1日目
十日後に世界が終わるらしい。
悲しいけれど仕方がない。
それならやり残したことは、それまでにやっておくべきだ。
住所は変わっていなかった。知り合いづての話で、彼女がまだここに住んでいることは知っていた。チャイムを押すが、誰も出てこない。
何の変哲もない一軒家だ。しばらくチャイムを押していたが、私は門を開け、玄関扉を直接叩くことにした。
「すみません」
外がまだ明るいので、電気がついているかどうかは見えない。人の気配はしないような気もした。でもわからない。こんな状勢だし、ひっそりしているだけかもしれない。
「おーい、出てきて」
私はドアを叩き続けた。せっかくここまでやってきたのだ。おいそれと帰るわけにはいかなかった。
そうして何分ぐらいが経ったのだろう。私がドアを叩くのにも疲れてきたころ、鍵が回る音がした。
「あの、何なんですか……」
迷惑そうに出てきたのは、高校の制服を着た少女だった。十六、七といったところだろうか。眼鏡をかけていて、髪は肩くらい。染めていなくて、化粧もしていない。どことなく委員長、とあだ名をつけたくなるような少女だった。
「瑠々(るる)は?」
「今いないですけど……何ですか」
彼女は明らかに不審なものを見つめる目で、私をじっと見てくる。
「いないのか、いつ帰ってくる?」
「ていうかそれ、何ですか」
十日後に世界が終わるなら、やっておこうと思っていたことがある。
「……斧だけど」
あの女を殺すことだ。
「え、あの、通報します」
ぎょっとした顔で彼女は私を見て言った。わかりやすい、素直な反応だった。
「あ、待って待って、あなたに危害を加えるつもりはないから。瑠々はいないの?」
「お姉ちゃんをどうしようっていうんですか」
「ああ! あなた妹かーあんま似てないね」
そういえば、妹がいると聞いたことはあった気がする。実際、顔立ちはあまり似ていないと思うのだが、それは彼女にとっては、言われたくない言葉だったらしい。
「通報しますから」
頑なな声で言って、彼女はドアを閉じようとする。だけど私は強引に足を入れて、それを阻んだ。彼女が一歩後ずさり、私はまんまと家の中に侵入することに成功する。
「警察なんて呼んでどうするの? 世界が終わるっていうのに。ねぇ瑠々がどこにいるか教えてよ」
じりじりと彼女は後ずさり、私はその分距離を詰めていく。
「私、怪しいもんじゃないよ。瑠々の元カノなの。ちょっと恨みがあって、瑠々を殺したいからどこにいるか教えてよ」
「教えられるわけないじゃないですか!」
「あれかな? 葉山の別荘? 自慢だったよね。車もないし、お父さんとお母さんも一緒。違う?」
彼女の顔色がわかりやすく変わる。嘘のつけないタイプらしい。つくづく素直な子だ。
「いいなぁ、景色のいいとこで優雅に世界の終わりを眺めるのかぁ……。でも、妹ちゃんはなんでここにいるの?」
「……別に関係ないじゃないですか」
「普通に学校行ったの? なんで?」
制服を着ているということはそういうことだろう。授業なんてまともにやっているのかわからないけれど。世界が終わるのに、私だったら絶対勉強なんてしたくない。
「……関係ないって言いましたよね」
「世界が終わるのに学校なんて行っても仕方なくない?」
彼女は一瞬、考えるように沈黙した。
「明日世界が終わるとしても、私は林檎の木を植える」
「何?」
「っていう言葉、知ってますか。あなたみたいな人は知らないでしょうけど」
「なんで世界が終わるのに木を植えるの」
「そういう心持ちの話なんですよ。私は学校に行きます。ちゃんと勉強をする。世界が終わろうが、終わらなかろうが。そんなことどうだっていいです。私には関係ない。私は自分でできることをします」
話しているうちに、熱が入ってきたようだった。きっぱりとした、強い口調だった。
「ふぅん、意味ないのに」
「だから! ……もういいです」
「で、瑠々はいないの?」
「しばらく戻りませんよ」
「じゃあ待たせてもらう」
「出てって下さい!!」
悲鳴のような声で少女は言う。何しろこっちは凶器を持っているのだし、あまりいじめるのも可哀想だろう。
私が殺したいのは彼女の姉であり、彼女ではない。
「名前、なんていうんだっけ。ミミ? ロロ?」
「梨璃です!!」
答えてから彼女ははっとしたような顔をする。
「梨璃ちゃん、また明日ね!」
私はとびきりの笑みを浮かべて、手を振ってやった。斧を握りながら。
彼女は真っ赤な顔で言っていた。つくづく素直でいい反応だ。
「二度と来ないで下さい!!」