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第七話目だけれど、公爵との面会が決まりました

 神様……どうして私は、物欲に弱いのでしょうか? 命の危機が迫ったとしても、危ない場所に飛び込んでしまう。

 そして、毎回後悔するのだ。自分の、浅はかさに。


 あれから数日経ち、私は直接会って謝罪したいというデュワリエ公爵に「では、会いましょう」と返事を送った。するとすぐに、面会の申し出が届く。

 仕事が忙しいようで、一週間後と書かれてあった。

 場所は“シュシュ・アンジュ”。上位貴族の社交場として有名な、超高級店である。

 常連でも半年先まで予約が取れないようなお店だが、大貴族であるデュワリエ公爵は難なく確保できるのだろう。さすがである。


 それにしても、本当に大変な事態となった。まさか、デュワリエ公爵と私的に会うなんて。

 正直に言えば、“エール”の首飾りをふたつも貰えるという報酬に興奮して、我を忘れていたことは認める。もう二度と、安請け合いをしないと、心に誓っていた。

 どうしようか悩んだ結果、短期集中型でデュワリエ公爵をメロメロにさせる作戦を思いつく。

 別に、婚約期間中みっちりアプローチする必要なんてない。アナベルの目的は、惚れさせた状態で婚約破棄することだから。


 そんなわけで、短期間で好きになってもらう方法を考えたが――見事に思いつかない。

 それよりも、私がデュワリエ公爵の不興を買って、アメルン伯爵家の破滅ルートしか想像できなかった。


 どうするの、私!?

 色恋沙汰とは縁がなかったので、まったく思いつかない。

 こうなったら、恋愛の指南書頼りである。デュワリエ公爵と会うまでの一週間、ひたすら恋愛小説を読みあさった。


 どうやら、恋は駆け引きが大事らしい。押しては引いてを繰り返し、相手を翻弄する。

 思い通りにならない相手だと思われるのが、ポイントだそうな。

 大胆な方法では、他の人に気がある振りも効果が大きいようだ。ただ、これをする場合は、注意が必要らしい。親しくなる直前に、他の異性の存在をじんわりと匂わせるようだ。

 高等テクニックのようで、失敗すると大惨事になるとのこと。

 まあ、これを実行するか否かの判断は、デュワリエ公爵と打ち解けてからだろう。

 大きな課題として、どうやってデュワリエ公爵と仲良くなるかが問題だ。


 あっという間に、面会の当日となる。

 重たい足取りで、“シュシュ・アンジュ”に向かった。

 馬車が停まる。どうやら、到着してしまったらしい。


「ようこそ、地獄へ」

「ミラベル、ここは地獄ではなく、シュシュ・アンジュだから」

「シビル、今はアナベルよ」


 アナベルの真似をして注意すると、シビルは「わかっていますよ」とばかりに肩を竦める。

 御者が馬車の扉を開いてくれる。目の前にそびえるのは、よく言ったらクラシカル。悪く言ったら古びた三階建ての城館である。左右対称に作られた佇まいは大変立派だが、積み上げられた煉瓦に隙間なく絡みついた蔓が月日の流れを教えてくれるような気がした。

 獅子のドアノッカーをシビルが鳴らすと、すぐに燕尾服姿の初老の男性が顔を覗かせた。


「本日訪問予定だった、アメルン伯爵令嬢アナベル・ド・モンテスパン嬢でございます」


 シビルがハキハキ述べると、中へいざなわれる。

  ここに足を踏み入れるのは初めてだ。いつもの私だったら戦々恐々となるが、今日の私は天下のアナベル・ド・モンテスパンである。堂々と、一歩を踏み出した。


 先ほどの男性が、部屋まで案内してくれるようだ。

 エントランスホールは三階まで吹き抜けで、天井に描かれた美しい宗教画に「ほう」とため息が零れた。

 床は琥珀色に輝く大理石で、歩く度にコツコツと高い音を鳴らす。

 廊下には肖像画が飾られていた。なんでもここは、三世紀前に凋落した一族の城館だったらしい。

 当時、戦争が激しく、男系男子はすべて出払い、戦死してしまったのだとか。

 三世紀前は爵位が継承できるのは一族の男子のみで、女性に継承権はなかった。

 貴族には、高貴なる者の務めがあるという。そのため、一度戦争が起こったら前線に立って戦わないといけないらしい。

 戦争が長引いた結果、歴史ある名家が次々と世継ぎを亡くした。このままでは貴族の歴史が終わってしまう。危惧した国王が、新たな法律を立てた。それは、女性にも継承権を与えるというもの。

 継承権が昔のままであれば、アメルン伯爵家の次期当主は兄だっただろう。父が「惜しい時代に生まれたものだろう?」と聞いても、兄は「別に」と答えるのんびり屋だった。


 と、物思いに耽っている間に、デュワリエ公爵が待つ部屋にたどり着いてしまったようだ。


「こちらが、デュワリエ公爵家が所有する“赤のレッド・貴賓室ドローイングルーム”でございます」

「赤の、貴賓室」


 なるほど。公爵家レベルになれば店は予約せずとも、あらかじめ専用の個室が存在すると。二枚の重厚な扉から、規模の大きな部屋であることは推測できる。


 男性は扉を叩き、アメルン伯爵令嬢アナベル・ド・モンテスパンの訪問を告げた。

 扉が開かれ、手で示される。この先に、デュワリエ公爵がいるようだ。


 胸を押さえ、息を大きく吸って、深くはきだす。

 デュワリエ公爵をメロメロに、メロメロに、メロメロメロに。呪詛のように呟く。もう自分でも、何を言っているのかわからなくなった。

 とにかく、気合いで乗り切ろう。

 赤の貴賓室が私の血でさらに赤く染まらないことを祈りつつ、中へ入った。

 

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