした。

 私はその夕焼けより美しい景色を知らない。

 夕飯は梨璃のリクエストでハンバーグにした。つくづく好みがかわいらしい。


「最後の晩餐だ」

「大丈夫ですか、体調」

「え、何、私のこと心配してくれてんの?」

「……何でもないです」


 夕飯を食べて、ワインを開けた。もちろん未成年が飲酒するのは本当は禁止だ。だけど世界が終わるのだから、これくらいは見逃して欲しい。


「ほんとに終わるのかな、世界」


 すっかりお腹がいっぱいになって、お酒もまわってくる。私と梨璃はソファに座っていた。テレビなどでは大騒ぎをしているのかもしれないけれど、つける気にはなれなかった。


「何時とか、決まってるわけじゃないですよね」

「うーん、でも今日なのは確実なんでしょ? 科学すごいよね」


 私は梨璃の手を取る。


「ねぇ梨璃、キスしてよ」

「……なんでですか」

「世界が終わる瞬間にキスしてた、ってロマンチックじゃない?」

「馬鹿みたいなこと言わないでください」


 我ながら良い案じゃないかと思ったのだけれど。少なくともその瞬間、元カノを殺していました、よりは数倍いい。血にまみれ斧を振るう自分を私は一瞬だけ想像する。そうならなくてよかった、と初めて思った。


「あ、じゃあキスじゃなくてえっちしてた方がいい?」


 私はそれ以上言うことはできなかった。ぐいと私の顎を取って、梨璃が乱暴なキスをしたから。たっぷり三十秒はかけてキスをしたあと、私はやっと言った。


「まだ終わってないよ」


 私たちはそのままキスをし続けた。

 だって、いつ終わってしまうかわからないんだから、ずっと続けているしかない。


「好き」


 息の合間に、私は繰り返す。


「好きだよ」


 息が苦しくなっても、唇が腫れそうだと思っても、私たちはそのままキスをし続けた。

 いつまでも、いつまでも。


「……好き」



 だからわからない。いつ世界が終わったのか。

 私の意識は気がつくと、暗転していた。それが最後の瞬間なのだと、気づく間もなかった。

 そうして世界は終わった。

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