10日目
今日、世界が終わる。
間の抜けたことに、私たちはどこで終わりを迎えるべきなのか、ちゃんと話し合ってこなかった。
だから朝早くから、私たちは議論を重ねた。ベッドの上で、裸のままで。
「梨璃は、世界の終わりはどこで見たい?」
「海とかが定番なんじゃないですか」
「え、葉山?」
「違います! 東京にも海あるし! 別に夕日を見てなんてロマンチックなこと考えないですから!!」
世界が終わるんだなぁ、と思う。なんだかまだ信じられない。
「いつも通りでいいんじゃないですか」
梨璃がそう言ったから、私たちはその前の日とほとんど変わらない形で過ごした。
私は梨璃のために食事を作り、彼女はぺろりと食べた。
「ケーキ、食べたいです」
「バター足りるかな……」
結局その日作ったケーキは材料が少し足りなくて、前ほど上手くはできなかった。近所のスーパーでは製菓の材料が軒並み品切れだったのだ。でも、梨璃はおいしいと言って食べた。
「友音さんのケーキが、世界で一番美味しい」
満足そうに、梨璃はそう言った。
世界は終わってしまう。今日何を食べたって、何をしたって無駄だ。
私はそれまで、梨璃がどうして学校に通い続けているのか、一人で日常を過ごしているのかよくわからなかった。
勉強なんて意味がない。大金をぱあっと使ったり、なるべく景色のきれいなところに行ったり、そういうことをした方が得だ。あるいは、どうしても許せない女を殺しに行くとか。法律なんて何の役にも立たないのだから。
だって今までもずっとそうだった。誰も私を助けてくれたことなんてなかった。誰も私の合意なんて求めなかったし、好きになった女は私を裏切った。
全人類が怒ってもいい案件なのだから、私には彼女を殺す権利がある。そう思っていた。
何もかも無意味だし、世界は美しくない。
……でも、少しだけわかった気がする。
「ありがとう」
私は荒れ果てた世界の中で立ち続ける林檎の木を想像し、そっと梨璃の頭にキスをする。
本当に、ケーキを焼く以外はほとんど何もせずに過ごした。ケーキを食べてしまった後も、家の中にはまだ甘い香りが漂っていた。私はこの匂いが本当に好きだ。
せめて終わりの日らしいことをしようということで、梨璃の言っていた夕日を見ようという話になった。
「そっちの窓から見えます」
梨璃に言われた通り、西側の窓の前に二人で陣取って空を眺める。
夕日鑑賞の舞台としては、別にとびきりというわけじゃなかった。電線でじゃまされて、ごみごみしている。近所の家で焼いているのかどこからか魚のにおいがして、カラスも鳴いている。普通の夕焼けだった。
私たちはそっとキスをした。
私はその夕焼けより美しい景色を知らない。
夕飯は梨璃のリクエストでハンバーグにした。つくづく好みがかわいらしい。
「最後の晩餐だ」
「大丈夫ですか、体調」
「え、何、私のこと心配してくれてんの?」
「……何でもないです」
夕飯を食べて、ワインを開けた。もちろん未成年が飲酒するのは本当は禁止だ。だけど世界が終わるのだから、これくらいは見逃して欲しい。
「ほんとに終わるのかな、世界」
すっかりお腹がいっぱいになって、お酒もまわってくる。私と梨璃はソファに座っていた。テレビなどでは大騒ぎをしているのかもしれないけれど、つける気にはなれなかった。
「何時とか、決まってるわけじゃないですよね」
「うーん、でも今日なのは確実なんでしょ? 科学すごいよね」
私は梨璃の手を取る。
「ねぇ梨璃、キスしてよ」
「……なんでですか」
「世界が終わる瞬間にキスしてた、ってロマンチックじゃない?」
「馬鹿みたいなこと言わないでください」
我ながら良い案じゃないかと思ったのだけれど。少なくともその瞬間、元カノを殺していました、よりは数倍いい。血にまみれ斧を振るう自分を私は一瞬だけ想像する。そうならなくてよかった、と初めて思った。
「あ、じゃあキスじゃなくてえっちしてた方がいい?」
私はそれ以上言うことはできなかった。ぐいと私の顎を取って、梨璃が乱暴なキスをしたから。たっぷり三十秒はかけてキスをしたあと、私はやっと言った。
「まだ終わってないよ」
私たちはそのままキスをし続けた。
だって、いつ終わってしまうかわからないんだから、ずっと続けているしかない。
「好き」
息の合間に、私は繰り返す。
「好きだよ」
息が苦しくなっても、唇が腫れそうだと思っても、私たちはそのままキスをし続けた。
いつまでも、いつまでも。
「……好き」
だからわからない。いつ世界が終わったのか。
私の意識は気がつくと、暗転していた。それが最後の瞬間なのだと、気づく間もなかった。
そうして世界は終わった。




