18
「……一網打尽にしたかったんだ」
概ね血の止まったところでエドガーはぼそぼそと話しはじめた。
皆、一階南側の西の端の部屋にいた。ジェームズは使用人と協力して連中を縛り上げたところだ。
日は昇りはじめ、明りがなくとも室内はだいぶ明るい。マリオンにジェームズ、ネルにスコット、ヘンリエッタもおり使用人や盗賊も合わせると部屋の中は尋常でない人数の人で溢れている。なぜかジェームズが外からギャレット家関連とみられる男達も連れて来た。
使用人が数人、早馬で町の警官を呼びに出て行ったところだった。
「ヴェルディの王杓を狙っている連中がいるという噂が聞こえてきたのはだいぶ前だった。でも一体どれほどの規模で仲間は何人なのかということがつかめなくて。ただ、失敗しないような相当数が関わっているということはわかっていた。泳がせて一気に捕まえるのが一番だったんだ」
エドガーの発言にマリオンはため息をついた。
「どうしてわたしに言ってくれなかった」
「……自分で何とかしたかっただけだ。その理由については聞くな。俺の判断が甘かった事は責めていいけど、理由は聞くな」
エドガーは縛られている盗賊連中を眺めた。大体目を覚ましているが、ジェームズが縛り上げたので身動きできない。マリオンが撃った髭の男の傷にも簡単に包帯を巻いてある。外にも縛られた連中がいたのでジェームズが運び込んだ。先ほどまで解けとか騒々しくわめいていたがさすがに諦めたようだ。ジェームズが睨みを聞かせたのが大きいだろう。
「王杓は無いという噂を散々流しても信じないんだ。だから」
エドガーはジェームズを見た。
「罠をはろうと思った」
「ああ、エドガー。あなたなんて危険なことを」
ヘンリエッタは目の前のテーブルについた手で顔を覆って俯いた。
「……もしかして先日ジェームズと話をしていたのはそのことだったのか」
「見ていたんですか?」
ジェームズは少しだけ驚いているようだった。
「珍しい組み合わせだと思ってはいた。ああ、だからジェームズは昨日『出かけた』のか」
「そうです。私が不在であれば、彼らは間違いなく城に押し入るとエドガーが判断しました。それにいつ来るか、どれくらい来るのかを考えて怯えているよりは、さっさと相対してしまったほうが楽です」
「すべて公爵が寝ている間に二人、ジェームズと俺と、俺が連れて来たギャレットの警備で済ませる予定だったのに……マリオンたまたま起きてしまったから。ジェームズが早く城内に来てくれと祈るばかりだった」
「でも本当はマリオン様に作戦をお話しておくべきだったと思います。痛い目にあわせてしまって本当に申し訳ありません」
交互に説明する二人は対照的だった。発起人のエドガーは落ち込んだ様子だが、ジェームズは全く悪びれていない。
エドガーが無事であったことは喜ばしいし、ジェームズが片をつけてくれた事はありがたい。これだけ完膚なきまでに捕まえれば、他に企んでいるものがいても二の足を踏むはずだ。
自分が痛い目にあったことについてはまあ運が悪いといえるし、そもそも警護の人数は自業自得の面もある。一応二人も反省しているし謝っている。
とはいえ。
「この馬鹿者どもが……!」
マリオンはため息をつく。
「以後、何かあったなら必ずわたしに相談しろ!」
それだけ怒鳴りつけた。
「本当に皆、無いものを探してなんと愚かな」
マリオンは盗賊連中をにらみつけた。ゆっくりと部屋を横切ると隣の部屋との間を遮る扉に触れた。
本来一階南側は、今皆集まっている西の部屋から、あのステンドグラスがある東の部屋まで扉を開け放ては巨大なホールになる。今は使う予定も無いので全ての扉は頑丈な木の閂をかけられて閉ざされている。
「いいか、無いのだ。そんなもの」
マリオンはジェームズを振り返った。
「ジェームズ、頼みがある」
「なんでしょう」
「この隣の部屋との間を遮る扉を全て開け放ってくれ」
壁一面の巨大な古い扉は全て厚い木材で出来ている。南側全てで四部屋あるわけだが、普通の人間には大作業でもシナバーである彼ならば容易いだろう。マリオンの考えに違わず、ジェームズは軽く頷くと進み出た。
普通の人間であれば四、五人掛かりでないと持上げられないような巨大な木の閂を、彼は軽がると持上げた。そして静かに脇に置くと重量のある扉をゆっくりと押し開ける。
「マリオン、一体何をする気なんだ?」
一応用心のため盗賊達に銃を向けているスコットも怪訝そうな顔で尋ねる。こんな状況だと言うのになにをするつもりなのだろうという顔だ。隣のネルもいつものカリカリした様子もなくただ不安そうだった。
「……女神ヴェルディの王杓などないのだということを見せてあげよう。ちょうど計算どおりの時間だ」
ジェームズは次々と大扉を開けていく。天井まである扉が開け放たれるたびに、空気は冷えていったが清々しいまでの開放感があった。
そして最後の扉を開けてみれば、東側のステンドグラスがそこで輝いて待っていた。
最も東の壁にあるステンドグラスはあまりにも巨大すぎて、その部屋では首を大きく曲げて見上げないと最上部まで視界に入れることは難しい。四部屋隔ててようやく無理なくその美しい光を見ることができるのだった。
「なんて見事な……」
ヘンリエッタがうっとりとため息をついた。ちょうど今は日が昇り行くところ。東のステンドグラスがまばゆいほどだ。
「すこしまぶしすぎるくらいだわ。太陽光が強すぎて色彩が良く見えない」
そういったのはネルだった。ゆっくりと戻ってきたジェームズも振り返って眺めてからそれには同意するようにうなずく。
「あと、もう少しだ」
マリオンは光を見守った。盗賊達もまばゆい光景を息を詰めてみている。
突然、太陽光がふっと強さを和らげた。全体に当てられる光が落ちたとたん、ステンドグラスの鮮やかな色彩がその華やかさを増して目に飛び込んでくる。アギラの黄色は黄金に、ヴェルディの朱の衣は深みを増して、背景の青は鮮明な空の色となって。
そして、内側から、まさにそれ自体が光を放つように、緑色に輝いているのはヴェルディの杖の先端にある……。
「……あれは黒いステンドグラスでは……」
ジェームズが驚きを口にした。
幾日か前に二人でステンドグラスを見た時、緑色の宝玉とされるヴェルディの杖の先端に使われているガラスは黒色で、二人で首を傾げたものだ。しかし実は、果てしなく濃い緑色のガラスで作られていたのだった。
日が昇り、太陽がそのステンドグラスを横切り、先端の濃い緑のステンドグラスに差し掛かった瞬間にだけ、ヴェルディの杖は心に響く美しさを放って、強烈な緑に輝く。
他の色彩も濃いガラスに光が遮られることで、意図した色彩を取り戻す。もっとも美しい瞬間が今だった。
「ああ、なんて見事なの……」
ネルもこの瞬間の輝きには息を飲んでいた。スコットに寄り添い、輝きに目を奪われている。あれほどやかましかった盗賊達も魅入られたようにステンドグラスを見つめていた。
鮮やかな光景に、マリオンは祖父の意図を少しだけ感じている。
愛情とは信じられないまでも。
その光の魔法はそれほど長い時間ではなかった。
またヴェルディの宝玉は静かに光を失っていく。マリオンはゆっくりと見回した後、その場の全員に告げた。
「祖父が残したものは、この光だ。黄金の杖もその先端のグリーンダイヤモンドも存在しないのだよ」
それがマリオンの結論だった。
盗賊達は捕まっても、この光景の事は広まるだろう。そうすればありもしない黄金の王杓などを探しに押しかけてくる人間も居なくなる。だからここにいる全員で光景を見たのだ。
美しい。
でも少し寂しい。
別に黄金の王杓が欲しかったわけじゃない。このステンドグラスから、祖父のマリオン自身へのメッセージが何か得られたら嬉しかっただけだ。でもマリオンには祖父の愛情というものはここから得ることが出来なかった。だから少し寂しい。
やがて城の入り口が騒がしくなって警官の来訪を知らされたのだった。
大変な一晩だった。
マリオンは頭の中にかかった靄を振り払うように首を回した。やってきた警官は捕らえた人数のあまりの多さに仰天して、一端また町に戻ることになった。近隣の警官を引き連れて戻ってきたのは昼過ぎのことである。
拘束済みの上、シナバーのジェームズがいる。とはいえ落ち着かないままとりあえず簡単に食事を取った城内の人間は全員完全に睡眠不足である。
戻ってきた警官と一緒にジェームズとスコットは事情を話すために出かけていった。一段落だが昼寝をする気分でもない。
先ほどまで医者を呼んでエドガーの怪我を見てもらっていた。今は彼も痛み止めをもらって眠っている。
マリオンは夕刻近い庭園をぼんやりと歩き回っていた。
あの不思議な足跡の正体はわかった。彼ら盗賊が下見に来ていたという話だ。ここしばらくの不可解な出来事の謎のひとつは解けた。
しかし。
マリオンは立ち止まって、庭のベンチに腰掛けた。
まだいくつか奇妙な出来事は残っている。スコットの頭上に落ちかけた鉢植え、それにバラバラに引きちぎられたネル宛の手紙。ヘンリエッタの指輪。
大したことでは無いかもしれない。でもそう考えていて、今朝のような大事件が起きてしまった。マリオンはひっかかるものの正体をなんとなく考えていた。翳り始めた日の下の冷たい空気が心地よい。
「スコットは」
マリオンはふと彼のかつての発言を思い出した。手紙ということで二つの事件が繋がる。
手紙を待ち望み、毎日同じ時間に女中のところに自分宛の手紙がなかったか聞きに言っていたのはネルのほうだ。あの日エドガーはたまたまネルの代わりに同じ時間に歩いていたのだ。
「ならば狙われたのはネルのほうか?」
しかしそれならば一体誰が手紙を破ったのかがわからない。ネルが自分でマリオンの書斎に忍び込み読んだのか?別にそれで道理は通るが何か釈然としない。一体手紙には何が書いてあったというのか。
考えに沈むマリオンは、最初気が付かなかった。目の前のぱらぱらという小さな物音に。それがマリオンの意識に入ってきたときは人の声と一緒だった。
「何?」
それは頭上からのものだった。城の幾多の塔、マリオンは見上げて割れた眼鏡越しにその正体を探した。
マリオンは最初自分の見ているものの正体がわからなかった。
「……ヘンリエッタと……ネル?」
北側の尖塔の上の人影を見て、マリオンは首を傾げる。奇妙な組み合わせの二人だ。
同じ城内で生活していても、ヘンリエッタはネルのことについてはほぼ無視していた。マリオンの結婚式でスコットが起こした駆け落ちについては、ヘンリエッタの怒りはスコットに向かっていた。
貴族としての、そして妻を持とうとする男性としての誇りもなくあんな下層の人間と手に手を取って逃げ出すなんて!という怒りだ。だがそれはすでにマリオンが許したことによって彼女も怒りを飲み込まざるを得なかった。
ネルに対しては視界にも入れないような有様だったが、当のネルが「まあ御貴族様なんてこんなもんでしょ」と特に傷つく様子もなくただ吐き捨てるばかりだったので、マリオンとしても特に対応は考えていなかった。
ヘンリエッタもネルもかなり気の強い女性だ。お互いに誇りを持って生きてきたわけだからうかつに口出しなどしたら間違いなく余計こじれる。
同じ城にいても殆ど会うこともなかった二人が尖塔の上で一体なにをしていると言うのだろう。
しばらくぼんやりと尖塔を見上げていたマリオンだった。二人は何か会話しているのは間違いないが、会話までは聞こえない。
「一体何を話して……」
マリオンが呟きかけた時、それは唐突に衝撃的な状況に発展した。ヘンリエッタがネルの肩だか首だかを掴み、その縁に押し付けたのだった。尖塔の柵はそれほど高くない。
……まるでヘンリエッタがネルをつき落とそうとしているかのような。
「危ない!」
叫んだマリオンだったが、声を上には届かない。届いたとしても聞き入れる耳が、ヘンリエッタにあるかどうか。
マリオンは使用人の姿を探してあたりを見回したが、尖塔近くのフロアには誰の姿もない。あってもこの距離から説明するのは至難の業だと気がついたマリオンは、一瞬の迷う時間すらもったいないとばかりに走り始めた。




