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目を開けても異世界だった。
そろそろこの言い回しをやめようか。天丼とはいかないし、何より僕のような何でもない一般人がこの表現を使うのは、かのノーベル文学賞受賞者に失礼だし、そもそも雪よりも踊りのほうが好きだ。もっとも前話でお分かりだろうが、温泉もまた好きであるのだが。
とりあえずは、夢オチなんてことにならなくてほっとした。
向こうの世界のように虫の声で目覚めるというのは、それはそれで乙なものだが、睡眠を妨げるものなど何もない状態で、自然に目覚めるというのもなかなかどうして良いものである。
「グゥーーーー」
今度はお腹が空いてきた。イコノスさんが言っていたことだし、呼び鈴を鳴らしてみるとしよう。
「リーーーーン」
静寂の中で鈴の音が響く。僕がいつも神社で聞いていた音色とは違って新鮮味がある。こんな感性を抱くのは僕くらいのものだろうが。
「コン コン」
どうやらメイドさんが来たようだ。さっそく何か食べ物を頼むとしよう。......おや? 何故入ってこないのだろうか? 返事はしたはずだが...
「どうしたのかしら? お返事がないわ」
「そうねメアリー、きっと寝返りでもうって呼び鈴に手でもあたったのよ。まだお休みでしょうからそっとしておきしょう」と扉の向こうから何やら話し声がきこえる。
そういえばこの世界に来てから一度たりとも声を発していない。道理でイコノスさんから気を使われたわけだ。大方声も出せないほど混乱しているとでも思われたのだろう。
しかしながら、混乱していたのは事実で、疲れてもいたので彼の心遣いはありがたかった。
「すいません。起きてます。個人的理由で今まで声を出していなかったもので、すっかり忘れていました。どうぞお入りください」と僕は扉に声を投げかける。
「ギィ」とばかりに、それこそ古い建造物よろしく扉が開くと思いきや、一切の音を立てずに扉が開かれた。入ったときは気づかなかったがスライドドアであるらしい。内装には似つかないものだが、引き戸よりは便利なのだろう。これも魔法のなせるわざなのだろうか。
そんなことはどうでも良いが、この部屋に来る際に付き添っていたメイドさん二人が入ってきた。
「「何か御用でしょうか。フウト様」」と声をそろえてお辞儀をするメイド二人組。
「お腹が減っちゃって、何か簡単なもので良いので食事を頂けないでしょうか?」
「「承りました」」と再びお辞儀をして出ていこうとする二人。僕はせっかくのチャンスを逃すまいと二人に話しかけた。
「すいません。どちらかおひとりでいいので残ってお話を聞かせていただけませんか?だいぶ落ち着いたのでこの世界のことを知りたくて...」
どうやら、年長者らしいほうが残るようだ。目で促しもう一人のメイドさんを退出させる。
「では、フウト様。何からお話ししましょうか?」
「それじゃあ、まずあなたと彼女の名前をおしえていただけますか?」
「私がアン、彼女がメアリーですわ。部屋へ案内する途中で一度紹介したと思いますが... まあ気が動転されていたようですし仕方がないことでしょう。」
「おっと、それは失礼なことをしました。あんまりお美しいのでつい魅入ってしまったのです。なにとぞご容赦を...」
僕は何を言っているのだろうか?いやそもそもあの神様とやらに出遭ってからどうもおかしい。ぼくの内面世界が時々刻々と変化しているようだ。それだけ彼女のインパクトが絶大だったということなのだろうが、今はこの目の前のことに、アンさんに集中しなければ。
「まあ、うれしいことをおっしゃいますわね。女神さまから聞いていた人物像とはまるっきり違って意外でしたわ」
「女神様とはどういうことでしょうか?」
「このヴァシリオ王国で古より信仰されております女神イーリス様のことですわ。私のような一メイドが実際に聞いたわけではないですが、聞いた話では数日前にイーリス様から天啓が下ったようですわ。その中でフウト様の人となりについて多少の説明があったようで、それをお世話係に任命された私とメアリーが知らされたというわけですわ」
あの自称神め、介入しすぎるのは良くないと自分で言っていたくせに、どんだけ自己矛盾すればきがするのか。『これもまた、直接介入したわけではないので、モーマンタイじゃ。』とでも言うのだろうけれど。
「なるほど。そうでしたか。そのイーリス様は僕のことをなんと?」
「『何も取り柄がない平凡な男じゃが、魔法の素質はこの世界で群を抜いておる。必ずやこの世界をすくうだろう。それに魔法以外の素質でも際立ったのが多少あるようじゃしな』とおっしゃってましたわ」
何と声真似までしてくれた。なんともサービス心の旺盛なメイドさんである。実に結構。しかしながら、魔法以外の素質とはいったい何なのだろうか?彼女--イーリスだったか?--に問いただすすべはないし、仮に聞いても答えないだろう。『それでは、バランスがとれぬ』とか言ってな。
「なるほど。大体は分かりました」と話が一段落したところで、再びドアがノックされた。
「フウト様、お食事を持ってまいりました」メアリーさんの声だ。
「はい!ありがとうございます!中に持ってきてください!」と僕は少し声を張り上げて返答する。
お腹も限界なようだし、続きは食事をとってからにしよう。僕は、これでも少々食には覚えがあるつもりだ。初めての異世界の料理は果たして、僕を唸らせることができるのだろうか?
さあ、食事が運ばれてきた。御開帳といこうではないか。
そのいかにもな銀の蓋を僕は持ち上げたのだった。
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