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「随分静かになりましたね」
「人が大勢いるというのはそれだけで活気を生むと言うことだろうか」
静かなダイニングでマリオンとジェームズは朝食を取っていた。
一階南の中央の部屋である。この間、ジェームズが全て開け放った仕切り扉は再び閉ざされている。これから寒くなるのに、ただ広げても暖房費の無駄だという公爵らしからぬ質素な経済観念のためである。
ときどき最も東の部屋のステンドグラスを見ることがあるが、それでもあの時、客人に使用人、それに盗賊なんていう奇妙な顔合わせで見た光景とは全く違う。
マリオンも理解していたことだが、あれは一年のうち、秋の終わりという限られた季節の限られた時間、そして仕切り扉を開け放ちたくなるような、大勢の人数がいた時しか見られなかったものなのだろう。
そこにもし祖父の意図を感じとるのだとすれば、マリオンには激励のように思えた。
晩秋に、宿泊して早朝まで一緒にいてくれる相手を沢山持つことができれば、ユリゼラの長い冬もけして寂しいばかりでは無いだろうと。
まあ、殆どが盗賊というちょっと祖父の意図とは違う結果になってしまったようだが。
マリオンは、そうやって祖父のことを許そうとした。
彼はわたしに身内としての愛情は残してくれなかったが公爵としての指導はしてくれたのだ、と。
「そろそろ雪も降るのですか」
ジェームズの言葉にマリオンははっと顔をあげた。気が付けばぼんやりと庭のほうを見ていたらしい。
「そうだな、もう時間の問題だ」
霜の降りない日はなく、曇天ばかりの日々だ。それでも今日は比較的空も明るく気候も穏やかだった。
「……そうしたら、一つ提案があるのですが」
ジェームズが何か主張するのはめずらしい、マリオンは彼の言葉を待った。
「もう一度、古城に行ってみませんか?」
「……二度行くほど価値があるとも思えないが……?」
「あの塔からの見晴らしは最高でしたよ」
「……行きたいのなら同行するのはかまわないが」
確かに古城に行くのなら、今日が最後の機会だろう。明日にでも雪が降ってもおかしくないのだ。ジェームズの意図はわからないがマリオンは頷いた。
女中頭には、男性と二人でまた古城に?と少々叱られたが、まあ古城には管理人の老人もいる。それに数人連れて行ったところで、シナバーの彼では相手にもならないだろうと納得してもらった。ただ、マリオンの説得の力ではなく、主にジェームズの人徳であろう。
多分、自分も彼との遠出を楽しく思っているのだとマリオンは気が付いている。最近の彼は自室の荷物をまとめ始めたりと、首都への帰還の準備をしている様子が見て取れる。 騒々しい秋だっただけにジェームズの不在の予感はマリオンの心に寂しい隙間風のように響く。
その午前中には二人は簡単な昼食を持って、再び古城へと向かっていた。最初に訪れた時には目を楽しませた紅葉も今は殆ど見ることができず、針葉樹の緑と枯れ木の枝が寒々しい。
古城についてみれば老人も、冬支度の準備だった。
「もう屋上には出ないほうがいいですよ。寒いので。それにもう錠前をかけてしまったんです」
そんな忠告を受けた。
「大丈夫ですよ。今日は屋上には出ませんから」
にこやかに返事をするジェームズにおやと思う。彼は見晴らしについて語っていたはずなのに。
「行きましょう、マリオン様」
ジェームズは驚いたことに手を差し出してきた。思わずその手を見つめてしまう。
「えーと」
気まずそうに、ジェームズははにかんだような笑顔で手を握ったり開いたりする。
「う、うむ」
マリオンはなるべく平常心で彼の手を握り返した。そのまま手を繋ぐ、というよりマリオンを引っ張るようにしてジェームズは城内に入っていく。
なにか目的があるように足取りはまっすぐだった。
「ジェームズ、何を考えている」
「実は、ずっと気になっていたんです」
ダイニングに着くと、その古いテーブルの上に彼は一枚の紙を出した。畳まれたそれは大きく広がり、それがこの周辺の地図だということに気が付く。
「……城がある」
「古城も乗ってます」
ジェームズが東西南北をあわせるように紙を回した。そして指し示したのはユリゼラ城だ。
「ここがマリオン様のお住まい現ユリゼラ城。そしてここが古城です。ちょうど、まっすぐ東です。あの東のステンドグラスの間から、まっすぐ」
「……言われてみればそうだな」
「そしてこの古城でも、一番東の位置にある物が、このダイニングです。ああ、ダイニングということが問題ではないのです。この東の壁にあるのは」
ジェームズは振り返り、マリオンは顔を上げた。二人の視線の先にあるのは、ダイニングの東の壁にある、アギラとヴェルディの絵画だ。
「なるべく壊さないようにしますが、壊したら申し訳ありません。修理代は踏み倒します」
とんでもないことを言ってからジェームズはマリオンの手を放し、絵画の前に立った。
「ジェームズ・ベルティ、何を?」
いきなりジェームズがその額縁の端に手をかけた。そのまま力をこめていく。それは、剥がすや取り除くという動きではない。どちらかといえば。
マリオンが察した時、その絵画はかちりという小さな音と共に、一気に壁に沿って横に動いていった。
絵画のあった背後には。
「なんだこれは」
ぽっかりと薄暗い空間が穴を開けていた。ふうと短くため息をついてジェームズは言う。
「戦の際に使われた城だ、という割には、隠し通路の話がなかったのが不思議だったんです。必ずあるはずだと思って図書室で古城の間取りについて書かれた本をずっと眺めていたんです。そしてここではないかと推察しました」
「わたしはまったく知らなかったよ……」
マリオンは目を見開く。ジェームズはあらかじめ用意してきたらしい松明に火をつけた。
「祖父はそのことをわたしに伝えてくれなかったのか……」
「伝えてましたよ、……と思います」
ジェームズは妙に強い確信を持って言った。
「ユリゼラ城の東にはステンドグラス、その先に古城、古城の最も東には同じ構成のアギラとヴェルディの絵画。何かあるように思えてなりませんよ」
大きなガラス窓をステンドグラスに差し替えたのは、確かに祖父がマリオンの存在を知ってからだ。ではこれは、隠し通路を示すためのものだったのか。でも。
「いまさら隠し通路の場所を教えて一体どうするつもりだったのか」
「……ここで待ちますか?」
たいまつを持ったまま、ジェームズはまっすぐにマリオンを見た。
「風が昇ってきますから、ガスがたまって危険ということはないかと思います。この先を見られますか?」
たいまつを持つ手とは逆の手をまたマリオンに差し出す。マリオンはためらう事無くつかんだ。
「行こう」
暗い穴に先は、原始的な石の階段が降りていた。ジェームズが一歩先に二人は踏み出す。空気は思ったより温かい。地下というものはそれなりに温度が安定しているのだろう。
「すごい地下通路だな」
「昔の技術は侮れませんね」
やがて階段は終わり、少しだけ広い通路にでた。
「……ここかな」
ジェームズは呟くと、今度は持参したカンテラにも火をつけたのだった。さらに明るさを増した中をマリオンは目を凝らす。
「通路はまだ続いているようだが……」
「まあどこか山の中に出るんでしょう。でも目的はそれじゃないんです」
ジェームズはマリオンにカンテラを渡す。二人で光を掲げた時、それは見つかった。
「えっ」
マリオンがまさか夢にも思わなかったものが静かにたっていたのだった。
最初に理解したのはそれが白い大理石でできた女性像だということだった。ほっそりとたおやかな姿で立つほぼ等身大のその像は、台座に立ち、二人を見下ろしていた。暗がりだというのに像はその白さを持って内側から柔らかく発光しているように見える。
片手を広く伸ばした彼女の手には、一本の杖が握られていた。それがなんなのかということに気が付いてマリオンは目を見開いた。
「まさか」
杖は驚くような強さで、二人の持つ光を反射した。
「この地に眠っていたユリゼラ王国の王杓です。杖本体は黄金、先端の石は稀少なグリーンダイヤモンドと思われます」
「本当に、存在していたのか……」




