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 エドガーは真っ白な顔で呻いている。へたり込んだままマリオンはエドガーの肩に触れた。

「どうして庇う!?」

 エドガーはそれには答えず、苦悶の顔で呻くだけだ。

 マリオンは気配を感じて顔を上げた。今度こそ、自分の顔に銃が向いていることに気が付く。

「変な男だな。嫌いだといっていた相手を庇うのか」

 髭面の男がエドガーを嘲ることに怒りを感じても次の手がない。マリオンはそれでも顔を背けずに向けられている銃口を睨んだ。


「あんたあああー!マリオンになにしてんのよおおおお!」


 次の瞬間、絶叫が聞こえた。ネルだと気が付く。

 声が放たれたはずの螺旋階段を見たときにはもうそこにいなかった。跳躍、というのが相応しいような動きで階段上部から飛び降りたネルは踊り場にあった秋の最後の花の鉢植えをつかむ。火事場の馬鹿力とはこのことか、と実感するような勢いで、彼女はそれを男に投げつけた。かろうじて避けた男の目の前で鉢は砕ける。わあっと男は短い悲鳴をあげてよろけて銃を取り落とした。


 薄い、質素な寝巻きのネルはそのままためらいなく走りこんでくると、男を蹴り飛ばそうとした。負けず嫌いな彼女の意思を強く感じる動きにマリオンは、なんだか彼女には勝てる気がしないと思う。

 髭面の男が避けて蹴りが空振りに終わると、ネルは砕けた鉢植えの破片を掴み、土を一握りする。土で男を目潰しして破片を振りかざして続けざまに襲い掛かる。


 多分、一対一ならばネルは女性の非力さなどものともせずに、あらゆる手段を使って男に勝っただろう。だが残念ながらその次の瞬間にはわらわらと集まってきた強盗連中の力で床に押さえつけられていた。


「ちょっと放しなさいよ、このバカ!」

 聞くに堪えないような罵声を男達に怒鳴り散らしている。髭面の男は唖然とした顔でネルを眺めると落とした銃を拾った。

「なんでこんな粗野な女が公爵家にいるんだ……」

 そう言いながら再びマリオンに銃口を向けようとしたときだった、その銃口ごと、髭面の男がふっとんだ。


「は?」

 マリオンの視界から唐突に消えた男は、壁に叩きつけられて一瞬で気絶したようだった。無様にずるずると床に崩れるが、その脇の台座に置いてあった青銅のの壺が落ち、男の額にぶつかって追加の攻撃となる。


「まさかこんなことになっていようとは」

 一瞬で人の輪の中央に入り込んできた黒い影。それはゆっくりと全員を見た。長身に立派な体躯、それだけでも気圧されるのに、彼はさらに、シナバー。

「ジェームズ!」

 黒い外套姿の彼はにこやかに微笑んだ。


「遅くなりました。外にも十人くらいいまして、それを先に縛り上げていたのです。まさかマリオン様が起きてここにいるとは露知らず」

「どういうことだ?」

「あとで説明いたします。先に」

 ジェームズは楽しそうに笑った。我知らず、マリオンは息を飲んだ。


 いつもにこやかな彼だが、歯を……否、鋭い牙をむき出しにして笑うのを見せるのは初めてだった。圧倒的な力に対するこちらの恐怖心を一瞬にして鷲掴みして引き出す悪魔的なまでに艶めかしい笑み。

 ああ、確かにこれは異質だ。

 マリオンはエドガーを抱きとめたまま身をすくませる。

 特発性銀朱球増殖飢餓症候群。

 統一王とその仲間の誇りある病、建国の祖、……我々と何も変わらない。ただの病人。そんな常識、誰だって知っている。

 それでもこの一瞬、ジェームズが知らない何かに見えたのは確かだ。


 彼はとんと踏み出した。

 すでにジェームズの力の一端とその牙を見ていた男の仲間達は慌てふためいて逃げようとした。しかしジェームズがそれを許すはずも無い。ジェームズの腕が伸びて誰かの襟首が捕まれて放り投げられるたびに、彼らは次々に容易く気絶していく。軍で得た技術なのだろうか。ネルを押さえつけていた連中も一瞬で引き剥がす。


 なるべく傷つけないよう、ましては殺さないように心がけているようだが、骨折させてしまったようで、二度ほど絶叫がホールに響いた。

 シナバーへの本能的な恐怖にエドガーが怪我の苦痛だけではない呻き声をあげる。

 そうだな、ちょっとあれは怖いな。

 マリオンは目を逸らさず、ジェームズを見つめる。

 怖い。

 でも美しい獣のようだ。


「どうしたんだ、マリオン!」

 気がつけば螺旋階段には、スコットがいた。先に目覚めて寝台から姿を消したネルを探しに来たのだろう。ホールにはごろごろと、気絶か悶絶している男が転がっていて……地獄絵図を見て仰天している。

「ああ、ちょうどよかった。スコット、申し訳ないのですが、縄を沢山持ってきていただけますか?使用人も起こして。彼らを縛り上げないと」

 ちょうど最後の男の首を腕で締め上げて失神させたジェームズはにこやかに言った。もういつもと変わらない穏やかな微笑だった。


「……わ、わかった」

「あたしも行くわ!」

 なんだかわからないスコットは自由を取り戻したネルに連れられて別邸に向かって走っていった。

「ジェームズ・ベルティ!」

 マリオンは彼を呼んだ。

「エドガーが、わたしを庇って撃たれたんだ」

 血が出ている事はわかる。しかしマリオンには彼がどこを撃たれたのかも見当が付かない。ただ、エドガーの血で汚れているマリオンの姿に驚いたジェームズは駆け寄ってきた。


「エドガー!」

「大丈夫だ……」

 しかしそういうエドガーの声は苦痛のためか力が無い。マリオンは顔を青ざめさせた。

「どうしてわたしを庇った」

「……あんたが良い公爵になろうとしていることはわかっている……」

 エドガーは冷たい手を伸ばしてマリオンの手を握り締めた。マリオンはその手を両手で握り返す。


「……俺が幼稚だったんだ」

「どういうことだ」

「あんたが俺を忘れていたから」

 は?とマリオンは目をしばたかせた。

「……なんだ、それは……」

「俺は別にあんたを嫌いなわけじゃなく……!」

 エドガーが言葉を搾り出そうとした時だった。


「すみません。治療してよろしいですか?」

 唐突にジェームズが言葉を挟んできた。そのまま有無を言わさず、エドガーの上着を手で引き裂いた。左上腕の怪我が露わになる。シャツに滲む血を見てマリオンは短い悲鳴のように息を飲み込んだ。

「大丈夫ですよ、死にませんよ」

 ジェームズはけろりとして言うと、そのシャツも引き裂いて創傷部分を露出させる。


「だってあんな大きな銃で!」

 ああ、とジェームズは転がっている髭面の男の銃を見た。それから裂いたシャツで簡単な止血帯を作る。

「どんな銃が大きくたって、弾が致命傷を作らなければ死にません。あの銃、大きいですがそれゆえに扱いは難しく、また粗悪な品なので、すぐに重心がぐらぐらして逸れるんです。軍でも一時扱われましたが回収されました」

「じゃあエドガーは」

「かすっただけです。まあかすり傷も馬鹿にしてはいけませんが、きちんと消毒して美味しいものを食べて温かくしていれば、そのうち治ります」

 ぎゅうと傷の心臓に近い部位を縛るとエドガーはうめき声を上げた。


「とりあえず、今は死にませんよ。はい終わり」

 エドガー、良かったな!とマリオンは怪我をしていない方の手を力強く握り締めるが、エドガーはあまり感謝の様子もないまま、ジェームズをにらみつけた。

「……お前、性格が悪いだろう」

「おや心外な。鮮血のおいしそうな匂いを我慢して手当てをしてあげたのに」

 エドガーが表情をこわばらせ、ジェームズがしゃあしゃあと「冗談ですよ」と言ったところでヘンリエッタが螺旋階段を下りてきた。


「……一体これは何事なの……」

 唖然とした彼女になんと説明したものかマリオンが口ごもった時に、スコットとネルが使用人達を連れて戻ってきたのだった。

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